第5話:天神の待ち合わせの定番

 次の土曜日、朝10時に天神駅で待ち合わせとなった。天神とは九州最大の繁華街のことだ。福岡市営地下鉄、西鉄電車、西鉄バスなど九州中から人が集まれるようになっている。


 その巨大な駅から西に進むと天神サザン通りがあり、そこにスポッチャがある。現地集合で良さそうなもんだけど、待ち合わせと言えば天神駅というイメージがあるので、そこが待ち合わせになったのだろう。


 1階の大画面前で集まるのが福岡の人間の常識だ。ちなみに、大画面のサイズは縦は2.1メートル・横3.7メートルで、165インチの巨大ぶりだ。壁とかに設置されていたら大した大きさじゃないけど、これが地面にドーンと置かれているのでデカく感じる。


 現地に付く時間は難しい。待ち合わせより早すぎると、色々なヤツと話さないといけないし、遅れると迷惑なので、俺は時間ぴったりに行くようにしている。一応俺なりの気遣いなのだけど。


 綾とは一緒に出掛けない。変な誤解を生むのも嫌だからだ。待ち合わせ場所に近づくと分かったことがある。大画面前で待ち合わせしている大勢の中で、俺らの集まりが一番人数が多いのだ。


 大画面前には100人以上が待ち合わせしているようだった。その中で、俺らの集まりは20人くらいいる。見た顔がそこかしこにいるのだ。10人の集まりじゃなかったのか。


 その中心に綾がいた。嫌でも目立つ。可愛いからしょうがないよなぁ。流石としか言えない。今日はスポーツが中心という事を忘れているのか、思いっきりガーリーな女の子らしいファッションできている。グレーのブラウスで袖は肘くらいまでの長さ。襟の部分だけ白い刺繍がされていて、細いはしごリボンで縛れるようになっている。


 スカートは白いデニム生地で、大きめのプリーツが可愛らしい。靴はブラウンのエナメルシューズ。白いソックスは長すぎず、短すぎず。無難だけど、無難だけに万人に好かれるコーディネートだった。


 長い髪は、毛先30センチくらいをウェービーに仕上げてきている。男はもちろん、女も振り返って見るほどに可愛いな。


 対して俺は、あまり目立たない様に黒スキニーとカーキのミリタリーシャツで前を全部開けている。その下には白いシャツを組み合わせた。まあ、シンプル。スタイルとかバランスとかが良くないと安っぽく見える感じなので、着こなし力が求められるコーディネートかもしれない。



「みんな、おはよ」



 軽く右手をあげて挨拶した。



「羽島くん!おはよう!」

「おはよう、鈴木さん」


「羽島くん!おはようございます!」

「ああ、おはよう、土屋さん。あ、村井さんもおはよう」



 なんか、朝っぱらから、おはようおはよう言われて ちょっと疲れたし。こんなにいるんだから、まとめてあいさつでいいだろ。心の中だけでため息をついていたのだけど、綾と目が合った。



「小林さん、おはよう」


「おはようございます。羽島くん」



 綾に「羽島くん」と呼ばれるのはいつ以来だろうか。



「羽島くん、カッコイイ服ですね」


「ありがとう。小林さんも可愛い服だよ」



 とりあえず、挨拶はしたけど、綾の本音は「ホントだよ!ホントに今日、よろしくね!」ってところだろうか。俺の姉を自称したのに、ビクビクしていてダメダメじゃないか。


 まあ、そこもあいつの可愛いところか。臆病なくせに妙に責任感強いって言うか、真面目って言うか……今日だって、普通にブッチしても良かっただろうし、風邪とかなんとかいえばよかっただろう。それなのに、ちゃんとお洒落して来ちゃってるし。放っておけない感じなのだった。



「よう、羽島!」



 当然、女子に人気の浅越も来ている。浅越は俺の方にグーを肩の高さにして、ゆっくりと押し出す様にしてきた。拳と拳を合わせる挨拶をしたいようだ。



「よう、浅越」



 合わせて俺もグーを出し、拳と拳を合わせる挨拶を交わす。なんだこれ。



「羽島が行くって言ったから、10人だったメンバーが25人になったらしいよ」


「へー」



 なぜ、俺が行くと言ったら、人数が増える?



「増えたのは女子がほとんどで、元々4人だったのが、12人になったらしいね」


「あと数人の女子は俺に興味がなかったってことか。俺も まだまだだぜ」


「ふっ、そう来たか。全員持って行く気だろ」



 実際は、浅越が行くって言ったから増えた子もいるだろう。単なる軽口だ。



「実際は男子も増えたんだろ? 小林さん効果かな?」


「かもね。俺は、なんで羽島が気まぐれで来たのかも気になるな」



 何だよ。こいつは俺のファンかよ。……まあ、常識的に考えて違うだろうなぁ。恐らく綾のことが好きなんだろう。そして、俺に探りを入れてきている、と。ラノベやマンガを読みまくっている俺はその辺の難聴系主人公や、鈍感主人公とは訳が違う。先の先まで読みまくってやるぜ。


 まあ、浅越くらいならば、綾と付き合っても悪くないと思っている。こいつは変にマウント取ってこないし、心的に余裕があるんだろう。本当のリア充とは、心も熟達していて、他人に嫌なことを言ったりしない。


 そんなヤツは普通、クラスに1人とか2人しかいないので、綾が彼氏にするならそいう言うやつがいいだろう。その辺は男として見極めて、後に裏で綾に教えてやれば彼氏選びに失敗することもないと思っている。



「おはようございます。羽島くん」



 少し控えめに上目遣いで挨拶してきた女子は、美紀ちゃん。つい先日、誘われてデートした女の子、水守美紀みずもりみきちゃんだ。その後、次のデートに誘ったりしていないし、誘われない様に会話をコントロールしたりしていたのだけれど、こうして学校外で会うと微妙な雰囲気だ。


 ロングの髪の毛は耳の上位から後頭部にかけて編み込まれていて、長い髪の毛の毛先だけ遊んでいる感じで可愛く仕上げられている。白いブラウスにダボっとした薄ブラウンのマキシワンピースは、多少透け感もあってキュートな感じだ。


 学校では眼鏡もあって「委員長」っぽい固い印象がある彼女だけど、私服だともう少しふわっとした印象だった。前回のデートでは、割ときっちりした服だったので、今回はだいぶ印象が違う。



「可愛いワンピースだね」


「ありがとうございます。羽島くんが来るって聞いて……」



 赤くなって もじもじしてしまった。

 この子は俺のことが好きなんだろうか。特に何かきっかけがあったとは記憶していないけど。もちろん、雨の日に橋の下で犬を拾ったこともないし、実は忘れている幼馴染とかでもない。


 単に背が高くて、成績が良くて、見た目が良くて、性格もいい男と付き合いたかっただけだろうか。それなら、俺しかいないから理解できる。



「今日はスポーツだね。一緒に楽しもう」



 まあ、美紀ちゃんもスポーツするために来たとは思えない恰好ではあるんだけどね。



「あ、浅越くんもおはようございます!」


「あ、やっと視界に入れてくれた?寂しいなぁ、水守さん」


「あの、えと、ごめんなさい」


「ははは、いいよいいよ。分かってるから」



 浅越はニコニコしていた。いいヤツだなぁ。男女分け隔てなく当たりが柔らかい。

 20人以上がワイワイと集まっていると収拾がつかない。そろそろなんとしないといけないところだけど……



「よーし!みんな来たな!そろって店に行くから俺についてきてくれ!」



 デカい声で俺らの集まりを先導するのは、クラスメイトの猿谷だ。背は160くらいか。俺からしたら、ちょっと背が低めの感じのヤツ。ちょっと猫背なのが印象を少し悪くしている。もったいないヤツだ。


 それでも、今日の幹事を名乗り出てくれているのだから、見た目に反していいヤツなのかもしれない。みんな猿谷の後をついて店に向かった。


 俺の隣には美紀ちゃんが歩いている。少し気まずいな。横を向くとこちらに微笑みかけてくる。自意識過剰なのを考慮しても、これは俺のことを好きな表情だ。表情は少し高揚していて、頬は少し赤く染まっている。話しかけてくる声のトーンも1トーン程高い気がする。


 俺の後ろには綾が歩いている。その横には浅越がいる。二人は中々背格好的にも似合っているし、控えめに言っても美男美女だった。綾の表情が教室にいる時と違ってニマニマしているあたり、帰ったら俺を揶揄うつもり満々なのだろう。


 教室とは少し違う表情の綾が横にいるからか、浅越も表情がいつもより柔らかい。綾は通常運転でゲージがカンストした可愛さなので、こんな普段と違うところに気づいてしまったら、浅越も綾のことが好きになってしまうだろう。


 そんな それぞれの思いを秘めて、店にたどり着いたのだった。

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