第21話 これがドジッ子の


 

 

 『えぇ~、もう7月なんか‥‥。』



 スポーツセンターの会議室でカレンダーを見ていたら、なんと明日からは7月だそうな。時の流れというものは本当に早い。

 ついこの前、やっと2年になったはずだったんだけどなぁ‥‥。



 (ん? この音は‥‥。)



 そう思っていると、若干じゃっかん不規則なリズムの足音と共に部屋の扉がひらく。

 


 「こ、こんにちわ‥‥。」


 『あぁ、小栗ちゃんか、どうも。』

 


 多分この子とは思ったけど、まさか足音だけで分かるとは思わんかった‥‥。

 見れば彼女は暗い表情をちらつかせている。

 ここは自分の仕事を全うせねば。



 『どうしたのさ、なんか暗くないか?』


 「え? あ、いえ‥‥テストが返ってきて‥‥

 ちょっと結果がぁ‥‥。」


 『はぁ、そうかぁ。どれがヤバかったの?』


 「うぅ‥‥数Aです‥‥確率やだぁ‥‥。」



 そうか、この子は高1だったな。確率‥‥?

 確かに昔そんなんやってた気がするわ! 

めっちゃ懐いなぁ~! 多分、今やれと言われても解けんけど。

 


 「はぁ‥‥テスト直し‥‥。」


 

 よく見たらこの子、椅子に座るなり、ごそごそとテストの答案やら筆記用具やらを取り出している。

 今からテスト直しをやるんかな、ちょっと見てみよう。



 『ちょっと見てもいい?』


 「へ? いいですよ‥‥なんなら一緒にやって

 くださいよぉ‥‥。」


 『あぁ‥‥善処します、』



 年上なのに、実は文型だから自信ないなんてことは、口が裂けても言えんよ‥‥。



 「えと‥‥2人でじゃんけん勝負して、片方が

 3回勝つ確率‥‥。」


 『うぅーん‥‥。』



 既に俺も拒絶しかけているけれど、こんなんではサポーターとしてダメだ。一度考えてみよう。

 確か、勝負なら勝つ確率は2分の1だから‥‥3連チャンで3回かければいいかな? 

 だから‥‥恐らく8分の1だろう。



 『どう? なんだと思う?』


 「うぅん‥‥ちょっとわかんないですぅ‥‥。

 ここ、テストで間違えてて‥‥。」


 『ん、どれどれ‥‥。』

 


 そう言った小栗ちゃんは自分の答案と模範解答を見せてきた。

 彼女の解答はというと‥‥



 『何!? 確率が3だと!?』


 「どこが間違ってます‥‥?」



 違うもなにも、確か確率って1未満だよな?

 いや、待てよ‥‥。この辺の解答欄は数字で答えるはずなのに、記号があるぞ‥‥さては、、、



 『やっぱり! 解答欄がズレとる!』


 「うええぇぇえ!?」



 おまけにちゃんと解答欄が合っていれば20点以上は上がっているな‥‥。



 『やってるなぁ‥‥これは。』


 「えぇぇぇえ‥‥そんなにやばいんです‥‥?」


 『あぁ‥‥大丈夫、そんなに解けてないわけじ

 ゃないから。』



 そうそう、きっとこの子は地頭が悪い訳じゃあないんだろう。なんだろ‥‥天賦のドジ? ってやつなんかな。



 「うぅ‥‥やっちゃったよぉ‥‥って、

 うぇぇ!? うそ‥‥!!」


 『ど、どうした?』


 

 小栗ちゃんは何か見つけたかのように焦りだした。

 この子が言うと、なんとなく嫌な予感が‥‥。



 「わ、わたしの‥‥ライセンスが‥‥!?」

 

 『うそ‥‥やろ‥‥。』

  


 リュックの中身をごそごそと探している彼女は言った。

 おいおい? それ多分マズいやつ‥‥!



 「ここ来る前はあったのにぃ~!!」

 

 『心辺りは!?』


 「ないでずぅぅぅ~!」


 『お、俺、その辺探してくるわ!』


 

 崩れかけている彼女の顔を横目に、俺は会議室を足早に出ていった。




……………………




 『えぇ~、どこだよ‥‥。』

 


 一応、会議室を出てからは廊下をじぃーっと見つめて来たんだけれどなぁ。

 会議室があるここらは2階だ、通ってきた1階の方も見ておこうか。

 


 『もう1階に無かったら知らんけどなぁ‥‥ 

 って、ん? 瀬々木ちゃん?』


 「あ‥‥桃弥くん‥‥どうしたの?」



 1階へと続く踊り場を曲がると、瀬々木ちゃんが居た。彼女は今来た所なのか。



 『いや‥‥小栗ちゃんが来てるんだけどさ、ラ

 イセンスが無いって言い始めて‥‥。』

 

 「それで探してたんだ‥‥。それじゃ来た意味

 無くなっちゃう‥‥。」


 『おっしゃる通りだ。』

 

 「一回戻ろ、多分見つかってる‥‥。」


 『えぇ‥‥? わ、分かった。』



 俺はそのまま、彼女の言うまま来た道を戻っていった。




……………………




 「え‥‥へへぇ、ごめんなさい~見つかりまし

 た‥‥。」


 『うそぉ!!』


 「ほら‥‥、ね?」


 「なんか違うとこに入ってました‥‥。」


 「ちゃんと探さないから‥‥」


 「ご、ごめんね‥‥!」

 

 これはもうドジでは収まらんくないか?

 てか、瀬々木ちゃんの言う通りちゃんと探してくれ。

 まぁでも、見つかって良かったか‥‥。



 「今日はもう帰ろ‥‥連盟からの連絡もない

 から‥‥。」

 


 そうだな、何にも連絡ないのに居ても仕方ないか。

 


 『まぁ、そうするか。7月とはいえ日没も遅

 いわけじゃないし。』


 

 小栗ちゃんはテスト直しもあるらしいからな‥‥。


 

 「じゃあ‥‥帰りましょうか‥‥。」



 俺達は部屋の戸締まりを済ませ、会議室を後にした。




……………………




 『お疲れ、じゃあね~。』


 「お疲れさまです~。」


 「バイバイ‥‥。」



 2人と軽く手を振り合い、今日は解散となった。

 あの子らは2人で帰るんだろうか。チラッと覗くと、仲良く並ぶ2人の背中があった。

 仲がいいんだな、2人とも。



 (ちょっと自分が寂しく感じるけど‥‥。)



 頬に付く7月始まりの風は、夏を控えているからか、少し暖かい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る