第8話:エプロンと努力の価値

 自慢とかじゃなく、俺は小学校の頃から容姿と肉体に恵まれていたと思う。顔がいいかどうかは自分では分からなかったけど、クラスでも人気があったし、女子から告白されることもあった。


 足が速かったし、みんなを笑わすこともできたので人気者でいることができた。工作でも歌でも習字でも、初めてやることで そこそこの結果を出せた。クラスのみんなからも頼られて、俺はこういう役割の人間だと思っていた。


 ただ、小学校も高学年になってくると、みんなとの差はなくなってきた。いや、完全になくなった訳じゃないから縮まってきと言った方がいいのか。


 リレーでもアンカーでないことが多くなってきた。みんなと比べて優れている点は少なくなった。俺ってこんなもんかと思ったこともあった。


 その時のクラスメイトの女の子がいた。もう、名前も忘れてしまった子。とにかく不器用でやることなすことチョイチョイ失敗していた。俺よりも背が低く、この子ならまだ俺でも助けてあげられる、そう思っていた。


 家庭科の授業でエプロンを作る時、彼女はミシンが使えなかった。エプロンを全て手縫いで作っていた。俺はミシンが使えたので、2回目の家庭科の授業で完成させていた。


 一方、彼女は5回目の授業で完成させた。その間、昼休みも放課後も失敗しながら手縫いしていた。俺は横から見ていただけ。手伝ったらこの子のエプロンにならないから。俺のエプロンになってしまう。なにもできないけど、見てただけ。


 完成してほしい気持ちでいっぱいだった。そして、完成したエプロンを着けた彼女を見た時、可愛いと思ってしまった。エプロンもすごく価値のあるものに思えた。少なくとも、自分がミシンで作ったエプロンよりも良いものに思えた。


「努力」ってことを俺は初めて意識したと思う。それまでは、今見てすぐできないとダメだと思っていた。だって、それまでできていたのだから。でも、それだけじゃない。失敗してもいいから努力すること。最初うまくいかなくてもいい。最後まで諦めない。完成させることを知った。


 それからは、俺は取り戻していった。走る練習をした。サッカーもバスケットボールも野球も……うまいヤツの動きを見て、自分も真似して、自分用に置き換えて。


 そしたら、またみんなから褒められるようになった。女子からも人気がでた。人気者で、万能な羽島悠斗はしまゆうとが復活した瞬間だった。



***



「次はどこに行くんだっけ?」



綾が訊ねた。



「バッティングセンターに行こうかと思って」


「俺も打つんだ」



「羽島くんと浅越くんがバッティングするの!? 見たい見たい‼」

「私も見たい!」

「いくいく!」



予定よりも女子が増えてしまったけれど、彼女たちは本当の意味では俺のことを好きではない。流行りのものが好き、みんなが好きなものが好き、そんな感じの好きだ。特に害にはならないので、周囲にいてくれると売れも嬉しいところがある。


そもそも女子に騒がれて嬉しくない男子がいるだろうか。


面倒なことさえなければ、嬉しいに決まっている。

綾は論外として、危険な存在は、美紀ちゃんだ。あの目は、恋している目、俺のことを好きな目だ。


彼女はあまり社交的じゃない。そう言った意味では、バッティングセンターに連れていって、他の女の子がキャーキャー言っていてくれれば、勝手に諦めてくれる可能性もある。別に狙っていた訳じゃないけれど、時間つぶしも兼ねて、バッティングセンターは有効そうだ。


体力が無くて、運動するとすぐに活動限界を迎える綾の休憩時間も兼ねているので、俺と浅越のバッティング対決っていうのも悪くない。



***



施設を移動してバッティングセンターエリアに移動した。


比較的人数が多くて、全部で6エリアあるうち、空いているのは1エリアだけだった。しかも、球速が130km/hって、速いだろ!バッティングエリアのすぐ後ろにはベンチがあり、クラスの女子たちはそこに詰めて座り、座れない子たちは立って応援してくれるようだ。



「よーし、順番に行くか!」


「いいね」



浅越と1エリアを順番に使うことにした。その分、余計に時間を喰うし、俺としても都合がよかった。



「どっちから行く?」


「じゃあ、じゃんけんで」


「「最初はグー、ジャンケンポン!」」



勝ってしまった。浅越の実力も見たかったし、参考になるなら、先に見ておきたかったけれど、勝負師としてのカンがじゃんけんでも勝たせてしまったというところか。


正直、バッティングセンターは久しぶりだ。


バッティングには3つのポイントがある。


目(選球眼)

リズム

フォーム


これだ。しばらく野球もバッティングもやっていないから、目は慣れてないだろう。しかも、130km/hとか見えないかも。リズムも取り戻す必要があるだろうなぁ。唯一はフォームくらいかこれまでの練習が生かせそうなのは。



俺はドアを開けてネット内のバッティングエリアに入った。置いてある金属バットを持ち、コインを機械に入れたらスタートだ。



ギギギ……ビュン、ポス



ストライクコースだったけれど、見送った。目を慣らそうと思ったのだ。全然見えやしない。


ベンチからは女子たちの「頑張ってー!」という声援が聞こえる。



2球目。ブン!ポス



大きめの空振り。ベンチから「ああー」と落胆の声が聞こえる。

完全に球のコースとスイングの軌道がズレている。球も全然見えてない。130km/hは思ったよりも速い。球が発射されたのを見極めてからだと完全に振り遅れていた。



3球目。ブン!ポス



空振り。



4球目。ブン!ポス



空振り。全然球のコースが見えない。全部真っすぐストライクコースに飛んできているので、変化球がないことだけは分かった。ただ、振り遅れが酷い。



5球目。ブン!ポス



空振り。



「羽島!ボールにかすりもしてないぞ!? 野球は苦手か?」



浅越が煽ってくるなぁ。どうやっても、球は発射される前にスイングに入らないと間に合わないらしい。



6球目。ブン!チッ、ポス



ボールにかろうじてかすったか。想定よりもボールの上をバッドが通過しているらしい。もう少しした目に補正しないといけない。機械じゃないから精密な校正ができる訳じゃない。ただ、今よりも下目をバッドが通過しないと、ボールは打てない。



7球目。ブン!チッ、ポス



さっきより かすった量が多くなった気がする。もう少しだ。



8球目。ブン!カコーン!



バットがボールに当たったけど、芯を捉えてないので真上に飛んだ。ピッチャーフライってところだろうか。ベンチの女子たちは歓声を上げてくれているけれど、そんな大したもんじゃない。



9球目。ブン!カコーン!



バットはかろうじてボールに当てたけれど、1塁側に大きくそれた。今度は降り遅れだ。



10球目。ブン!チッ、ポス



10球目は完全に空振り。俺はバットを元の位置に戻しエリアを出た。



「交代だ」



浅越に交代した。俺たちのエリアは左右のほぼ中央のエリアなのだが、女子が8人もギャラリーとしている。他のエリアの客は少年野球の子供いるのだが、大学生がいるエリアもいた。


男3人で明らかに面白くなさそうだ。何も言わなくても、表情からありありと敵意が伝わる。むこうが男3人だけなのに対して、こちらは男2人に女8人だ。言いたいことは分かる。



(カコーン!)



浅越は、1打目からヒットだ。うまい。



「羽島くん……」



綾が心配して近づいてきた。表情から心配した目をしている。

美紀ちゃんは胸の辺りで祈るようなポーズで見守っていた。


はー、遊びじゃないのかよ。



浅越のバッティングフォームを見る。安定しているし、経験者かもしれない。少なくともバッティングセンターに通い詰めたくらいの経験はありそうだ。


浅越もヒットは出るがホームランは出ない。130km/hは速いな。それでもプロは150km/h以上を打つというし、変化球やスローボールも混ざるんだ。もっと難しいはず。それに比べれば、バッティングセンターのボールは単純だ。


あるのはストレートだけ。多少の軌道のズレはあってもストレートのみ。速度も130km/hで固定だ。





後ろでさっきの大学生がニヤニヤして見ている。それだけならば いいのだけれど、「ろくに打てなくても女にキャーキャー言われていい気なもんだ」とか「ガキがいい気になりやがって」とか聞こえるように言っている。


当然、女子たちにも聞こえるように言っているので、委縮し始めている。


ここで浅越がバッティングエリアから出てきた。



「ごめん、程々だった」



そうは言うけれど、1打目からヒット6本だ。十分だろう。



「よーし、そろそろ準備運動も終わったし、本気でいくか!」



デカデカと宣言した。



「悠斗……」



綾、いつもの呼び方がこぼれてるぞ。



「ドラゴンボールじゃないんだ、10トンのおもりでも外すか?」



浅越がニヤリとして言った。きっとこいつは知っている。俺が1打席目に何をしていたのか・・・・・・・・・・・・・



浅越とのすれ違いざまに、パンッとタッチした。



「羽島くん、……小林さん?」



美紀ちゃんの声は、俺には届いていなかった。



「羽島くん、頼むよ」



こちらの、浅越の声は俺に届いていた。


俺は再びバッティングエリアに入り、崩れることはない足場の踏み心地を確認し、バットの振り具合を再確認した。その上で、コインを入れ2打席目をスタートさせた。

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