第15話:美紀ちゃんとの関係

 俺と美紀ちゃんが教室に戻ってきたとき、教室内にはざわめきが起きた。

 美紀ちゃんがメガネをしていなかったこと、そしてニコニコしていてたこと。

 その笑顔がなんとも可愛かったことも追加してもいい。



 そして、なにより、俺と手をつないで帰ってきたことだった。



 教室内はザワザワしていた。ホットプレートの上のお好み焼きソースみたいな感じ。温まったところからソースに気泡ができて、ぐつぐつと騒がしくなる あれ。俺たちが教室に入ったら、そこから教室が温まり、温まったところからぐつぐつと騒がしくなったのだ。


 ただ、俺たちが席に着いたらすぐに担任が来てホームルームを始めたので、それ以上の騒ぎにはならなかった。そうでなければ、色んなヤツが俺の席まで来て色々と事情を聴いて行っただろう。


 俺だって説明できないことで溢れているのに、誰かに聞かれても何も答えられない。



 *



 休み時間には、座っている俺の席のすぐ隣に美紀ちゃんが立った。そして、笑顔いっぱいで俺に話しかける。その光景を見たクラスメイト達は、遠巻きに傍観することに決めたようだった。


 誰も近づいてこない。その代わりに遠くでヒソヒソやってる。そういうのは、俺の見えないところでやって欲しい。SNSのグループチャットとかあるだろう。



「ねぇ、悠兄ちゃん。教室では これまで通り『羽島くん』って呼んだ方がいいかな?それとも『悠兄ちゃん』の方がいいかな?」


「『羽島くん』でお願いします。同級生から『兄ちゃん』とか呼ばれたら恥ずか死にます」


「もー、折角思い出してくれたのに、冷たいなぁ。距離を感じちゃうぞ!」



 美紀ちゃんがバシンと俺の背中を叩く。彼女は大丈夫だ。俺が勝手に思い込んでいたお淑やかな初心うぶなネンネじゃない。たくましさというか、したたかさというか、俺が心配しなくても大丈夫な人だと思う。


 クラスの女子と なにかあっても、8割がたは自分でなんとかできてしまうタイプじゃないだろうか。



「一歩踏み込んだ感じで『悠斗くん』とかどうかな?」


「なんでもいいです」


「小林さんからはなんて呼ばれてるの?」


「綾からは……」


「ふーん、小林さんのことは『綾』って呼んでるんだぁ。その辺りも放課後にゆっくり聞かせてもらおうかなぁ」



 ……口を滑らしてしまった。

 美紀ちゃんが半眼でこちらを見下ろす。俺は完全に蛇に睨まれたカエル状態。

 多分、俺の意識の問題だ。

 彼女の従来からのイメージは、「どこか怪しい雰囲気がある真面目同級生」だったけど、今は完全に「身内」のエリアにいる。


 友だちよりも近い位置で、俺の素を知っていて、それでいてクラスメイト。今までにいないタイプの存在なので、どう接して良いのか分からないのだ。


 放課後と言えば、登下校 綾と一緒にいる約束だった。美紀ちゃんの家に呼ばれているけど、一旦家に帰ってから行くことにするか。



「あ、放課後ちょっと用事があるから、一回 家に帰ってからそっちに行こうかと思うんだけど……」


「えー、だーめ! それだったら、私が悠斗くんの家に行きます。そっちのアルバムにも私が写ってると思うし」



 ああ、ダメだこれ。俺は基本的に人に部屋に入られるのが好きじゃない。綾以外の友達は入れたことがない。待てよ、美紀ちゃんは親戚みたいなもんだからいいのか!? 親と同じような扱い!? やっぱり困惑している。



『どうしたの? 悠斗と美紀ちゃん話題になっているよ?』



 着信音と共に、綾からのメッセが届いた。

 やっぱり? もしかしなくてもそうだと思ったんだよ。



「俺ピンチ。帰ったら話す」


『りょ。死ぬな。生きろ』



 無責任なメッセージと共に、不安そうな綾の顔が見えた。



 *



「だーーーー」



 俺は家に帰りついて、自分のベッドに突っ伏した。いつもの俺の部屋、いつもの通り綾がいる。



「どーした、どーした」



 珍しくへたばっている俺を見て、綾がゲームの手を止めた。例によって俺がいない間も勝手にゲームは進めていたらしい。



「あ、もしかして、美紀ちゃんのところで、ご休憩で、お疲れみたいな?」


「お前はおっさんか」



 俺がベッドにうつ伏せで寝ていて、顔だけ枕から上げてツッコんでみた。

 結局 俺は、学校が終わると、綾と一緒に一度家に帰った。その上で、着替えて、美紀ちゃんの家に行き、アルバムを見せてもらったりして帰ってきたという訳。


 たしかに、アルバムに俺と美紀ちゃん写ってた。田舎で一緒に撮ったものだろう。写真を見たら、撮影した時のことも思い出した。その女の子のお母さんが庭で撮ってくれたのだ。


 しかも、その美紀ちゃんのお母さんのことは俺もおぼろげながら覚えていた。写真を撮ってくれたこともそうだけど、お菓子をくれていたことなどを思い出した。むこうは当然のように俺のことを覚えていて、話し込んでしまったほどだった。


 結局、覚えていなかったのは俺だけ。俺は、終始愛想笑いをしていただけだった。だって、もう笑うしかないじゃない。


 美紀ちゃんママには、めちゃくちゃ気に入られて、「いつお婿にくる?いつお婿にくる?」と何度か聞かれた。あれは半分ガチのやつだ。



「なに? なに? それで? それで? 場所は美紀ちゃんのお部屋? それともリビング?」



 綾が興味津々に、水守家でのことを聞いた。そして、綾としては、そこが大事なんだ……



「リビングで話した。お母さんも一緒」


「なーん、その健全なやつー。もっと、こう、くちょぐちょの、ドロドロの……」



 綾が変な指の動きをしている。これは、心から楽しんでいる。幼馴染と久々の再会で、部屋に行ってベッドになだれ込む的な……それはどこのエロマンガだよ。実際に起こったら、どう接して良いのか分からないもんだ。

 まあ、綾に関しては先週末にちょっと危ないことがあったけど、これだけ楽しんでいたらホントに大丈夫だろう。



「で、どうするん? 美紀ちゃん。やっぱり付き合うっちゃろー?」


「改めてデートしましょうってことになった」


「え?美紀ちゃんってそんな誘い方するとー?」


「あ、いや、デートに連れてってくださいって」


「うわ、健気。可愛い♪ 私が吸血鬼なら、美紀ちゃんの血はごっそり吸う!」



 もう、どんな愛情表現だよ。相変わらず訳が分からない。また何かのマンガを読んだとか、アニメを見たとかだろう。以前は、俺のことをセフレとか言ってたし。


 本当に大変なのは翌日からだった。もし、この時点で分かっていたら、俺は迷わずセーブポイントを作っていただろう。






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