おててとぴょんこ

おおぬまひろし

第1話


…賃貸アパート築15年、2K(リフォーム済み)駅から徒歩20分、近所にコンビニ有り。

いわく付きでも事故物件でもないのに『出る』らしい…なので格安。


これが今日から私の住む部屋だ。


正直オバケは怖い、だけど ほぼ自費で専門学校に通いながらバイトに追われる私には格好の物件だった。

「まぁ、どうせバイトで疲れて帰って ただ寝るだけの部屋になるだろうし」とか強がってはいるものの

そこは嫁入り前の女子である。

近所の神社でお守りだけはしっかりと頂いてきた。


玄関横の表札に『三浦』と自分の名前が書かれているのを見て、

「いよいよ独り暮らしかあ」と実感しつつ

電気、ガス、水道がちゃんと来ているか確認し 

最低限の荷解きを済ませて夕方からのバイトに備えて少しカラダを伸ばそうと床に寝転がる…


「うわー…静か」


それもそのはず、近隣が住宅地という事に加えて このアパートの入居者は現在 私だけらしいのだ。


「ちょっと、早まったかなー…」


悔恨の念を独りごちたところでもう 手遅れである。

天井は…綺麗だ、人の顔に見えるシミなども無いし壁紙も真っ白

変なウワサさえ知っていなければ 『安くてキレイなお部屋でラッキー!』なのだが。


軽い疲れで少し ウトウトし始めた時 キッチンから ガタン!と物音がして我にかえった

見に行くと洗剤のボトルが床に転がっている。


「あぁ、適当に置いてたからバランス崩れたかな?」


幸い中身がこぼれることも無かったので 今度はキチンと棚に置いて確認する。

このままだと また寝入ってしまうかも知れないので少し早いけど

着替えてバイトに行く事にした。




バイトは最寄り駅から程近いファミレスのウェイトレスをしている

勤務時間は大体夕方18時前後から22時くらい、今日は週末なのでそこそこ忙しい。


いや 忙しいのはむしろ構わない、余計なことを考えないで済む

実は私はこのバイトがあまり好きではない。

と いうのも夜の窓際席、窓ガラスに自分がハッキリ映って見えるからだ


妙にフォークロア調でピラピラした短めのスカートにエプロン、白いブラウスにこれまたピラピラしたリボン

そして その上に鎮座まします 短めの黒髪天パにメガネの地味顔…


つい他のバイトの子のキラキラ具合と比べて『なんか、違う…』

と、毎日毎日 自分に向かって心の中で指摘しては ヘコむ

だが夜間帯の割り増し時給のために辞めるわけにはいかない。




バイトも終わりアパートの前まで帰ってきた。

当たり前だが どの部屋の明かりも点いてはいない

夜の10時過ぎとはいえ周りの家からも 物音ひとつ聴こえない気にしすぎだろうか?


「気のせい 気のせい」私は大きく息を吸って覚悟を決めて部屋へ入った。


未開封のダンボールが重ねてある まだ寒々しい雰囲気の部屋、とりあえずシャワーを浴びて

軽い食事をしたら寝てしまおう

明日からは昼は専門学校、夜はバイトの苦学生生活が始まるのだ。


さっぱりしたところで髪を乾かし コンビニ弁当をお茶で流し込み ベッドに入る。

ふとスマホを見ると母親から『心細くない?』『大丈夫?やっていけそう?』とメッセージが入っていた


「大丈夫じゃないっす。心細いっす」 とは流石に言えないので、真逆のセリフを返しておく。

「…寝よ」と口に出したその時


パキッ…パキッ… と木が軋んで割れるような音が部屋の中から聞こえた

「…まあ、寒い時期にはよくある事よね」と自分に言い聞かせる。が、今は春だ。


とりあえず枕の下に入れておいた神社のお守りを握り締めながら目を瞑っている間に その日は眠りに落ちた。




翌日、朝から専門学校へ行かなければいけないワケだが

こればかりは独り暮らしを始められた事に感謝である、郊外の実家から通うより断然 移動が楽になった。


教室の隅で引越しの作業中 まったく出来なかった課題のリストを眺めて

口内炎を奥歯で噛んてしまった菩薩のような心境になっていた時、友人の1人が話しかけてきた。


「ちょっと、ぴょんこ!どうしたの その背中?」


『ぴょんこ』は私のあだ名である。

クセっ毛がぴょんぴょんしてる陽子…だから『ぴょんこ』という事らしい、大変 不本意である。


「んあ?何が!?」


「何が…って、背中!何か汚れてるよ。」


鏡で見ると なるほど黒っぽい煤のようなものが付いている。

それも縦に4本…


「何だろコレ…?今朝は気付かなかったけど…」


手で叩いたら汚れは目立たない程度には落ちたけど、やはり気味が悪い

友人にはお礼を言って適当に誤魔化しておいて学校が終わったらバイト前に

また神社にお参りしておこうと決めた。




夜、アパートへ帰宅。


今日は週明けと言う事もありバイトもそれほど忙しくはなかったので

少しだけ早く帰れた。


新居2日目でまだキッチン周りの荷物も整理しきれてないので 今夜もコンビニのお弁当。

「…早く生活用品を荷解きしないとバイト代に響くなあ…」 などと考えながらスマホでぼんやりと動画を眺めていたら


バキン!バチッ!


「うわっ!」…思わず声が出た。



昨夜より音が…大きい。

二の腕からうなじまで鳥肌が立つ。


「気のせい気のせい気のせい気のせい気のせい…」


怖くなって電気も消さずに布団に潜り込んで辺りの気配を探る

―が、音はするけど室内に気配のようなものは感じられない。


結局、深夜まで音は止まず気付いた時には意識が飛んでいた……。





そして3日目のバイト帰り、私は覚悟を決めた。

コンビニでお酒を買い、アパートに帰る前に呑むことにした

私はアルコール自体に拒否反応はない、普通に美味しく頂ける。

ただ… とても弱いのだ。

―思い出したくない過去の失敗は、今は忘れよう…


というわけで 『気のせいだろうが オバケだろうが 酔って寝てれば気にならないぞ作戦』決行である。

お財布には少々痛いが 4~5日続けていれば 仮にオバケだったとしても

あきれてどこかに行ってしまうだろう、きっと

シャワーなど 朝、入れば良いのだ

それにこの物件は如何なる瑕疵もないというし、最後は神社のお守りが盾になってくれる…ハズだ …多分。





深夜11時、私は自分のアパートの前の歩道に真っ赤っかな顔で仁王立ちしていた。

手にはカラになった缶チューハイ500ml、口の端からは燻製イカの足がはみ出ている…

およそ年頃の女子の佇まいではない。親が見たら即座に当身を入れて家に連れ帰るレベルかも知れない


部屋の前まで来た、カギを開ける…


「よし、行きます!」


誰に言うともなく呟いてから 努めてテンション高い風を装って室内に入った。


「たっだいまぁ~♪」


当然、返事などあるはずもない

万が一に備えてチェーンは掛けずに回転式のドアロックだけをかける。


キッチンの電気を点け、通り抜ける際に風呂場のガラスに異変がないかをチェック。

当座の荷物置き場になっている4畳半を抜けて奥の部屋…へ!?




「手だ…」




思わず口を開いた、銜えていたイカゲソが床に落ちる。


まだ電気を点けていないうす暗がりの寝室 兼 居間の中央、4畳半の明かりで作られた私の影の中に

人間の手首から先だけが2つ 宙に浮いていた。



動けない、アルコールで酩酊した脳内が「!」と「?」でいっぱいになる。

怖い…



不意にその手がピクっと動き、ゆっくりと此方に向けて空中を進んでくる


「ン…んッ!」


上手く声が出せない。


手は私の怯えに気付いてるのかいないのか、確実に私の顔のほうにやってくる

輪郭もハッキリ見える。…女性の手だ。

白くて長い 華奢な指…爪の先が少し 欠けている…


ソレを見た瞬間、私の中で『何かのスイッチ』が入った…




「ちょーっと待てい!そこ動くな!!」




思わず そんなセリフが飛び出てきた。


そう、私は美容専門学校でネイリスト志望なのだ!

例え幽霊であろうと こんな傷んだ爪を間近に見せられて黙っているわけにはいかない。

酒のパワーで使命感がブーストされた私は その『手』に近づいて握り締めた


「あんたねー!折角 こんなキレイな手をしてるのに何オバケになんか なってるのよ!」


手のオバケは まさかの反応に驚いたのか 変なカタチで固まっている。


「いい?動かないで! それと絶対に逃げたり消えたりしないで!」


私は部屋の電気を点けて オバケが消えてない事を確認すると重たい通学用のカバンから

ネイルケアセットを取り出す。

なにやら空中であわあわと動いている『手』に向かって


「はいテーブルにまっすぐその手を並べて じっとする!」



半ば強引に指をまっすぐ揃えさせ、甘皮とささくれを処理し ガラスのやすりで表面を磨く。

続いてバッファーという道具で表面を整え、少し欠けてしまっている部分はグルーとレジンで修復。


「ここから本番だからね!私が良いって言うまで そのまま!」


『手』はびっくりするくらい真っ直ぐに固まっている。

きっとオバケも混乱するのだろう…

―と、いうか私も混乱を来しているのかも知れないが…


「色が白いから淡いブルー系でいってみようかな…ちょっとラメラメさせて…

あ、高い素材は無いから あまり派手なのは期待しないで」





アルコールというモノは恐ろしい。

気付けば私は幽霊の手をキラッキラにした 恐らく世界初の人間になっていた。


「よーし、とりあえず こんな感じかな?」


『手』は超合金ロボもかくや、という堅さで目の前に浮いている


「ちょっと…喋れないのかも知れないけど何か反応して見せてよ」



すると『手』はちょっとだけ悩んだようにわちゃわちゃ動いた後

両手で ハ ー ト の カ タ チ を 作 っ た 。



「ま だ 乾 い て な ――― い !!」



テーブルに突っ伏す私…

その前には塗りたてマニキュアを持て余し右往左往する

出ドコロ不明の手だけのオバケ…




こうして私の始めての独り暮らしが始まった。
















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おててとぴょんこ おおぬまひろし @hiroshi_o

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