第14話:美紀ちゃんの正体
教室に着いた。普段、俺はあまり多くのヤツとは交流していない。かといってボッチでもない。言うならば、表面的な会話をする仲のやつが いっぱいいる感じ。友達はいっぱいいるけど、親友はいないと言ったら分かりやすいか。
なんでも話せて、気が合うやつとか、俺の中では一人しか思い浮かばない。毎日俺の部屋に勝手に来て、勝手に遊んでいくあいつのことだ。
荷物を置いたところで美紀ちゃんが俺の机のすぐ前に来た。
「どうしたのかな?水守さん」
「あの、ごめん。ちょっとだけいいかな」
ホームルームまでは割と時間がある。断る理由が見当たらないからついて行くしかなかった。
色んな事があった直後だ、俺が美紀ちゃんに連れられて教室を出ていく姿をクラスメイトの多くが何も言わず、興味本位で見守っていた。
***
美紀ちゃんに連れられて学校の中庭に来た。まだ登校時間だから中庭にいるのは俺たちだけ。
正直、こういう雰囲気は苦手だ。
「あの……羽島くんと小林さんってホントに付き合ってないんだよね?」
まだそこに引っかかっていたかぁ。
「あぁ、小林さんとは付き合ってないよ。学校でもほとんど話したことなかったし」
嘘は言ってない、嘘は。
「羽島くん、嘘は言わないから信じるけど、なんか小林さんとのつながりを感じるの。気のせいかな?」
この子はどこまで鋭いのか。綾とはもう十数年の付き合いだ。共通の悩みも多くて、話しやすいのもある。
「その、なんでそんなに気にするのかな?」
「だって……以前 告白したけど、いい返事もらえてないし……」
今回の
「俺のどこが そんなに好きなんだよ。正直、あまり誠実に接してるとは思えないけど……」
ここはひとつ本音ベースで聞くしかない。
「普通に考えれば、背が高くて、イケメンで、気遣いができて、優しかったら誰でも一度は憧れるっていうか、好きになると思うけど……」
「まあねぇ。俺ってそういうとこあるから。あと、ついでに成績優秀とスポーツ万能も付け加えておいてほしいな」
「ぷっ、ホント容赦ないのね。確かに、成績もいいし、スポーツ万能でした。いけない? それだけで好きになったら」
美紀ちゃんはいたずらっぽく笑った。彼女はこんな表情もできるのか。真面目一辺倒じゃないところが少し新鮮だった。
「だって、こんなに露骨に興味がなさそうな態度なのに、意固地に好意を向けてくるなんて、昔振った女の子が可愛くなってザマァ的に復讐しにきてるとかじゃないかって疑いたくなるくらいだし」
「私ってそんなに可愛いく見えてた? 地味だと思ってたから逆に嬉しいかも」
確かに、可愛くなって復讐のために来るのならば、メガネではなくコンタクトがセオリーだろう。マンガとかならの話だけど。
「だいたい、それ伊達メガネでしょ? 外した方が可愛いのに、わざわざメガネをかけてる理由も気になるし」
「あちゃー、バレてたか。ここぞって言うときにメガネを外して、ドキッとさせるための武器だったのに」
美紀ちゃんがゆっくりとメガネを外した。
そこには、整った顔の美少女がいた。長い髪に、大きな目と大きな胸、控えめな性格と可愛い声。そんな可愛い存在がいた。
それだけで十分モテそうだ。
俺みたいに のらりくらりと躱すハッキリしない男を追い回す道理はない。
「それだけ可愛かったら、普通にモテるだろ? 他を当たってくれよ」
「はーーーーーっ、これ以上はホントに嫌われちゃいそう。ホントは
「なんだよ、悠兄ちゃんって……」
待てよ。そんな呼ばれ方したことがある。過去に。本当に昔に。
「あんなに毎年楽しみにしてたのに、ちょっと会わなくなったら きれいさっぱり忘れてしまって。ホントにモテるんだね。悠兄ちゃん」
「待て、お前、誰だ!?」
ゲシュタルト崩壊と言ったらいいだろうか。彼女の一言で彼女が分からなくなった。目の前にいるのが誰なのか分からなくなったのだ。
地味で真面目な感じの隠れ美人くらいに思っていたけれど、彼女は確実に俺のことを知っている。そして、恐らく俺も彼女を知っている。
***
まだ小学生の頃、盆と正月、それにゴールデンウィークに親の里帰りで すごい田舎に行っていた。ホントに田舎で車がないと生活できないような不便さ。町内にスーパーが1軒だけあって、町内のみんながそこで買い物をしているような田舎。
確か、町の名前は田川の糸田町。
もう、しばらく行ってない。まだ本当に存在しているのか、今となっては記憶の中だけの世界のような気もする。
古くは炭鉱で栄えた街だったので、比較的標高が高い位置にある。夏はセミを取って、冬には雪が積もっていた。ゴールデンウィークには川で遊んでいた気がする。
ばあちゃんの家は一軒家で古い日本風の家だった。表門と裏門があって、小さいながらも庭があった。俺は物心ついたときからマンション暮らしだったので、この一軒家が珍しかった。
毎朝、牛乳がビンで配達されるのも珍しくて、もらった牛乳は紙パックのそれよりもおいしく感じた。近所には空地もたくさんあるし、柿の木、ビワの木、イチジクの木、色んなものがあった。畑には大根やナス、トマトが植えられていて、遊びに行くたびに収穫して、もらって帰っていた。
ばあちゃんはいつもニコニコしていて すごく印象が良かった。父さんも母さんもばあちゃんには頭が上がらないみたいで、子供心にばあちゃんはすごい人だと思っていた。
ばあちゃんが「オトナリ」と呼んでいた裏門から出たところにある家には、ばあちゃんの近所の人が住んでいた。俺は最近まで親戚だと思っていたけど、単なる近所の人だったらしい。
里帰りをした時にはその家に年下の女の子がいた。小さくて可愛くて、妹みたいな。里帰りしたときは彼女と遊ぶのも楽しみの一つだった。俺だってついさっき覚えたイチジクの食べ方を教えたり、イチジクを木から捥ぎ取った時に出る白い汁はかゆくなるから注意することをどや顔で言ったり、畑で一緒に大根を引き抜いたり、川では釣りもしたし、セミだって捕まえた。
覚えてないだけかもしれないけれど、俺はあの子の名前を知らない。親戚の子だと思っていたから俺は素の俺で接していたと思う。
確か、その時の呼ばれ方が、『悠兄ちゃん』だった……気がする。
***
「もしかして、まだ思い出せない? 田川の……」
そこまで言われたところで、俺は被せるように言った。
「オトナリの!」
美紀ちゃんに人差し指でどびしい!と指をさし、確認するように言った。
「やーーーーーっと思い出してくれた?」
「いや、待て、あの子は年下だったはず。胸もぺったんこで」
「私、小さい時 身体がホントに小さくて。胸は……それなりに成長します」
美紀ちゃんが胸を隠すようにして言った。
「じゃあ、あのばあちゃんちの近くにあった駄菓子屋の名前は!?」
「ああ、何年か前にお店やめちゃったところ!あそこってお店に名前があったんですか?」
そう言えば、俺も知らない。 いや、待て。 俺は珍しく混乱している。
「え!? そんな子どもの時のことを覚えていて、俺を追いかけてきた!? いや、そんなはずはない」
子供の時のボーイ・ミーツ・ガールなんて、お祭りのときに獲得したおもちゃみたいなもの。人生最大の宝物の様な気がするが、すぐにどこかにいってしまって成長と共に、その存在すら忘れるもの。
「さすがに、そこまではないですけど……でも、私にとっても田川は里帰りの場所で、ずっと住んでたのは福岡市内でした。悠兄ちゃん高校が一緒になったのは偶然だけど、私は見た瞬間分かったよ?」
「えーーーー。言ってよ」
「昔の憧れの人が目の前にいて、なにを言うの?」
「久しぶり、とかさ」
「ぷっ、マンガみたいじゃない? 子どもの時に実は田舎で会ってたみたいな」
まあ、そうだけども。
「悠兄ちゃん、学校ではなんか澄ましている感じで、キャラ作ってるなって思ったけど、かっこいいし、背は高いし、頭もいいし、付き合ってほしいなって思ったから頑張って告白したのに、ほとんどスルーだしさ」
「いやーーーー、今まで美紀ちゃんって謎めいた美人で、隙あれば後ろから刺すタイプだと思ってたし」
「ぷっ、なにそれ」
「だって、そのメガネ……」
「子供の頃 メガネかけてたから その方が分かりやすいかなって思ったんだけど、今はレーシックしたから両眼とも視力は1.5だよ」
両手でダブルピースする美紀ちゃん。
「それより、悠兄ちゃん、裏では私のこと『美紀ちゃん』って呼んでたの?」
「あ!」
しまった。気が緩んでつい。
「よし、これからは『美紀ちゃん』で行きましょう。私も『優等生モード』は辞めますから、悠兄ちゃんも私の前では『イケメンモード』はやめてください」
「ちょっと待って。俺、なんかまだ色々混乱してるんだけど」
「じゃあ、今日、学校が終わったらうちに来て? 昔の写真とかあるから。一緒に見て思い出しましょう」
「えー」
「うわ! 本当に嫌そうな顔! そんな顔、教室で見たことない!でも、嬉しい!」
美紀ちゃんが急に腕に抱き着いてきた。
「もう一段階踏み込んで落としにかかるから よろしくね!悠兄ちゃん♪」
今まで見たことが無いような笑顔で美紀ちゃんが笑った。
こういう時、どんな顔をするのが正解なんだろう。きっと俺はとても複雑な顔をしていたと思う。
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