鮮紅が煌々と6

「君が僕と同じだったなんてね。――血は好きかい?」


 普段ならそんな答え、お手本通り眉を顰め引いたと言わんばかりに答えられる。

 でも今は違う。全てを委ね、溢れる自分に身を任せている今は。


「好き……」

「血の温もりも、血の肌に触れ伝う感覚も、匂いも、色合いも、艶やかさも。全部?」

「うん……。全部、好き……」

「わぁーお。君は異常だ」


 だけどそこに軽蔑の意は全く感じられない。むしろ敬意すら感じる。

 そして男性の手は、私の顔からそのまま血を塗るように指の背で首筋を撫り鎖骨まで下がっていった。私はその指に意識を集中させた。だってその指の感覚がある場所には血の道が出来ているのだから。

 そんな風に私が指の感覚を通じて血を感じていると、男性は抱き締めるように体を密着させてきた。一瞬、驚いたがすぐに拘束された手を解放してくれてるんだと分かりそれは静かに消え去っていく。


「これでよしっと」


 そう言って離れた男性だったがそのまま私の両手を掴み何やら腕を見始めた。


「綺麗だね。君、自分の血で欲望を満たした事はないみたいだね」


 しようと思った事はある。少しぐらいなら大丈夫だろうと。

 でも止めた。私は確かにずっと血が欲しかった。だけどやっぱり自分を傷つけようとは思えない。


「痛いのは、嫌だから」

「んー! ますます僕と似てるね。分かるよ。刃物で切るなんて想像するだけで変な感じになっちゃうよね。こう、わーってその部分を摩りたくなる」


 気持ちは分かる。むず痒いというか本当に気持ち悪い感覚だ。


「だから僕は自分にはしない」


 するとそれに気が付くより先に手首へ冷たい感触が触れた。


「でも君は他人だ」


 男性は私の片手を取り感触通りナイフの刃を添えていた。その瞬間、血の気が引きさっきまでの心地好さが身を顰めた。


「君の血は鮮やかなんだろうね。それに美味しそう」


 私の掌へ目を瞑って頬擦りする男性の肌は滑らかでもっちりとしていた。

 でも悠長にそんな事を感じている場合じゃない。


「い、嫌。お願い。です。止めて――下さい」


 私は訥々としながらも心から懇願した。このまま手首を切られ鮮血を浴びるのはいい。だけど苦痛に襲われるのは嫌。

 掌は頬に触れさせたまま瞼を上げた男性は、そんな私をジト目で見つめた。何も言わずただじっと。


「なーんて。冗談だよ」


 すると誰かがスイッチでも切り替えたように表情は一気にあの笑みへと変わった。それから男性はナイフを仕舞うと先ほどまで触れていた部分を手で包み込み優しく撫でた。


「そんな事、しないよ。それよりほら」


 そう言って手を引き立ち上がるように促す男性。それに従い立ち上がると私より少しだけ背の低い彼を身長分だけ見下ろす。


「こんなにたっくさんは初めてでしょ?」


 彼は横にずれ窓を覆っていたものを一つ剥がした。

 遮るものが無くなり意気揚々と室内へ入り込む日差し。それは私の目の前に広がる風光明媚と言いたくなるような血の海を煌びやかに照らし出した。


「さぁさぁ楽しんで」


 言葉と共に男の死体は横へ退けられた。

 大きく円と言うには歪な形を成した血は朱殷に染まり始めている。私は改めてすぐそこに夢にまで見た大量の血があるんだと実感した。

 そして徐にサンダルを脱ぐと温泉にでも入るようにじっくりと素足をその血の海へと触れさせていく。指先から足裏全体。水より粘り気のある液体へ私の足半分ほどが沈む。

 それを全身で感じながら一歩二歩と歩み、少し蹴ってみた。足から離れたそれは、ルビーさながらに美麗な雫となり宙を舞い再び鮮紅の海へと戻る。そして波紋を広げながらも段々と元の静けさを取り戻し、堂々たる面立ちで陽光を浴びる。秀麗なその姿は敬服さえ覚えてしまいそうだ。

 それから私はその場に端座すると下腿に触れる血の感触に胸を高鳴らせた。鼓動ひとつひとつを感じ、両手で大きくかき集めるように血を掬い上げる。両手から零れ落ちるその様も。腕へ流れ私の肌を鮮やかで艶やかな赤へと染めるその様も。その全てが尊く、美しい。

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