第34話 お嬢様




 「あぁ‥‥お前らがあの魔法少女っつう奴ら

 かァ‥‥!」


 

 やっと一体の穢を撃破したかと思えば、木々の陰から一人の男が現れた。



 「ちょっ! 何アイツ‥‥?」

 「凛‥‥、あれは流石に呑まれてるよね」



 二、三十代くらいの若く見えるその男の視線はハッキリとこちらを向いており、俺たちに対する敵意がその言葉使いと共に伝わってくる。



 「これくらいは‥‥いけますわよね?」



 金条さんは、ふらりとこちら側に移動してきたものの、扇を口元に広げたまま少し微笑み、どこか俺たちを見定めるような表情をしていた。



 「うわぁああっ‥‥!?」

 「ふぅ~ん♡ ちょっとは手応えありそ~」

 「人っぽいのは‥‥久々かも‥‥」


 「俺は仕事があんだよ‥‥お前ら魔法少女に

 構ってるヒマはねぇ‥‥!」


 『‥‥なっ!』


 

 男の体の数ヶ所、頬や腕に脚など、一部分にじゅくじゅくと黒いシミのようなものが浮かび上がってくる。

 あれは‥‥! 穢と同じ色と質感をしている!



 「恐らくあれは〝受穢者じゅあいしゃ〟ですわね‥‥」

 


 そんな状況も気にせぬように、金条さんは軽い口ぶりで喋り出す。



 『じ、受穢者!? 何ですかそれ‥‥!』


 「あらっ、存じ上げませんこと? 我々、

 魔法少女たちはあのような状態を穢れを

 受けていると呼んでいますの」


 『穢れを受ける‥‥? そ、そんな事が‥‥?』


 「えぇ‥‥穢と言っても一つに括りきれませ

 んの、あれは人が穢を受けてしまっている

 のです。」



 は、初めて知ったぞ‥‥そんな事‥‥! 何で教えてくれなかったんたんだよ、あの子らは‥‥。

 この仕事(?)、高い給料貰ってる割には意外とガバガバなのか?



 「ヘッ! ケガしたくなきゃあ忘れるんだ

 な‥‥こうやって!!」


 「小羽っ!」

 「こはねッ!」



 三年先輩らの声と重なるように、受穢者の男は藍浦ちゃんへと大きく拳を振りかぶって接近する。



 「はハァッッ!!!」



 そのまま流れるように、男は躊躇い無しにその拳を藍浦ちゃんへと突き出した。

 ギリギリのところで藍浦ちゃんは男の繰り出した拳を横に避けたため、直接的なケガは無かったものの‥‥



 『藍浦ちゃ‥‥危な‥‥ってオイ、マジか!?』


 「チッ‥‥危なぁ‥‥っ! 調子乗んなぁ!!」



 彼女の背後にあった木の幹に、男の拳は直撃し、音を立ててメキメキとへし曲がっていく。

 そのまま砂ぼこりを立てながら、その木は男の拳に当たった点からバキッとへし折れて倒れてしまっている。

 藍浦ちゃんは嫌気のある表情ですぐさま手持ちのステッキを男に向ける。



 「あんたみたいなザコなんて‥‥こうしてや

 るんだからッ!」


 

 彼女のかざしたステッキの先に、見覚えのある光が集まっていく。



 「リジェクショ‥‥」


 「ヘッ! 知らねえよ!」


 「なっ‥‥!!」



 さっきまで藍浦ちゃんにヘイトを向けていた男は、急に彼女から視線を外し、他の方向へと進んでいく。



 「みなみ!! 危ないッ!!」



 光の収まったステッキを持ったまま、今度は藍浦ちゃんの叫びがこだまする。



 『待てっ! それはヤバいぞ!?』



 藍浦ちゃんの向いた方向には笹山ちゃんが居た。加えて、さっきまで隣で話していたはずの金条さんもその進路上に居る‥‥!

 不味い‥‥! 男の暴行に気を取られている内に金条さんを見ていなかった‥‥!

 このままじゃ‥‥連盟のお偉いさんである金条さんに危険が及ぶ‥‥! しかもあの人は生身の人間だぞ‥‥? この子らみたく魔法少女じゃ‥‥



 『金条さんッ!! 危ないです!! って‥‥

 えェ!?』



 と思うのも束の間、またしても金条さんの姿がそこには見当たらない。

 何処いったんだよ‥‥! というか、何であの人は受穢者を前にして‥‥あいや、待てよ!?



 「みなみッ!」

 「みなみ!!」


 「ヒャハァッ! くたばれやァ!!」


 「‥‥ッ! やばっ!?」



 八重さんと藍浦ちゃんは叫びと共に笹山ちゃんの方へと向かうが、男の止まらぬ拳がもう目前にと迫っている。

 当の笹山ちゃんも、きっと俺と同じく、急に消えた金条さんの姿に気を取られていて反応が遅れているように見えた。



 『やべぇっ‥‥!!』



 俺は、駆け出した。

 それでもこの離れた距離ではどうすることも出来ない‥‥。

 心の中に不穏な影がかかる、そんな時だった。






 「穿ち風‥‥烈風‥‥!」






 『えあっ‥‥!?』



 7月末の今には似合わぬ様な、冷たい風が頬をかすめていった。



 「ぐうっ‥‥! がァァッ!!」



 痛ましい叫びの方へと視線を向けると、男は今まで無かった数多の傷にもだえ、溢れる黒く濁りかけた血を垂らしてダウンしている。



 「クソッ‥‥クソがぁっ‥‥!!」



 あれだけあった威勢が嘘のように落ち着いて、膝を着いたまま下を向いている。



 『何で‥‥!?』



 俺は笹山ちゃんと思ったが、彼女はその場に座り込んでおり、唖然とした様子だった。



 「ふふ‥‥一度定めた狙いから乗り移るなん

 て、不躾ですのよ‥‥?」


 『まっ‥‥マジか‥‥!!』



 俺らは、金条さんの話をあまりにどうでも良さげに聞いていたから、忘れかけていた。

 この人は‥‥この人も、そう‥‥



 「私は〝お嬢様系〟魔法少女、金条 綾音

 ですわ、以後お見知りおきを‥‥」



 今までの高貴な制服のまま、掲げる扇に薄いピンクのリボンが装飾されている。



 「まぁ‥‥これまでの命でしょうが‥‥」


 「やめろッ‥‥止めろォ!!」


 「穿ち風、横一文字!」



 台詞のまま、横一直線に線が見えるほど素速く、そして力強く、彼女は扇を振り払った。

 同時に、舞い散った落ち葉は、自然の形状に反するように、綺麗に直線的に切り落とされて落ちていくのが目に見える。



 「あがぁぁアッッ!!!」



 濁った血液が飛び散り、糸が切れるように男の叫びは、それを最後に止まってしまった。

 これが俗に言う、断末魔なのだろうか。

 直後に男の傷だらけの体は、急激に腐食するように、どろどろと崩れてゆく。

 その色も、穢のように黒く濁っている。



 「大事な後輩に怪我をさせる訳にはいきませ

 んからね」



 ゆっくりと扇を閉じて微笑む金条さん。

 一体何なのか、この人は‥‥。



 『す、すげぇ‥‥‥‥‥‥』



 けれど、ただ一つ。

 彼女の吹かした風は、俺の‥‥いやみんなの心の陰りを晴らしただろう。

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