あの空のように青い君 改稿ver.

星宮コウキ

あの空のように青い君

「私、あなたのことが好きなの」

 文化祭。夕日を背に、今は二人きり。

 私は何度も心の中で唱えた言葉を口にする。こんな機会でなければ、こんなことは言えない。

あお……」

「だから、だからねっ」

 心苦しい時間はもう終わる。あと一息、一言で……!

「私と、付き合ってください!」

 この言葉は、きっと無駄じゃない。



 ***



「はーい、カット!」

 私の親友、監督こと月宮果奈の声が、学校の屋上に響く。それにより今までの気まずい雰囲気から解放された。

「「はぁぁぁ〜」」

「主演のお二人さん、お疲れ様!」

 私、松本青は今、果奈に頼まれて、文化祭用の映画を撮っている。

 服装は文化祭のクラスTシャツにフード付きパーカーとラフなもので、セミロングの茶色味のある髪はハーフアップにして、いろいろ手入れをされてとてもサラサラになっている。

 映画は学校の文化祭を舞台にした、恋愛もの。

 しかも、最優秀賞を獲るために、本格的なセットと機材を使っているのだ。

 ――安心して! もう一人の主演は頼もしい演劇部の人だから!

 演技をしたことがなくて不安がっている私を、果奈はそうやって元気づけてくれた。

 が、一番の問題が引き受けた後に発覚した。演技の相方である。

「なぁ、青。今のシーン、デジャブなんだけど」

「やめろ、そのことは言うな! あんたの『青……』の方がそのままだったじゃない!」

「やめろ、そのことは言うな!」

 誰にも気づかれないようにもう一人の演者、日高空と言い合う。

 こちらも服装はクラスTシャツだけだが、校則に引っかかるくらい整髪剤をつけて、かっこよくセットされている。

 さて、この空が相方なのが何が問題かというと。

「いや〜二人に頼んでよかった! 付き合ってたことのある人たちだと臨場感が出るよね!」

「「知っててやってるのかよ! 性格悪いな!」」


 私と空は、別れたばかりの元恋人なのである。





 私たちが別れた理由は、ほんの些細なことだった。空とクラスメイトの女子が二人で楽しそうに歩いているのを、目撃してしまったのだ。

 彼氏が他の女子と楽しそうに話していたって、浮気だとは疑わない。仲がいいだけと、そう思っているはずだった。

 しかし、どうしても胸の奥がチクチクした。最初は我慢していたが、どんどん不安だけが積み重なって、いつしか苦しくなった。


 ———別れようよ。お互いに辛いだけでしょう?


 もちろん、そこで別れないという選択肢もあったはずだ。でも、辛かった。嫉妬するのが。彼を嫌いになってしまうのが。

 皆が撮った映像を確認しているとき、しばらく空と私だけの空間になる。

 私たちはどちらからともなく、フェンスに寄りかかって座った。

 そして、私の悩みなんて知らなかったであろう間抜けな顔を見つめる。

「おい、なんだよ。人の顔をジロジロ見て。なんかついてるか?」

「ううん、何でもない」

 私は彼のことが嫌いになったわけではない。

「何もついていないならそんなに見るなよ」

「いいじゃん。私の勝手でしょ」

 今でも思い悩む時がある。悩み、苦しむ時がある。それならいっそ、嫌いになってしまおう。そうすれば私の気持ちもスッキリするだろうか。

「ねぇ、空」

「なんだよ、青」

「なんでもない」

「そうかい」

 否、無理だ。私は、いつもの変わらないやり取りが嬉しいのだ。それはまだ私の中に彼がいるということなのだから。別れたことを後悔しているのだから。

 私は空の方を見ないまま、けれど彼だけを意識しながら遠くを見つめている。

「ねぇ、空」

「なんだよ、青」

 せっかくこんな機会なのだ。いっそ今私の苦しみをぶつけてしまおう。

「私ね、嫉妬してたんだ」

「どうした、急に」

 聞くなら今だ。いまさら喧嘩する理由もない。ただの、事実確認。

「あのときね、他の女子と歩いてたの、見ちゃったの」

「あー……」

 微妙で気まずそうな反応が返ってくる。

 その反応を見て、少し胸が痛み、後悔する。

 けれど、もう別れたのだから。気にする事なんてないのだ、彼が今誰のことを好きかなんて。

 これで後腐れもなくなる。悔いを残さずに次に進めるというものだ。

「実は、そのことなんだけど……」

 彼が口を開くのに、あまり時間はかからなかった。



 ***



 青と空くんが別れてしまったのは、私、月宮果奈のせいだ。

 二人がこっそり話しているのを遠めに見ながら、思い耽る。


 空くんは、ある日私に相談を持ちかけてきた。

「頼む、月宮! 青の親友なんだろ?」

 用件は、青の喜ぶプレゼントを買いたいということだった。

 私が提案したのは、クラスで空くんと仲の良い女子に一緒に選んでもらうことだった。

 青と親友の私では、すぐに青にバレてしまう。それにこの二人は学年全体で公認の初々しいカップルだったから、協力的な人が多い。そう判断したのだ。

 しかし、青は空くんがその女子と歩いているところを目撃してしまった。しかもあろうことか空くんに他に好きな人ができた、と思ったようで、別れてしまったのだ。

 これはどう考えても私の過失だ。

 私が取り持たなければ。今までに見たどのカップルよりも幸せそうだったから、余計に罪悪感を覚えた。

 青だって、何も悪くないのに。自分で背負わなくていいのに。

「そういえば、青という色には『自分をおざなりにする』という意味があったな。人のために自分を犠牲にする、か……」

 名前通りというか、自己犠牲が激しいというか。素直なことはいいことだが、今回ばかりはそれが裏目になってしまった。

 二人の誤解を解くために色々と考えていると、映画を思いついた。最初は題名だけだったが、これなら復縁させられると思った。

 空くんは演劇部だし、誘う口実は作れる。さらにあの二人を題材にしてラブストーリーにすれば、お互いに意識して話し合えるのではないだろうか。


 もういちど二人に目を向ける。

 何を話していたのか、二人とも、笑っているように見えた。

 そしてこころなしか、距離が縮まったようにも見える。

 どうやら、私の企みは上手く行ったようだ。

「誤解は解けたのかな、よかったよかった!」

 そう思い、私は台本の最後に告白に答えるシーンを追加する。

「こうして二人は、また付き合うことができたのでした、と……」

 監督の仕事はここまで。誤解が解いて、告白までの道筋は立てた。

 あとは、二人が紡ぐ物語だ。


 映画の題名は「あの空のように青い君」。

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あの空のように青い君 改稿ver. 星宮コウキ @Asemu

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