#19 12月14日 旬の話/いつも通りの会話/正解の形

 

 もうすっかり冬だと言わんばかりの寒々しい風が目立つ今日このごろ。


 あの話を聞いてから1ヶ月ほどになるが、湊咲との間柄に変化はない。


 変わったのは私の認識だけなのだから、関係にも変化がないのは当然といえば当然だろうか。あの時にも宣言した通り、知ったからといって私にできることはなにもない。接する態度を変える理由もない。


 これでいいのだろうかと自問したり、他にやりようもないと開き直ったり。そういう思考もないわけではないけれど。今はさほど大きな割合は占めていない。


 とりあえず私はいつも通りでいいか。なんて、結局そんな気楽な思考が自分の中で主流になりつつある。割り切ってしまうのは、良くも悪くもいつもの私だった。


 いつもよりは多少、時間がかかってしまった気がするけれども。



 

「そういえば」


 今日のメインである、オイル煮にされた鱈をフォークに刺しながら私は話を切り出した。


「クリスマスとか、なにかする?」


 この時期、どこもかしこもムードはそれ一色だ。やや鬱陶しいほどの幸福オーラを街中が演出している。


「あぁ、クリスマス……」


 曖昧な相槌とともに、湊咲は蕪のスープに突っ込んだスプーンの動きを止めた。


「バイト入らなきゃいけなくなっちゃって……」


 そしてスープを掬い上げながら、やや申し訳無さそうな様子でそう答える。


「ああ、そっか」


 言われてみれば、飲食店は忙しいタイミングだろう。


「奈緒さんはどうなんですか?」


「クリスマスに予定があるようなら、こんなに一緒にいれないねぇ」


 秋口からこっち、予定がなければ週休二日のどちらかはほぼ湊咲が家に来ている。こんなに頻繁に休日を過ごしている相手は彼女だけだし、そんな相手を複数人作るほどの気力も器量もない。


 聞いておいて何だが、私もクリスマス前後は仕事だ。今年も申し訳程度のサンタ帽でも被ることになるのだろうか。


「確かにそうですね」


 湊咲からは滑らかなうなずきを返された。


「すぐ納得されるのも、それはそれでなぁ……」


「あー……ごめんなさい」


「どっちに対して?」


 仕返しがてら、若干意地悪く突っ込んでみる。


 今更そんな相手の存在を確認したことか、それともそういった相手がいないことを当然だと思っていたことか。


 湊咲はちらりと八重歯を覗かせながら楽しそうに笑う。もともと童顔寄りの彼女がそういう表情をすると無邪気さが際立つ。


「クリスマスのご馳走を作れないことに、ですかね」


 うまいこと躱される。そんなところも楽しくて、私も笑ってしまった。


「確かにそれは気になるけど……まぁ、今日もっていうか、毎度十分ご馳走だと思ってるからね」


 すっかり馴染みになってしまったが、お世辞ではなくそう思っている。自炊をする気も起きない私にとって、湊咲が作ってくれる食卓はいつも驚嘆に値する。


「照れますね」


 湊咲はまた笑って、マスタードで和えたブロッコリーをフォークで捉えた。


「料理って、ちゃんと正解が分かるから安心できるんですよね」


「正解?」


「食べてみて美味しければ、それで正解じゃないですか?」


「ああ、それはそうだね」


 味覚がそう感じてしまえば、基本的には成功と言って差し支えないだろう。慣れた感覚で明らかに判断できる分、曖昧さがないとも言える。


「それに目の前で美味しそうに食べてくれる人がいると、もう答え合わせみたいなものなので」


 自分一人だけでは勘違いかもしれないけれど、共有する相手がいれば信じやすくなる。身に覚えのある内容だと、紹介した本が好意的に受け取られた時の気分に近いだろうか。


「いっつも美味しそうに食べてくれるから調子に乗っちゃうんですよね」


「美味しい思いさせてもらってます」


 丸っきり本心だ。料理にしても、湊咲と過ごす時間にしても。


 実際、献立についても最初の頃より豪華になっている気がする。作りすぎたと言って置いていってくれる分も含めて大助かりだ。



 

 それに、理由を失っている彼女の求めるものが、そういう時間であるのなら。


 いくらでも提供してあげたいと、それくらいは思っていてもいいだろう。

 

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