鮮紅が煌々と4

 私から一気に離れ、音の聞こえた入口の方を向いているのだろう。男の声を追いかけるように私も顔をそこへ向けた。

 すると、そこには見覚えのあるフードを被った小柄な人物が一人。顔を俯かせフードの中へ伸びた白いイヤホンをしながらゆっくりとこちらへ足を進めていた。


「聞いてんのか? おい!」


 怒声が部屋に響き渡るがその人の足も鼻歌も止まらない。

 ついに男は苛立ちを露わにした足取りでその人へ近づいて行った。当然ながらナイフを片手に。


「てめぇあんま舐めてっと――っ!」


 すると男がその人物の前で立ち止まった瞬間、その人は素早く何かを取り出した。それがスタンガンだという事は直後の男の反応で分かった。


「っつ! てっめ……」


 しかし男が気絶ではなく両膝を付いた程度で止めてしまったその人は、足を進め私の目の前へ。

 私はその人も気になったが、すぐにでも立ち上がりそうな男も同じぐらい気がかりだった。


「んー! んー!」


 だから必死にそれを伝えようとしたが、その人は悠然とフードを外すだけ。

 そこにはやはり昨日、そこの路地裏で見た男性の顔があった。


「やあ。こんな所で再会するなんて奇遇だね」

「んー! ん! んー!」

「そうかい? 僕も会えて嬉しいよ」


 全く的外れな解釈に清々しい笑顔で返す男性。その横では男がゆっくりと立ち上がり始めているとも知らずに。


「昨日は本当にありがとう。あれから僕も調子良くてさ。やっぱり我慢のし過ぎって良くないよね。って僕の場合は単に食べる物がなくてするしかなかったんだけど」


 あっははは、と一人別世界にでもいるみたいに呑気に笑っている。そうこうしている間に少しふらつきながらも男が立ち上がった。


「んー! んー! んー!」


 隙を突くつもりだからか何も言わずただ刃物のような視線で男性を睨みつけている。


「あっ! そうそう」


 そして体がちゃんと動くようになったのか男が動き出した。

 私はもはや男性の声を聞く暇がない程ぐらい気が気じゃない。でも焦るのは私だけ。


「折角だし昨日のお礼をしなきゃね」

「このクソ野郎がぁぁぁ!」


 直前で先程よりも怒りに満ちた声と共に上げたナイフ。そして男性が笑みを浮かべ私を見た状態のままナイフは振り下ろされた。

 だが男性は表情をそのまま完璧な分だけ下がると軽やかにナイフを躱し、更に残した足で男の足を引っかけてしまった。男はそのまま態勢を崩し覚束ない足取りから地面へ豪快に転倒。


「大丈夫。僕に任せて」


 依然と私を見つめたまま女の子ような笑顔を浮かべた。


「ぶっ殺してやる!」


 醜態を晒させられたからか思い通りにいかないからか、血管を浮かべ激怒した男はすぐさま立ち上がると再度ナイフを構え男性へと向かっていく。

 一方でいつまでそうしているのか男性はまだ視線を私へ笑みもそのまま。


「死ねやぁぁぁ!」


 そして男はナイフの刃先を男性へと勢いよく突き出す。

 その瞬間、私は眼前の光景でありながらも何が起きたか分からなかった。こっちを向いていた男性が一瞬にして体の向きを男の方へ変えたかと思うと、あっという間に後方へ一っ跳び。かと思えば男は苦痛の染みた声を上げナイフを手放した。

 同時に男の手首からは散水ノズルで放射した水のように血飛沫が飛び散っていたのだ。四方へ飛び散る鮮血。当然、その一部は私の方へ。泪で濡れる頬や額、脚、晒した肌には温かな液体がぶつかった。

 肌を撫でる雫の感触。それを感じる頃には、私は意識が朦朧とするように自分の世界へ入り込んでしまっていた。初めて感じるその感触に。


「あああぁぁぁ!」


 今の私にはその叫び声さえ籠り静かに聞こえる。

 そんな私の視界では、一度距離を取った男性が一瞬にして男へ近づいていた。その時、男性の手に握られていた小さなナイフは忍び込んだ光を浴びて一瞬、光るがすぐに闇に紛れるように影の中へ。

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