第13話:数年ぶりの一緒の登校

「じゃあ、行きますか」


「はい」



 何年ぶりだろうか。綾と一緒に学校に行くことになった。

 ちょっと緊張しているのか「はい」とか返事してるし。普段なら「ういー」とか「あいー」とか だらしない返事が返って来るのに。


 俺たちの家はマンションの隣同士。あいつはうちの鍵を持っているから いつでも俺の部屋に来るし、なんならベランダの防火壁は下半分だけ取り外してあるから、お互い窓さえ開けていれば24時間いつでも出入りできる。


 それでも、小学校高学年だったか、中学生の時だったか、学校のヤツらに揶揄われ始めてからは学校では一切の関わりを断っていた。話はもちろんしないし、登下校もわざわざ時間をずらしていた。


 そんな俺たちが、綾んちの玄関前で変な空気になった。



「手つなぐ?」


「なんでだよ!嫌だよ!」



 混乱したのか、綾が変なことを言った。



「私みたいな美少女と手を繋げるチャンスやったのに!」


「別に女には困ってない」


「うわ! モテだ! モテ男! 感じわるっ!」



 実際、狙った子は8割がた落とせると思っているし、何もしなくても向こうから寄ってくる。むしろ、寄ってきた後の方が厄介だ。


 しかも、綾の手とか触ったら、柔らかくて さぞ触り心地が良いだろう。そんなのを知ってしまったら、実際に彼女ができたときにガッカリしてしまう可能性が高い。



「昨日の告白とか、デートのお誘いはどうしたとー?」



 学校に向けて歩き始めた時、綾が聞いた。何か話さないと気まずかったのかもしれない。



「LINEのやつは、やんわりと断った」


「具体的には、どんなふうにやんわり? 今後の参考のためにも!kwskくわしく



 綾が顔を近づけて鼻息が荒い。

 実際、綾もかなりの数 告白されているようだ。半分冗談で、半分は本気で知りたいのだろう。



「こんな感じ」



 スマホを取り出してLINEのメッセージを見せた。




『誘ってくれてサンキュ。また時間がある時にゆっくりな』




「うわ!しっかり断らずに、希望をも出せ続けるとか鬼畜かー」


「あんまりズバリ言うと傷つけるだろ?『いつか』出かけることにした方が、感じが悪くない。その『いつか』は多分、ずっとこないだけで」



 実際、断るのもうまく断らないと、女子は情報網が広い。下手したら、1人を振ることでクラス全員から総スカンを喰らうこともあるのだ。



「ラブレターの方は?」


「お前、ちゃっかり見てんのな」



 綾には言わなかったけれど、紙のラブレターも時々もらう。こっちはLINEよりも気を使う。いまどき紙のラブレター。思いが重いことは明確だ。手紙に手紙で返すとその手紙が女子たちの間で回されて悪い噂が広まることがあるので、できるだけ直接会って断るようにしている。


 ちなみに、宛名がない手紙は、単に送りたいだけなので、スルーしても大丈夫。



「名前が無かったから、誰か分からん」


「ふーん」



 地下鉄の駅までは15分くらい歩くけど、公園というか、緑道というか、細長い公園のような道を歩くので学校のやつと会うことはほとんどない。気軽に話せるゾーンだと思っている。


 春には桜が咲き、梅も咲く。竹も生えているし、松も植わっている。昔はここに筑肥線という路面電車が通っていたらしい。線路が廃線になった後、細長い公園になったということらしい。全長約2kmの細長い公園。両脇には花や木が植えられていて、絶好のお散歩コースなのだ。


 綾も教室内での「ニコニコ営業モード」の標準語ではなく、「ダラダラお部屋モード」の博多弁で話している。



「美紀ちゃんは?」


「うーん……」


「やっぱ、ダメなんー? 可愛いのに! 私なら付き合う!」


「じゃあ、お前が付き合えよ!」



 ニシシと綾が笑う。綾もかなりモテるから、何となくダメな感じだと分かっているのだろう。こればっかりはフィーリングもあるので、理屈じゃない。条件がいいから付き合う訳じゃないのだ。



 ***



 なにごともなく駅に着いて、地下鉄に乗って移動した。ホームでは同じ学校の生徒と一緒になることもある。時々3人組くらいの女子が少し離れたところで きゃあきゃあ言っていることがある。もしかしたら、こちらに好意があるのかもしれないけれど、話しかけてくるわけじゃないし、こちらから行くこともできないし、基本的にスルーするしかない。言われる方はあまり気持ちがいいもんじゃないのだ。


 この手は実に厄介な存在だと思っていた。ただ、綾と一緒に地下鉄を待っていると、それが一切ない。いつもの3人組は視界の隅には入っているけど、静かなままだ。これは意外といいかもしれない。



「どうしたとー? 黙ってから静かだけど


「いや、お前がいると女子が寄ってこない。意外といい具合」


「うわ! 人を虫よけみたいに言って」



 ただ、男からは睨まれているような気がする。そういう意味では、行って帰ってチャラかもしれない。



「お前、目立つのな。色んなヤツがお前の事 チラチラ見ていくぞ?」


「そう? いつもだから何とも思わんけど」


「うわー、モテモテ美少女だな」


「だって、しょうがないやん。私なんも しとらんのに勝手に好かれて見られるっちゃけん」



 まあ、言ってることは分かる。こいつも苦労してんだな。



 ***



 学校の最寄り駅に着くと、改札のところで美紀ちゃんと会った。



「あっ、羽島くん、小林さん、おはようございます」


「あ、はよー」


「水守さん、おはようございます」



 明らかに美紀ちゃんが動揺している。視線が泳ぎまくっている。



「あ、あの……二人一緒ってことは……」


「小林さんとは家が偶然同じ方向だったらしくてさ。あんなことがあった後だから、お互いの負担にならない程度の場所で合流して しばらくは一緒に登校することにしたんだよ」



 嘘は言ってない。一切嘘はないけれど、家が隣同士という事は秘密にしてるだけ。俺自身 後ろめたいのか、饒舌になってしまったし、いやに説明的になっていることは自覚している。



「そ、そっかぁ。びっくりしたぁ。二人付き合ってるかと……」


「いやいや、小林さんみたいにモテる人と俺は不釣り合いだよ。せいぜいSPとして守る程度さ」


「とんでもない。羽島くんモテモテだから、私なんか眼中にないだけだから」



 綾がニコニコ営業モードに切り替わって、標準語になった。



「それより、水守さんも一緒に行こう? 連絡ありがとね。あのあと大丈夫だった?」


「うん、私の方は大丈夫だった」



 エンカウントにより3人で登校することになってしまった。クラスのアイドルの綾と、実は隠れファンが多そうな大人しめの美紀ちゃんをはべらせての登校だ。またクラスで陰口叩かれそうで頭が痛い。


 俺の横を美紀ちゃんが歩く。少し後ろを綾が歩く。流石に3人並んで歩くほどは歩道は広くない。俺にとって少し居心地の悪いフォーメーションになってしまった。



「羽島くん、この間は、大丈夫だった? あの後、小林さんとどうなったのかな?」



 家に連れ帰って、俺のベッドに寝かせたと本当のことを言ったら、誤解をされそうだ。事実はそうなのだけど、それを言って美紀ちゃんが受け取る印象は全く別の事象になるだろう。



「羽島くん、この間はごめんね。そして、ありがとね。私、ちょっと調子が悪くなっちゃって、途中まで送ってもらったんだ。たまたま家が同じ方向だねって話してたから」


「ふーん」



 答えに窮していると、綾が助け舟を出してくれた。

 納得はしていない「ふーん」だったけれど、とりあえず、美紀ちゃんは飲み込んだようだ。



「なんか、ごめんなさいね。羽島くん、水守さんのこと 良いって言ったのに、邪魔するような形になってしまって」



 綾の助け舟は泥でできていた。俺を沈める気満々だ。俺が一言も言ってないことを代弁しやがった。



「え? そ、そうなの!? えと、えと……その……ありがとう」



 美紀ちゃんがモジモジし始めた。まんざらじゃなさそうだ。やっぱり、この子は俺のことを好きだ。背後にいるから顔は見えないけれど、綾のどや顔が俺の脳裏には見えている。なんとか、美紀ちゃんと付き合わあせて、どうなるのか高みの見物を決め込むつもりだ。いや、もしかしたら、美紀ちゃんのいじらしさに心を打たれて?


 いい子は、いい子のまま そっとしておくのが一番平和なことだと俺は既に経験済みだ。この綾の一言が後に俺にめんどくさい事柄を運んでくることになる。

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