第31話 悲しさが脳裏に②



 「特にはといった様子ですわね‥‥」



 交差点の近くには木々やらも生い茂り、高さのある建物も立ち並んでいる。

 しかし、人の気配1つ無く、加えて目立つような被害は何処にも見当たらないのです。

 それがまた事の重大さを表しているようにも感じられます。

 そして、その時はやって来たのです‥。



 「おかしい‥‥! 何故あれだけの警告をし

 ておきながら、目に見える被害はゼロです

 の‥‥?」



 不思議と汗ばむ体を再び進めた時のことです。

 静けさの中で、重々しい音が響きました。

 と、ほぼ同時に‥‥



 「ぐぶっ‥‥ううっ‥‥!」



 一瞬、何が起こっているのかを理解出来ませんでした。

 視界の端から端へと、何かが凄まじいスピードで移動していたのです。

 その何かは建物にめり込み、破損させながら打ち付けられ、ドスッと鈍い音と共に粉を散らしてその場に倒れ込みます。



 「‥‥‥‥!」


 

 私は口を閉じ、警戒して扇を構え、得体の知れないその何かに近寄ります。

 距離が縮まるにつれ、見慣れものだと理解しました。



 「なっ‥‥人っ‥‥‥!?」



 私は慌ててそばへと近寄ります。

 流石に私もこの事態に焦りを隠しきれません。



 「ちょっと‥‥!? 大丈夫ですの!?

 貴女、お気を確かに!!」



 其処そこには顔も知らない少女が居たのです。

 私は膝をつき、彼女へと寄り添いましたが、目の前の光景にどくんと脈が跳ね上がるのです。

 ぐったりと横たわる彼女の体には、張り裂けた皮膚、全身に渡る外傷から赤色がのぞき、その目は力無く閉じきってしまっていたのです。



 「何があったと言いますの‥‥!?

 貴女! もう大丈夫ですのよ!!」



 正直には、そのようなことを口にしておきながら、私も上がりきった脈と不安を抑えています。

 そんな気持ちを抑え込みながらも彼女の体をゆっくりと擦りましたが、彼女からの返事は一向に返ってくる気がしません。



 「これは‥‥?」



 彼女の服のポケットからは、一枚のライセンスが落ちかけていました。

 それは彼女もまた、魔法少女だと判断するには容易なものとなりました。

 ですが不可解なのです。彼女はシステム同期を行っているようには見えません。

 

 

 「不味いですわね‥‥」



 幸いにも彼女はまだ、そのぼろぼろの体で息をしているのです。

 私の脳には、先の警告にも劣らぬ危険信号が駆け巡っています。早い話、彼女は穢の犠牲者でしょう。

 どうすれば良いのかも分からず、一度その場を離れて辺りを伺いました。

 そうです、確か、この時でした‥‥。

 


 「何処どこで‥‥一体何処で‥‥!」



 忙しく首を左右に振る私の背に、高ぶった血液の循環を急停止させる程の悪寒がふらりと張り付くのです。

 時が止まったかのような心臓に抗い、振り向き様に扇を振り払います。私の経験上、最も精度と速度の高かった一撃でしたが、扇は何にも触れること無くして、また静けさと心臓の鼓動だけが再起動し始めるのです。



 「なん‥‥ですの‥‥!」



 背に昇る嫌悪感に不安と恐怖が込み上げて抑えられない。身体中から沸き上がる震えに加えて、何事も無かった事実が更にその恐怖に拍車をかける。


 

 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」


 

 余りの恐怖に口を開くことも難しく、震える足でまた一歩と歩きだす。

 


  ドサッ‥‥



 「えっ‥‥?」



 突然に歪む視界に合わせ、かろうじて手を着いて横たわる。

 訳が分からず混乱し、ふと自身の脚が視界に入る。

 今までは無かった細い筋が、私のあしを紙にして鉛筆を走らせたように現れていた。

 腕にも、首にも。

あまりの恐怖に、その場から立ち上がるのも一苦労だったのです。まだ何も解決はしていないと言うのに。



 「何‥‥! なに‥‥!? 何なんですの!!」


 

 沸き上がる震えが発する言葉にも伝わってしまう。

 そして、また、背に先程のを軽く越えるような重みが這っていく。

 


 「ッ!!!」



 その感覚が脳に伝わるとほぼ同時に、また扇を後方に振り払いました‥‥。




  ビシャッッ!!


 


 その瞬間、どんな感覚よりも先に目が見開いたのを感じました。

 続けて、身体中が数百の方向に引き裂かれる感覚が。続けて全身の力が抜けて再び横倒れ、ドサッと身体が打ち付けられる音が。

 続いて、蓋が空いたように引き起こされる全身の激痛が。



 「あっ‥‥‥あ、ぁぁあ‥‥」



 呼吸に替わり無いような弱々しい声と共に、

内に抱えていた恐怖が底から這い上がって登ってくる。

 


 「待っ‥‥なん‥‥で? うぐっ!?」



 必死の思いで体を起こそうと試みますが、全身の鈍い激痛が体の動作を拒否するのです。

 加えて、ぬるま湯のように生暖かく、べたべたとした感覚が身体にまとわり付き始めます。


 

 「さぁ‥‥彼女らはやって来ますかねぇ‥‥」



 先程までする筈の無かった足音が、声が、耳に入ってくるのです。

 私は味わった事のない恐怖に顔が上げられません。



 「おや‥‥?」


 「待ちなサーイ!!」



 突然と聞き覚えのある友人の声に、重い頭を上げました。

 その時始めて目に映る、脅威の姿。今までに見た穢とは違い、人の形をしています。

 友人は物凄いスピードでその脅威へと接近していたのです。

 


 「あぁ‥‥だめ‥‥だめです‥‥」


 

 行ってはいけません、止まってと言えない。

いや、言った所で‥‥‥‥。



  ビシャッッ!!


 

 「っぐうぅう"っ!!」



 降りるまぶたの隙間で、彼女の身体は四方へと切り裂かれ、飛び散る赤が私の恐怖を諦めへと変えていくのです。

 私のほおに、ぴちゃっと液の張り付くと共に、彼女はその場で横倒れるのです。

 その首から四肢、胴体にまで及ぶ全身の傷を私はいつまでも忘れられないでしょう。

 きっと‥‥彼女は悶える私よりも傷が酷かったと思います。瞬間にして意識が途絶えていましたから。


 

 「‥‥‥‥‥‥‥ぐ‥っ‥」



 またしても静寂が戻り、激痛が身体中を支配して回っていきました。

 ‥‥‥‥そんな時です。



 「ーーか! 相手ーーーろう!」


 「おぉ‥‥次は誰だい? 忙しいものだ」



 場違いな活気溢れる声が響いたのは‥‥

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