#31 3月4日 ポスト/封筒/招待状?
仕事帰り、いつもの流れで自宅のポストを覗く。宅配ピザのチラシに重なって一通の封筒が入っていた。
取り出して、書かれている文字を確認する。無地の封筒に手書きされた名前も住所も、間違いなく私を宛てたもの。表面にはその他の情報はない。
封筒を裏返し送り主を見て、心臓が跳ねる。
羽鳥湊咲、と書いてあった。
何度見直しても文字に間違いはなく、筆跡にも違和感はない。
湊咲の名前を検索欄に入力してから1ヶ月ほど経って、「調べてしまった」罪悪感を思い出すこともなくなっていたのに。
その場ですぐに中身を見たい衝動を抑えて、急ぎ足で部屋を目指す。
扉の前まで着いて、鍵を鍵穴へ挿す瞬間だけ冷静を意識する。部屋に入り靴を脱いでカバンを放り投げ、カッターを手に取った。そこで玄関の鍵を閉め忘れていたことを思い出し、慌てて取って返す。
かちゃりと鍵のかかる音が耳の奥でやけに大きく響く。
何を焦っているのか、何に驚いているのか、自分でもうまく言葉にできない。
コートを脱ぐよりも先に、手に持ったままのカッターで封を切った。
立ち尽くしたまま封筒に指を突っ込んでまず取り出したのは、やや厚みのある長方形の紙片。
手紙――ではない。
入っていたのは展覧会のチケットだった。湊咲本人の個展のようで、開催場所は彼女が通っているはずの大学。11号館1-Bというのは、部屋の名前だろうか。
3月15日から3月21日、と書かれた会期の上には二重線が引かれていた。その代わり、すぐ真上に手書きで3月14日と書き直してある。その下の開場時間も11:00~17:00という文字が同様に消され、9:00と書き直されていた。
1日だけ? しかも時間は指定? どういうことだろうか。
解釈はひとまず置いておいてチケットの裏面を見る。最低限の注意事項と、知らない名前が3人分載っていた。学科と学年が併記されているから、同じ学校の学生かもしれない。
それ以上、個人名も企業名も記載されていない。意図的に隠されているのでなければ、完全に個人制作のプロジェクトのようだった。
他に何か、と封筒の中を覗き見ると、もう1枚紙が入っている。こちらは折りたたまれたコピー用紙だ。開いてみると印刷された大学の構内図で、一棟の建物が赤い丸で囲まれている。会場の場所を記してあるみたいだ。
入っていたのはその2枚だけ。
記されているものをどう受け取ればいいのか。戸惑うほどの情報もない。
考えられるいくつかの可能性はあって、しかし今考えても一つには定められない。
気分はあまりにも宙ぶらりんで、落ち着かないままに。
改めてチケットに印刷された展覧会のタイトルを眺める。
“生きることにまつわる光と、その色彩について”
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