第37話 それぞれの夏休み





 「‥‥‥‥ですので、長期休みではきっちり‥‥」



 午前10時を示す、体育館の時計。

 こんな早くから腰を痛めて、指導部の先生のありきたりな話を、額に汗を滲ませて黙って聞いているのには理由がある。



 「私からは以上です‥‥」



 列を成して体育座りのまま、我々学生一同はタイミングを合わせて頭を下げる。

 あぁ‥‥この時を待っていた‥‥!



 

……………………




 「うぅ~わっ‥‥まぁ~じで腰折れるわ‥‥!」


 『いやホントにキツかった‥‥』



 へし曲がってしまった腰を痛めながら、ひびきと廊下を歩いて体育館を後にした。

 蝉の声が耳障りな7月のまつ、俺たち学生は浮わつきを収めつつ、遊びの計画や部活動の話に心を踊らせる。

 そう‥‥なぜなら‥‥!



 「くぁ~ッ! 今年ももう夏休みだー!」

 

 『あぁ! やっと来たァっ!!』



 我々高校生は、夏休みに突入するッ‥‥!

 それだけを心の拠り所にし、俺たちはあの蒸し暑い体育館の中で何分も何分も、腰を丸めて耐え抜いたのだ‥‥。

 そうして午前授業の終業式を終えた者たちは皆、各々の夏休みへと心構えをする。



 「がぁーッ!! 入りきらんッ‥‥!!」


 『俺もーッ!! 鬱陶しいィィー!!』



 俺たち二人は個人ロッカーの前で、山積みの教科書やワークをリュックに詰め込む作業に追われている。

 毎回、学期の末にはリュックの上の部分がもっこりする羽目になるんだよなぁ。



 「よし! ヨシヨシ笑 入ったわ!!」

 

 『いやいやいや笑 半分くらいファスナー

 閉まってないけどw』


 「キタキタキタァ!! いけるw」

 

 『ゴリ押しで背負うなよ笑』



 響ははち切れんばかりにパンパンに教科書やワークの詰まったリュックを背負い、すたすたと歩き始めた。

 そう言う俺の肩にも、しっかり食い込んでいるけれど。



 『ねぇ響! 今年の夏はどうするよ!』

 

 「俺もお前もバイトで実質帰宅部だからな

 運動部みたいにクソ忙しくはならんだろう

 から‥‥」


 『そ、そうだな‥‥そう言えば』


 「とりあえず、クラスの奴ら誘ってプール

 でも行こーぜ!」


 『賛成! カラオケとかも行くか』


 「おうおう、それから祭りもなぁ」


 『いくらでもやってるからなぁ~どっかで

 行くか』


 「そうしよそうしよ、今日は帰って寝る」


 『俺もそーするわ』


 

 夏休みあるあるだよね。お祭りは良いけど、多すぎて逆に悩むやつ。

 でも絶対行きてえよなぁ~! また夏が来たって感じがして。



 『つーか響、お前何のバイトしてんだっけ』


 「あぁ‥‥ええと、飲食店でいろいろ」

 

 『まじ? 教えて教えて! 今度行くわ』


 「ヤダヤダ、ぜってー来んな! 見られ

 とうないわ」


 『んなこと言うなよー、さぁさぁどこだ?』


 「はいうるさーい! たとえお前が来たと

 しても通さねぇよ」


 『はぁ~? いいじゃんか別に、お客様は

 神様って言うし』


 「疫病やくびょう神もいいところだろ、一発で出禁に

 してやるわ笑」


 『はぁ? 行ってもねぇのにw』


 「はいはい、お前も大変なんだから。人の

 心配してる場合か?」


 『ま、まぁそうだけど‥‥いつか行ってやる

 からな笑』


 「はーい、公務執行妨害でーす笑」


 『漢字使えばいいってもんじゃない笑』



 二人共、夏休み前でテンションが上がっているのだろう。いつもより会話のテンポも早く感じられ、いつもはうるさい蝉の音も今は軽快なBGMのように良いアクセントとなって耳に届く。

 長期休みの前って午前授業で終わる事が多いから、そこもかなりデカいんだなこれが。

 と、思っていたところ‥‥

 

 突然に制服のズボンのポケットに違和感が。

 会話にねじ込まれるようにスマホが震えていた。



 『あ、ごめん俺行くわ』


 「どした?」


 『いや、あの‥‥噂をすれば何とやら』


 「うわマジか、大変~」


 『おー、じゃーなまた!』



 響と別れの挨拶を交わした後、校舎からいち早く撤退して駐輪場に向かう。



 『えぇ‥‥また金条さん来んの‥‥?』



 自転車に股がりつつ、先のスマホの連絡にため息を添える。白石さん曰く、今日も金条さんがやって来ると言う。

 もしかしてあの人、暇人かな。



 『行くかぁ‥‥』



 あの人来ると緊張がね。悪い意味で夏でも涼しくなりそう。

 そう思いつつ、いつもの会議室に向かって自転車のギアを上げていった。




……………………




 「‥‥ですので私、夏休み中はお会いできる

 機会が減ってしまいますの。私の勝手です

 みません‥‥」


 『いえ‥‥そんな事は! 失礼ですけど、金条

 さん、年齢は‥‥?』


 「私は高校二年生ですの、学生の身分では

 時間にも限りがありまして‥‥」


 『うえっ!? じ、じゃあ同いど‥‥むぐ!』


 「は、初めて知りましたぁ~!! 私たちと

 同じくらいなんですねぇ~!!」

 

 

 口を開いた途端、藍浦ちゃんにその口を塞がれる。

 何!? 俺変なこと言った!?



 『‥‥ぷはっ! な、何!?』


 「あはは‥‥ところで金条さんお時間大丈夫

 でしょうか~?」


 「え‥‥? あぁそうですわね、私は‥‥人に

 会いに行きますから」


 

 俺の問いに受け答える事なく、藍浦ちゃんはいつもの人間をナメているような態度が何故か一層され、ぺこぺこと張り付けたような笑みがうかんでいる。金条さん、すげぇなぁ‥‥。



 「それでは皆さま、失礼します。」


 『さ、さようなら‥‥』

 


 きっとまた、あのクソデカリムジンで帰っていくのだろう。何なんだ、これだけの為に。

 彼女は両脇に従者を従えて部屋を後にした。俺たちも深く下げた頭を、ドアの閉じる音と共にサッと上げる。



 『ふぅ~行かれた‥‥って! 何なんだ藍‥‥』


 「よ~し! みんな帰ろぉ~っ!」

 「みなみ元気すぎ笑 もー暑すぎて病むわ」

 「マジあっつ~、ホントに鬱陶しぃ‥‥!!」

 「あ"!! 課題忘れてきた‥‥うぅ」

 


 顧問が帰った部活並みに騒ぎ始める彼女たちの顔は、まさしく夏の日差しに似合うものだった。



 『え!? みんな帰‥‥』


 「当たり前でしょ~笑 ほんと鈍いサポータ

 ーねぇ」


 『なっ‥‥?』


 「それじゃ~、戸締まり宜しくぅ~笑」


 『あっ、ちょっと待っ‥‥!』



 抗議の間もなく、積もるイライラだけを残して、藍浦ちゃん及び全員が帰っていく。

 


 『はぁ‥‥? 何だよもう‥‥』



 本日はため息の大処分セールかもしれない。

そう思いながら、夏の熱い空気を入れ替える為開けていた窓を閉めていく。



 『でもなぁ‥‥そうか‥‥』



 暑さに脳がやられてしまったか、少し考えてしまった。

 先の彼女たちの顔は、傷を負って人々を守る魔法少女ではなく、年頃の少女であった。

 彼女たちにも、それぞれの夏休みがあるのだろう。そう思うと、これくらいは役に立てるならと、不思議と手が動く。



 『あつ‥‥帰ろ‥‥』



 全て戸を閉めきると、額の汗をぬぐい、部屋を後にした。






……………………






 「如何なさいますか」


 「そうだねぇ‥‥まだ調べはついていないん

 だろう?」


 「彼女たちも長期休暇に入りますから、

 確定させるなら今後が良いでしょう」


 「中堅魔法少女たちも向かわせたんだろう」


 「えぇ、ですが彼女等だけでは足りない

 かと‥‥」


 「下級・中堅階級の子達に

 あるようじゃあいけないからねぇ‥‥」


 「黄藤、紫菖蒲、いよいよ二択と言っても

 良いかもしれません‥‥。二つは位置的にも

 近くありますから」


 「6年前から記録し続けてるんだろう?

 そろそろ勝負してもいいかもしれないね」


 「特に紫菖蒲ですが、八月の末に大規模な

 祭りが開かれます‥‥憶測が正しければ、必

 ずやって来るでしょう」


 「そうかい‥‥それは不味いね‥‥。

 早急にに連絡するんだよ」


 「了解致しました‥‥」





 それぞれの夏休みは、彼女たちだけのものではない。




 

 「これで3件目ですね‥‥大変大変♪︎」


 「あ"‥‥がぁ"ぁ"っ‥‥! 魔法‥‥少女ォ!?」


 「大丈夫ですよ、穢れた心も、その身も、

 抱きしめてあげますからね」


 「ああ"っあがぁぁ"ぁ"あ"あっ!!

 やめろッ"!! 止めろォォァァ"ッ"!!!」


 「うふふっ‥‥♪︎」





 

 どこか陰でている者達も、動いている者達も、それは例外でないことを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る