第4話:俺と綾の関係とは

 教室では中間テストも終わり、期末テストまでは多少の期間がある頃、俺たち生徒は割と気が緩んでいた。そんな時にクラスの陽キャのみなさんは、声を掛け合って週末集まって遊んでいるそうだ。


 俺はそういう本気で行きたいと思っていない集まりに参加するのが好きじゃない。小学生の時に子供会で段ボールや空き瓶を集めた思い出とか、あまりいい思い出がない。


 男と出かけても、女と出かけても、それなりに気を遣うので、何か用事があって出かけるのならば一人がいいのだ。トイレとか好きなタイミングで行きたいし、ご飯も好きなタイミングで食べたいものを食べたいと思う。


 他人に合わせられない訳じゃないけれど、窮屈に感じてしまう。時々声をかけられて、クラスの女子とも出かけてみるけれど、ウキウキして帰ってきた記憶がない。



 授業と授業の間の10分間の休み時間の間、俺は机に突っ伏していた。別に寝ている訳じゃないけれど、昨日ゲームが捗って寝るのが遅くなってしまった。壁一枚向こうで綾もそのパーティに参加していたので、あいつも眠たいはず。綾は大体、風呂に入る時間位を境に綾は自分の家に帰る。その後は、別々だったり、再びそれぞれの部屋からオンラインゲームにログインすることもあるのだ。



「ねえ、小林さん!週末みんなでスポッチャ行かない?」


「え?」



 忘れがちだけど、綾の苗字は小林。小林綾があいつの名前。

 教室で綾が仲のいい(?)女子に声をかけられていた。ああ、あの「え?」は嫌な時の「え?」だ。週末はゲームイベントがあるから忙しいと言っていたし、出かけたくないのだろう。


 ちなみに、スポッチャはボウリングとか、ビリヤードとか、カラオケとかまとめて何でもできる複合施設みたいなもので、3000円くらいあれば1日遊べる場所のこと。みんなでワイワイやるには都合がいい場所と思う。


 ただ、俺や綾みたいに普段一人でいることが多い人にとっては、ワチャワチャしすぎていて、どこに誰がいるのか分からなくて、落ち着かない場所でもあった。俺としては、イベント版の食べ放題というイメージを持っている。


 ここにネットカフェが追加されたら割と喜んでいくけど、誰かと何かをするのではなく、一人でブースに籠ってオンラインゲームをするか、買うほどではないけれど、読みたかったマンガを読破していくことになっただろう。



「今度の土曜日、行こう? 小林さんが行くなら浅越あさこしくんも行くってよ?」



 浅越とは、クラスのイケメンと言ったところか。陽キャでちょっとノリがいい、面白いヤツ。俺も嫌いじゃない。ただ、キャラクターが合わないからあんまり一緒にいることはないかな。


 浅越のその言い方は、あんまり会に参加しない人を言っておけば、自分が参加しなくても責任を他人に擦り付けることができるパターンか、本当に綾を狙っているパターンか。どちらにしても、女子たちは浅越狙いだから、綾に来てほしいのだろう。



「浅越くんも行くんだ」


「そう!他に、佐藤くんも、藤原くんも、松本くんとかも行くよ?」


「すごい多いね、全部で何人くらい行くのかな?」



 あ、綾の顔が笑顔で固まってる。既に逃げられないと察したらしい。見えてないけれど、声の調子で分かってしまった。



「今回はねぇ、多くって10人くらい!」



 クラスの三分の一じゃないか。そんな陽キャの集まりには俺は絶対行きたくない。頼まれても行かないだろう。万が一にも声がかからないように、顔を下に向けて寝たふりを決め込む。



「ど、どうしようかなぁ、ちょっと待ってねぇ」



 ああ、綾の標準語が気持ち悪い。


 俺が机に伏していると、俺のすぐ後ろで話していた綾が、みんなに見つからないように後ろ手にチョイチョイとつついてきた。俺はおもむろに顔を起こして後ろを振り向く。ちょうど綾の背中が見える状態だった。こいつはノールックで俺を突いて助けを求めたのだろう。


 普段ならもっと早い段階で「誘われない」よう手を打っていたのかもしれない。昨日は一緒に夜更かししたので、頭が回らなかったに違いない。俺にも責任の一端がなくはない。


 しょうがないので助けるか。なんとか行かなくていいように助けてあげたいけれど、この状況から そうできる方法は1つしか思いつかない。それはしたくないので、他の方法で助けることにした。



「ごめん、ちょっと聞こえたんだけど、その日、俺も空いてるから参加してもいい?」


「「……」」



 綾を誘っていた女子は1人ではなく、2人だった。

 俺が声をかけると一瞬の間が開いた。やっぱり無理があっただろうか……



「OK!OK!OK! ぜひ来て!何なら迎えに行こうか!?」

「なになになに!? 羽島はしまくんも参加してくれるの!? 超レア!」



 大丈夫らしい。よかった。そういえば、俺、背が高くて、成績が良くて、優しいイケメンだった。まあ、付き合いは良くないけど。



「羽嶋もいくの? どういう風の吹き回し?」



 女子たちの会話を聞いてか浅越が話しかけてきた。



「ま、ね。気まぐれだよ」


「ふーん、なにで気まぐれたのか気になるな」



 「気まぐれた」とか、そんな言葉はあるのか。涼しい微笑みと共に話す浅越。うーん、こいつも十分イケメンだ。なにより嫌味がない。クラスで女子に人気なのも納得できる。

 それよりも、教室内がキャーキャーうるさい。何かあったのだろうか。


 椅子から立ち上がってすらいない俺の上靴の側面を綾がコツンと蹴った。俺が綾の方に視線を送ると、不貞腐ふてくされ顔をしていた。姫は俺の対処がご不満だったご様子。そうは言っても、行かなくて良くなる方法なんて そんなすぐに思いつけない。一緒に行って助けてやるくらいしか方法がなかったのだから。


 助けてやろうというのに この顔なのだから、帰ったらクレームの一つも入れてやろう。



 ***



 その日の放課後。

 俺はいつもの様に一人で帰った。綾と登下校一緒になることはない。たとえ、一緒になってもお互い話しかけないようにして登下校するルールだ。別に明確に決めているわけではないけれど、中学くらいからそうしてきたので、暗黙のルール程度には決まっている。


 自分の部屋に行くと、既に綾がいた。

 しかも、腕組みして仁王立ちで部屋の中央に待っていた。俺も寄り道せず帰ってきたのに、こいつが先にいるってどういうことだよ。



「なんで行かなくていいようにしてくれなかったん!? 悠斗なら頭いいからできたでしょ!?」



 やっぱり、おむづかりのご様子。

 教室では文句が言えなかったので、家まで持ち帰ったのだろう。



「確かに。俺がお前と既にデートの約束をしている、とかいえば何とかなったかもしれない」


「じゃー、それでいいやん! そんなに私のこと嫌いなん!?」


「いや、全然嫌いじゃないけど、お前と付き合ってるとか噂になったら、もう俺には彼女はできない」


「なんでー!?」


「クラスにお前以上に可愛い子はいない。そんなヤツにわざわざ挑戦してくるヤツとかいないだろ。俺も持てるからお前と付き合ってるとかなったら話題性がでかすぎる。当日は現場まで行って助けてやるから、そう怒んなって」


「ホントよ? 当日助けてよ? 私このままじゃお嫁にいけない身体にされるけん」



 お前はどこに行くつもりなのか。そして、クラスメイトをなんだと思っているんだ。可愛いと言われて照れているのか、週末の集まりが怖くて おろおろしているのか、変な動きをしている綾。教室でもこれくらい おろおろしていたら分かり易いのに。



「それにしても、あれよね。私たちの関係ってあれやない?」



 あれとは?



「セフレのセックス抜き!」



 頭の中で俺は盛大にずっこけた。色々ツッコミどころがある。どこからツッコんでいいのか。そもそもセフレのセックス抜きとはなんだ。「セフレ」から「セ(セックス)」を抜くと「フレ」になる。「フレ」はフレンドだろう。綾が俺の事を友達程度だと思っているなら嫌だな。俺は 綾のことは友達ではなく、もはや兄妹くらいには思っている。


 あとセフレからセックスは抜けるのか!?

 ココイチからカレーを抜けるのか!? ロープウェイからロープを抜けるのか!? 水泳選手が泳げないようなものじゃないのか!? もはや存在意義が失われている。


 綾とは考えとか近いところがあると思っていたけれど、どうも俺たちの関係においては認識が違うらしい。



「あれ?悠斗、怒った? セフレって言ったから?」



 顔を覗き込んでくる綾。



「別に」


「嘘! 怒っとるよね!? 絶対怒っとー!」



 顔をそむけた俺の顔を再度覗き込んでくる。不安そうな顔をしているし、自分が失言したことに気付いたみたいだ。



「どれ見た?」


「ん?」


「お前からセフレとか言う単語が出てくるわけがない。マンガか、ラノベか、その辺りになんかあったんだろ?」


「おお! さすが悠斗! ちょっと待って。……これです!」



 綾が出したのは、ティーンズラブのマンガ。ちなみに、スマホで読めるヤツ。ティーンズラブとは、少女漫画とレディースコミックの流れを合わせ持つジャンルのマンガ。要するに、少女マンガの様に恋をしながら、過激なエロシーンもあるというジャンル。流石に俺もティーンズラブまでは普段から読まない。


 その中で、綾が見せてきたのは、セックスフレンドが気軽にヤリまくるけれど、それぞれに彼氏、彼女はいて、お互いを束縛しないという、マンガならではの理想のような内容だった。



「あのなぁ……セフレって言うのは……」



 頭痛がするので、蟀谷こめかみの辺りを押さえながら綾に本当のセフレについて説明する。



「うそっ! うそっ! ごめん! そんなつもりやなかった!」



 まあ、そんな事だろうと思ったけど。俺の説明で正しく理解したらしい。



「お前、俺のセフレだったら今頃ボロボロにされて捨てられてるからな」


「うそー。悠斗はそんなことしないよぉ」


「セフレだと愛情とかないから。身体だけの関係だし」


「えー、私、セフレ嫌だなぁ」



 お前が言ったんだろ。



「俺は、お前のこと、家族くらいには思ってるから、友だちとかセフレとか言われたら傷つくわ」


「ごめん! 勉強不足やった。改める。許して! 弟よ」



まあ、人間失敗もあるさ。綾の頭をなでてやる。あれ?



「ちょっと待て。お前、俺の姉気取りなの?」


「だって、私の方が1か月誕生日早いやん!」



 確かにその通りだ。数字で言われたら ぐうの音も出ない。

 高校受験の時は、勉強を教えたし、中間、期末の時はテスト勉強にも協力してやってる。今回もそうだけど、色々困りごとを解決してやってるのに、俺の方が弟だったとは……



「あれ? 今度は落ち込んどー? お姉ちゃんに言ってみ。解決しちゃーよ?」



 納得いかない。



「ねえ、ねえ、私のこと家族と思ってくれとーっちゃろ?」



 綾が少し顔を赤くして俺を揶揄う。納得いかないまま、俺はその日はふて寝した。

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