鮮紅が煌々と7

「あぁ。いいねぇ。その顔」


 するといつの間にか夢中になっていた私を正面から見つめていた彼は、しゃがみながら頬杖を突きそう法悦と呟いた。


「赤と君の綺麗な顔が良い感じだよ。うん。芸術だね」


 そう口にしながら数歩前へ進み体を倒すように膝立ちになると、彼はもうすぐそこ。

 私の手を取った彼はそのまま自分の頬へ。手と頬が触れると私はもう片方の手も上げ、彼の顔へ挟み触れた。


「僕たちは異常だ。異常で狂気的でイカれてる。君もそれは分かってるんでしょ?」


 だからずっと秘密にしてきた。

 だから内に秘めてきた。

 自分以外の誰にも見せるどころか感じさせたことは無い。


「でも僕は毎回こうする度に、思わざるを得なくなる。世界で一番、この光景が美しいと」


 顔を赤く染め忘我とした表情を浮かべた彼は、確かに美しかった。この世の誰よりも。美しくて可憐で愛らしい。

 そんな彼を見つめていると、さっきよりも呼吸が大きく、胸が締め付けられるのを感じる。抗う事の出来ない何かが蠢き、じっとしてはいられない気持ちが血液と共に全身を駆け巡ってる。どんどん膨れ上がり抑えきれない。

 私はもはや自分では制御できない体と心に従うまま手を滑らせ彼の首に手を回すと、そのまま顔を近づけ唇を重ね合わせた。初めてだった。キスをしたのも。したいと思ったのも。いや、思ったというより勝手にしていた。

 ファーストキスは、レモン味なんて変な味じゃなくて想い出に残るような血の味。それに一度触れて少しふれ続けて、ゆっくり離れていく。単純なものだった。


「ちょっと待ってね。いつもは嫌だけど、君を見てるといつも以上に興奮してきたから特別に」


 彼はそう言うと舌を大きく出し取り出したナイフで側面を少し切った。その瞬間、痛みに眉間へ皺が寄る。

 でもナイフと舌を仕舞った彼はニッコリと笑みを浮かべた。


「これでもっと濃い味がするよ」


 言葉と共に両手が顔を包み込み、今度は彼から私の方へ。触れ合う唇、そして隙間から私の口内へ彼の舌が血を運んできた。確かに彼の言う通りさっきよりも濃く味がする。唾液と血が口の中で混じり合う中、不慣れな私はリードされながら舌を絡めた。

 触れ合い、絡み合う度に脳へより濃く沁みていく心地好さ。気持ち好さ。快楽。何かなんてもうどうでもいい。ただ味わえば味わう程、もっと欲しくなる。血の味もこの感覚も。

 朦朧とするような意識の中、私はこれが彼の味なんだと思った。そしていつか私の味も味わってほしいとも。だけど今は、ただこれに溺れてたい。ただ味わい尽くしたい。それだけ。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 穏やかだが肩で息をしていた私と彼は、名残惜しそうに舌を少し出し赤い糸を引きながらゆっくりと離れていった。

 そして糸が途切れ互いに口を閉じたところで、私は改めて辺りを一度見回した。この魅惑の光景を。


「あなたは、いつもこうなの?」

「いつもじゃないよ。言ったでしょ。我慢も必要だって」

「言ってた」


 返事をしながら私は心に決めた。そうじゃない。多分、初めて血を浴びたあの瞬間から決まっていたのかも。


「ねぇ。私も一緒に連れてって。あなたとずっと一緒にいたい」

「一緒に? でもそうしたらもう戻れないよ?」


 ゆっくりと首を横に振った。


「もう既に戻れない。もうあんな映画じゃ満足できない。私は知ってしまった。本物を」


 彼の手が私の頬へ伸びる。


「あぁ。とんでもなく狂気的な――でも美しい顔だね」


 そういう彼だって。


「いいよ。それじゃあ一緒に行こう。狂気に満ちた異常で美しい世界へ」

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美しき狂気の深淵で愛を知る 佐武ろく @satake_roku

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