第9話:期待に応えるという事

 スポーツ施設のバッティングセンターで2打席目に入った。バッティングセンターには、比較的客が多くてエリアは埋まっていた。俺たちが使えるのは1つのエリアだけ。


 よりによって一番 球速が速いエリアしかなく、その速度は130km/hだ。

 ただの遊びなのだが、悪いことに周囲のエリアの客である大学生が茶々を入れてきた。


 それくらいなら無視すればいいのだけど、ベンチで俺と浅越を応援してくれていた女子が委縮し始めた。


 このままじゃ、かっこ悪いじゃないか。


 相棒の綾と、俺のことを好きでいてくれる美紀ちゃんの前で少しかっこを付けたいところだ。



「悠斗……」



 2打席目、1球目が見える。



 ビュン、カコーン!



 いい音がした。

 数秒後、バコーンとホームラン判定のボードにボールが当たった音がした。



 ベンチにいる女子たちは何が起きているのか分からないみたいだ。固まったまま反応がない。



「ホームランだ! 羽島が打った!」


「え⁉ ホームラン!? いきなり!?」

「ゆう……羽島くん!」

「すごい! 羽島くんすごい!」




 2本目、ブン、カコーン! ……バコーン‼


 2本目もホームランだった。


 そう、俺は1打席目に過去に練習した感覚を取ろ戻すとともに、目を慣らしていた。目を慣らすなら目に集中した方がいい。スイングは二の次だ。ボールに当たるかどうかはどうでもいい。



「チャー、シュー、メ――――ン!」


 3本目、ブン、カコーン! ……バコーン‼



 3本目もホームラン。目はもう慣れた、130km/h。スイングのカンも取り戻した。リズムはこれだ。



「チャー、シュー、メ――――ン!」



「ワン、ツー、スリー」とかでもなんでもいい。「とん、ちん、かん」とか。リズムというか、タイミングというか、言葉はなんでもいいのだ。ボールが発射される、スイングをして、ボールにジャストミートさせるリズム。



 バッティングセンターであっても、球の速度は完全に同じではないし、コースも完全に同じではない。多少の調整は必要だが、大筋の流れは掴んだ。


 結果、10球中7本ホームランを打てた。



「どうだい?」


「お疲れ様」



 ドアから出てきた俺に浅越が答えた。ちょっと嬉しそうな顔をしているのは、彼の人柄がいいからだろう。性格が悪いヤツだと「俺の活躍の場を奪いやがって」と多少は歪んだ表情を向けるものだ。ここで少し笑っているのは、共通の敵である大学生たちに一泡吹かせたという連帯感からに他ならない。一緒の立場で一緒のことが考えられる彼に好感を持った。



「「羽島くん……え⁉」」



 綾と美紀ちゃんがハモった。



「すごい すごい!」

「羽島くん、どうしたの、いきなり!1回目は手抜き!?」

「派手に打ったわね!すごーい!」



 俺たちを応援してくれていた女子たちの表情が明らかに明るくなった。やっぱり、どこか居心地が悪かったのだろう。



「今度は俺の番かな。俺にもカッコつけさせてくれよ」


「もちろん、暴れて来いよ。もう大学生は逃げて行ったみたいだけどな」


「俺の出番がないじゃないか」



 そう、先ほどの大学生は気づけばいなくなっていた。俺の1打席目を見て舐め切っていたのだろう。マウントと取ろうと色々言っていたのに、2打席目の好成績で勝てないと踏んだのかもしれない。あのまま弱みを見せ続けたら、うちのクラスの女子たちをナンパし始めたかもしれない。それはそれで手がかかるので先手を打ったかたちだ。


 その後、みんなで、浅越のバッティングを見たけれど、俺より1本多く、8本ホームランにした。



「せっかくホームラン8本も打ったのに、なんか盛り上がらないじゃないか」



 浅越がさわやかに文句を言う。



「何言ってるんだ。俺より1本多くホームラン打ってるのに」



 お互いの手の甲側の手首同士を軽く当ててお互いの友情を確かめた。やっぱり、浅越はいいヤツだ。見た目もいいし、運動能力も申し分ない。クラスでモテるのも当然だ。多分、俺とは違う天才肌。なんでも十二分にこなすタイプだろう。



「どうだったかな?休憩がてら見てもらった俺たちのバッティングは」


「俺の出番はほとんどなかったけどね」



 浅越が自嘲気味に薄く笑顔を見せる。



「俺より、ホームランが多いんだから文句言うなよ」


「なんとかギリギリ カッコつけただけになっただろ。羽島はもう少し控えめでもよかったんじゃないか?」


「そうかも。すまんな、能力が高くて」


「ふふふ」



 俺たちのやり取りに女子たちの視線が集まる。この視線は「好き」じゃない。「憧れ」だ。これくらいじゃ告白してきたりはしない。ただ、一定以上の「期待」が生まれるので、今後の学校生活が多少窮屈になりそうだ。


 だから、こういったイベントは好きじゃないんだ。こちらが好きになってほしい人、1人に好きになってもらえばいいだけなのだ。



 そろそろボウリングもみんな終わっただろう。しょうがないので、合流することにしようか。



「羽島くん、よかったらこれ。まだ使ってないから……」



 美紀ちゃんが……水守さんがタオルを俺に手渡してくれた。たった2打席だったけれど、少し集中したし、少しだけど動いたので汗もかいた。



「ありがとう」



 断るのも悪いので、受け取って汗を拭いた。



「洗って返すよ」


「そんな、大丈夫だよ。汗がひいたらもらうね」



 気遣い最高か、この子。メガネをかけているので、ちょっと委員長キャラみたいになっているけど、顔だちもいいし、ロングの髪の毛は綺麗だ。メガネも伊達メガネみたいだし、分からないことが多い。


 そもそも好かれる理由がないので、少し怖い気もする。大体は他の子たちと同様に「ある程度の好意」であって、「好き」まではいかないのに。



 本体(?)と合流する前にみんなトイレに行ったり、飲み物を買いに行ったりしていた。


 ベンチに残ったのは、俺と綾だけ。前を向いてベンチに座っている綾。俺は、背中合わせのようにして立っている。



「よかったの?目立ってしまって」


「ホントだよ」



 そうだ。俺は目立ちたくない。目立ちたくなかった……何故、あんなに目立つことをしたのか。スポッチャに来た理由は分かる。綾に頼まれたからだ。ボウリングは分かる。俺は綾を守ろうとした。しかし、バッティングセンターはなんだ。活躍する必要なんて全然なかったはずだ。俺は何を守ろうとしたのか。自分のプライドか?



「どうするの?この後は」


「どうしようか、いったん外に出て食事をして戻ってくるのか、ある程度満足すれば少し遅くなっても昼ご飯のタイミングで終わる可能性もあるな」


「じゃあ、悠斗はどうしたいの?・・・・・・・



 実に綾らしい本質をとらえた質問の仕方だった。時々鋭いんだ。

「どうするのか」は、このままの流れに従えば「どうなるのか」ということ。「どうしたいか」は「俺がどうするのか」ということ。


 できれば早く帰りたいが、美紀ちゃん問題を解決しておきたい。俺に失望してもらえると嬉しいのだけど……


 可及的なるはやでスポッチャを合法的に離れ、家に帰ってゲームのイベントに参加したい。ついでに美紀ちゃんに失望される方法……そんな都合のいい方法があるならすぐに実行したいところだ。



「悠斗、見てないけど、顔が悪い顔になってるわよ」


「見えてないのになぜそう分かるんだよ」


「声の感じ?何年一緒にいると思ってるの」



 綾、恐ろしいヤツだ。バッティングの時の汗は引いたと手に持ったタオルを見て思い出したのだった。

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