第2話:理想の彼女と行きたいところ
「プールに行きたい!」
「行ってらっしゃい」
ふいに言ったら、綾が返した。
場所はもちろん、俺の部屋。綾の家のマンションの隣。例によって綾の両親は仕事の帰りが遅いのでうちに入り浸っている。小学校くらいからの習慣となっていた。
小学校高学年になったころから、一緒にいると揶揄われるようになったので、学校では特に会話をせず、家に帰ったら普通に一緒にいるようになった。二人とも中学、高校と帰宅部なので、放課後俺の部屋で過ごすことが多かった。
昨日は、結局 綾がゆっくり夜9時まで居座った。たっぷりくつろぎまくって帰って行った。
そして、今日は、また普通に遊びに来た。「遊びに来た」というよりは「帰って」きた感じ。そして、この状況に俺も全く疑問を抱いていない。もはや、俺たちにとって、そのくらいには「普通」になっていた。
ちなみに、今日は綾が俺のベッドに寝転がってラノベを読み始めた。つい先日シリーズの最終巻が発売になり、俺が買って読み終わったやつ。綾は最終巻まで終わったやつが好きで、ここまで読むのを我慢していたらしい。
ちなみに、制服の短いスカートのまま俺のベッドに寝転んでいたので、チラチラパンツが見えていた。ご機嫌なのか、足を右へ左へと動かすので余計にだ。俺は、黙ってタオルケットを腰のあたりにかけておいた。
「違う違う、プールに行って彼女の水着姿を見たい!」
「うわ! エロい! 最悪」
「そんな風に言うなよ。合法的に肌色を見れるんだから」
「アニメの5話目か6話目とか見てたらいいんやない?」
アニメは通常1クール11回。大体5話目とか6話目に「サービス回」として水着が出る「水着回」がある。
円盤が出る時に未放送分で追加されることもあるけれど、綾の口から普通にそういうのが出てくるあたり、綾も俺程度には そこそこにオタクで二人で一緒にアニメを見ることもあるくらいだ。
「リアルが見たい!」
「女子は、悠斗に水着姿を見せるために大変な苦労を強いられるんよ?」
「どうゆう事?」
「まずは、体型よ! 肉があまってたら みっともないから、それなりに夏になるちょっと前からダイエットしたりして、見れる身体を作り始めると」
「ほほう」
「その上、肌がプルプルになる様に肌の手入れをして」
「ほうほう」
「さらに、水着を着たら あちこちから毛がはみ出るから色々処理するとよ?」
「元も子もないな。女の子はいつでも水着を着られて、キラキラしていて、エロいもんじゃ……」
「悠斗は女の子に幻想を抱きすぎ! 女の子の肌がプルプルしているのには ちゃんと秘密があとよー!」
聞きたくなかった話だ。
「ちなみに、綾は水着買った?」
「んーん、去年買ったやつしかない。 ちなみに、今着たら毛がはみ出しまくる」
「要らない情報を!」
「見る?」
「見せんでいい! 俺は理想の彼女に見せてもらうからいいんだ」
実際どうなるのか、はみ出た毛を見てみたい気もするけれど、理想の彼女を想像するときにその光景を思い出したら嫌なので、辞退しておこう。
「ちなみに、B子とはどんなとこに行きたいとー?」
B子とは、架空の俺の理想の彼女の名前だ。
綾の架空の彼氏が「A吉くん」なので、俺の架空の彼女は「B子ちゃん」という訳。
「確かに! 実際、付き合い始めたらどんなところに行きたいかメモしておいてもいいな」
「じゃあ、何かに『彼女/彼氏と行きたいとこリスト』を書いてみてん?」
どうせ書くなら、無くならない紙がいいから、生徒手帳のメモ帳部分に書くことにした。広告の裏とかを使ったとして、せっかくメモしてもいざ必要な時に無くしてしまったら意味がない。
ちなみに、スマホのメモ機能を使うという発想は全くなかった。
「海」
「えー、ベタベタするし、水着めんどくさい」
「お前とは行かん! 茶々入れんなよ」
海に行ったら、彼女と浜辺で遊んだり、海の家で焼きそばを食べたりするのだ。定番のポロリイベントは、他のヤツに見られたらいやなので、なくていい。
そして、夕日の浜辺をバックにキスをするんだ。2つの影が1つになる……とてもいい! すごくいい!
「悠斗が、またなんか乙女チックな事を考えていることを気がする!」
無駄に鋭いんだ、こいつ。見透かされているのは恥ずかしいから、華麗にスルーする。
次の場所は、デートの定番と言える。
「映画」
「彼女と? 趣味合わんくない? アニメとか言ったら引かれるよ?」
そうかも。ジャンルは要検討だな。でも、映画を見終わった後、喫茶店とかファミレスで感想を言い合いたい。それだと、俺も興味があるジャンルじゃないとダメだな。
「映画やったら、プライムで動画で良くない?途中で止めてトイレいけるよ?」
確かに、綾の言う通り。2時間の間に、飲み物を飲むのに、トイレには行けないって軽く拷問だ。他人の席の前を「すいませんすいません」とか言いながら通って、その人が楽しんでいる映画を一瞬遮る。行った以上帰ってくるから、最低2度は邪魔することになる。映画中に再度トイレに行きたくなっても絶対我慢するよなぁ。
「キャラメル味のポップコーンは、最近お菓子ででとーよ?映画館に行かんでも。買ってきちゃーか?」
何故買ってくる!? 俺と動画を見たいのかよ。
「夏休みならアベンジャーズがプライムに追加されるんやない?」
うーん、好みと考える事が俺とバッチリマッチで腹立たしい。
「ヴァイオレット・エヴァーガーデンも新しいのがそろそら出らんかな?」
いちいち好みがマッチしてて頭くる。ニコニコして本当に楽しみにしてそうなのが余計に頭くる。俺の彼女には俺とのシンクロ率がこいつを上回ってほしい。
「あと、水族館。マリンワールド行きたい!」
マリンワールドは福岡で最も大きい水族館。能古島という島に続く道みたいなところにあって、前後にも海。すごく雰囲気がいい水族館だ。
「あー、水族館行くと、そのあとお寿司食べたくなるよねぇ」
「魚をそういう風に見るな!」
「魚もそうやけど、カニとかもはや食べ物としか見てないし」
……その辺りは俺も否定できない。
俺たちの場合、マリンワールドより、呼子満坊の方が合っているかも。呼子満坊は、佐賀の海中レストランで、海の中で魚が泳いでいるのを見ながら食事ができる場所。
「でもなんで水族館? あんま行ったことなくない?」
「うん、ペンギンとかイルカとか見たい」
「乙女か! 悠斗が乙女だったら彼女はやりにくい!」
水族館に行く理由とか、ペンギンとかイルカとか見ることしか思いつかないだろ。
「動物園も」
「夏は嫌だなぁ。なんか臭そう。獣臭いイメージ」
それはそうかも。
さっきから綾の意見はいちいち現実的なんだよ。そして、俺の意見はいちいち乙女なんだよ。理想の彼女とのデートに幻想を抱いてもいいじゃないか!
「ちなみに、なに見たいの?」
「レッサーパンダ」
「乙女か!」
本当はパンダが見たいけど、福岡の動物園にはパンダいないからな。
綾の飲み物がなくなって、綾は普通に自分でキッチンの冷蔵庫からお茶を注いで戻ってきた。もう自分ちとの違いはあいまいだった。でも、俺のお茶も注いできてくれていた。
「サンキュ」
「ん」
お礼も返事も簡素。それでも一応言う。
「悠斗が彼女つくってデート行くとしたら、帰ってくるときはLINEしてよ?」
「なんで?」
「だって、彼女と帰ってきたときに私がおったら、即 修羅場やん?」
なぜ、俺がデートに行ってるときも綾が俺の部屋でくつろいでる想定なんだよ。
「そして、私は自分の部屋から壁にコップを当てて怪しい声が聞こえないか聞き耳を立てる」
「やめろ!」
「彼女が帰る時には、偶然 玄関で顔を合わせる!」
「やめろ!やめろ!」
「そして、ついさっきまで良い声で鳴いていたのはこの女か、と心の中で思う!」
「おっさんか!」
さっきから何かにつけ俺が(想像の)彼女を作るのを邪魔してくるんだよな。ヤキモチか……と思わないではなかったけれど、綾に限ってそれはない。
「もう少しだけ、もう少しだけ、私のために彼女を
しおらしく、可愛いらしく、少し潤んだ瞳で綾は俺に伝えた。もしかして、本当に俺の事を……そう思った矢先、彼女の手元に目をやると、綾はラノベのシリーズのまだ読み終わっていない3巻から7巻を自分の方に手繰り寄せていた。ちなみに、2巻は手に持っているし、1巻は読み終わっているようだ。
「お前、このシリーズを読み終わるまで俺に彼女がいたら邪魔とか思ってるだろ!」
「バレた!」
やっぱりこいつとどうかなるとか、あり得ない話だった。
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