第32話 悲しさが脳裏に③




 あぁ‥‥また1人、こんな目に遭う人が増えるのでしょうか。

 何故、なぜ私たちはこんなにも傷つく必要があるのでしょう。

 私ももう、意識を保つのが限界です。



 「ハハっ! これはまた酷くやってくれたも

 のだな!!」


 

 こんな生き生きとした声の持ち主も、また私たちと同じ様になるのでしょう。

 そう‥‥思っていましたから、より鮮明に覚えています。



 「おやおや‥‥少し違うみたいだ‥‥」


 「ハハハ! そうだろうな!!」



 私は薄れつつある意識の中で、なんとか目を開きました。

 殆ど見えませんでしたが、活気溢れる声の持ち主と今回の脅威らしき人物が向かい合っていたように見えました。



 「どうだろうか‥‥? 君はどれ程の力があ

 るんだい‥‥!」


 

 言い放った後に、地面が揺れ動きます。

 同時に無数の斬撃らしき細い線が辺りに散布し、地面から付近の建物や生い茂る木々までもを破損させました。

 


 「ぐうっ‥‥」



 その斬撃の一部は流れてこちらへも被害を出し、私の頬や脚に鮮烈な痛みがほとばしります。

 ですが、活気溢れる彼女は違いました。



 「おや‥‥? これは驚いた‥‥」


 

 ボロボロと瓦礫の崩れ落ちる音のなか、舞う砂ぼこりを拳を突き出して払いのけ、彼女は姿を現した。

 私たちのようには行かず、彼女は無傷のままであった。



 「そっちもやるじゃあないか‥‥だが‥‥」


 

 言い切る前に、彼女は急接近し、握り締めた拳を振り上げる。

 先の斬撃にも勝る程強い衝撃に、彼女を中心として地面がひび割れた。



 「本当に‥‥他とは違うね‥‥まさか‥‥!」



 彼女の一撃を受けたのか、脅威らしき人物は墨汁のような体液を垂らして距離を取る。



 「あぁ! お前の言うことは間違ってはいな

 いぞ‥‥!」


 

 再び急激なスピードで彼女は距離を詰め、新たに一撃を加えようとする。

 


 「ううっ‥‥!」

 


 しかし、一縷いちるの望みにすがるように上がっていた私の頭はついに身体が拒否を示すように下がっていきます。

 そのままにずるずると崩れ落ち、もう息を吸うのが精一杯の状態です。

 私は唯一動く耳を傾け、霞んでいく意識にただ呆然としながら弱々しく呼吸を続けます。

 見えもしない、緊迫した世界が聞こえづらく

なった音だけで繰り広げられていく。


 

 「ふふッ‥‥! 君は他ーーとは‥‥速度も力‥‥

 も格段の違‥‥‥‥ようーーね‥‥」


 「あぁ!! 私‥‥‥見くーーて貰っては困る

 なぁ!!」


 

 途切れ途切れの会話、地面の削れる音が、今までとは違うことを物語る。

 そんな最中も、私の意識は淡々と消えかかっていってしまいます。



 「ぐっ‥‥! 本当ーー驚くな‥‥やーーり‥‥

 君はーーーーだということかい‥‥!」


 「ハハハハッ! お前ーーー頭は冴えている

 みたいだなぁ!! 動‥‥されて体が暖ーーっ

 てきたのかァ!?」


 「ぐううっ!!?」

 


 あぁ‥‥どうなっているのでしょう‥‥。

 私は‥‥もう‥‥。

 


 「いいねぇぇ‥‥!! だが‥‥君も大丈夫なの

 かい!!」


 「心配は要ーーない!! なーーならな‥‥」



 駄目なようです‥‥すみませ‥‥‥‥



 「こ‥‥ちは1ーーじゃあないーーだよ!!」


 「ぐがあァァッ!!!?」


 「はぁい~、おつかれぇ~‥‥‥」


 「フフッ! 遅いぞーーーー!!」


 「ごめん‥‥から‥‥ごめぇ~ん♪︎」


 

 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。



 「な‥‥? んだ‥‥と‥‥!?」


 「おぉ? 流石に距離が必要かぁ?」


 「グっ‥‥!!」


 「ちょ~っとぉ~笑 な‥‥か味気な~い」


 「そう‥‥な! でもゆーーんするな‥‥恐ら

 く奴‥‥ーーーーだろうな‥‥」


 「そうかもねぇ‥‥ーーーも血出て‥‥ーー

 じゃんか‥‥めずーーいねぇ~」


 「あぁ! 久しぶりーーろうな、こん‥‥‥‥

 にも刺激ーーのは、数ーーりかもしれん!」


 「君たち‥‥これで勝ったーーかい?」


 「フッ! 笑ーーるな! まだま‥‥‥‥ろう」


 「だよねぇ‥‥‥」


 「侮ら‥‥と困るなぁ!!」


 「ーー! 来るぞ‥‥」


 「被害‥‥小ーーにさっさと片ーけちゃおっ

 ーぁ~」


 「なっ‥‥!? くがァァァアッ!!!!」


 「油断‥‥ーーーよ!」


 「おっけぇ~! いくよぉ~‥‥‥‥」





……………………




 

 「‥‥‥‥‥んっ‥‥?」


 「ー音様!! 綾音様!!」


 「えっ‥‥あっ‥‥と?」


 「あぁ!! 良かった‥‥ッ! 一時はどうな

 るかと!」


 「ここは‥‥いっ! 痛たた‥‥!」



 気が付けば、破壊された建物や木々は見当たらず、静かなベッドの上。薄緑のカーテン、置かれた花瓶、被った毛布が今の状況を物語っていました。



 「ああっ、どうか安静に! 綾音様は例の

 場所で酷い傷を負われていまして‥‥! 

 お気も失っていられましたので‥‥」



 スーツを着た従者がこちらを心配そうに見つめます。

 


 「っ! それではっ‥‥他の方たちは!?

 あの人は‥‥!」


 「ご、ご安心下さい! その場の負傷者たち

 は保護されました、勿論ご友人もご無事だそ

 うですよ」

 

 「はぁ‥‥良かった‥‥!」


 

 どうやら、酷く負傷した私は病院のベッドで寝ていたようです。

 そうなると、1つ気になることがあります。



 「待ってくださいまし‥‥あの穢は‥‥!」


 「失礼ですが‥‥まだ調べがついておりませ

 ん‥‥。ですが‥‥あれから警報は解除され、

 あの日以降の急な連絡はございませんでし

 た。」


 「そう‥‥ありがとうございますわ」


 「いえ‥‥お体の具合は如何でしょうか?」


 「うっ‥‥まだ‥‥」



 まだ全身の痛みとあの時の恐怖が消えませんでした。


 

 「っ‥‥ですがもうすべきことが‥‥!」


 「ああっ、綾音様!? どうかご安静に!」


 「そんな事は言っていられませんのよ‥‥!

 すぐに情報を集め‥‥あの人にも‥‥!」


 「お気持ちは分かりますが‥‥! 今は綾音様

 のお体が第一です‥‥それに‥‥」


 

 半ば従者の言葉を無視しつつ病床を抜けようとした私は、ふと窓の外を見ました。



 「もう真夜中です‥‥それにもう4日目で

 す‥‥」


 「な、何がですの‥‥?」


 「あの警報の日からもう4日になるのです‥‥

 本当に心配したのですよ? まだ傷も塞がっ

 ていませんでしょうし‥‥お体の回復を待つべ

 きです‥‥」


 

 覗いた窓の外からは、真っ暗な空の中で月の光だけが差し込んでいたのです。

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