#18 11月26日 カエデ/イチョウ/解いて放って


 慣れない場に着慣れない服で、体の節々に気疲れの跡が澱んでいる。引き出物やら履き替えた靴やら、かさ張る荷物も鬱陶しい。日が落ちてすっかり気温が下がったせいもあって、余計に凝り固まっていた。


 良い気分とも悪い気分とも言い難い。強いて言えばどちらも混ざりあった心地で歩く、付き合いの長い友人の結婚式帰り。


 午前中から始まり二次会を終えて三次会を振り切り、最寄り駅までたどり着いた午後7時。駅から家までの道のりの半ばといったところである。


 バッグの中で低い音が鳴って、かすかな振動が伝わってくる。騒がしい場所だったら気が付かなかったかもしれない。スマートフォンを取り出して、画面を確かめる。


 “おっきい葉っぱが落ちてました”


 身も蓋もない文面が表示される。湊咲からだ。


 メッセージと共に写真が添付されている。赤茶色にくすんで乾いた、手のひらよりも大きいような葉の写真。茎の部分を手で摘んでいて、天狗のうちわみたいにも見える。背景は明るいから、きっと昼間に撮ったのだろう。


 あんまりにも他愛のない内容に、こらえきれず笑ってしまう。周りに誰もいなくて助かった。


 “秋も終わりだね。なんて木だろう”


 “カエデじゃないかなぁ……たぶんですけど”


 すぐに来た返信に少し気分が軽くなった気がして、周りを見渡してみる。同じような葉は流石に見当たらない。しかし歩道の隅に目を引く色味の何かが落ちている。


 今一度周囲に誰も居ないことを確認してから、服の裾に気をつけながらしゃがみ、拾ってみる。ちょうど鮮やかに黄色く、破れたり踏まれたりもしていなくて綺麗なままだった。指先で摘んだまま写真を撮る。添付して、送信。


 “こっちはイチョウが落ちてた”


 “かわいい!”


 それからゆるく風が吹いて、襟元から肌寒さを上乗せされた。そしてそれと同時に。


 “ギンナンのニオイもする”


 漂ってきたのは良い香りとは言い難い、アレである。


 “踏まないように気をつけてください”


 言われてから危機感が湧いて、辺りを見回してみる。幸いなことに、近くには実は落ちていないようだった。葉は風に飛ばされてきたのだろう。


 “お仕事帰りですか?”


 “今日は休み。結婚式行ってた。友達の”


 そう返してから立ち上がって、また歩き始める。拾ったイチョウの葉はなんとなく捨てられずに持ったままだ。指先で茎を転がすように回してみる。


 湊咲はタイミングが良かった。向こうは意識していないんだろうけれど、私としてはなんだかありがたい。


 だから、というわけでもないけれど。


 “引き出物のカタログギフトあるから、今度お肉でも食べようよ”


 なかったことにするにはもったいないけれど、一人で選んでも持て余すのは明らかだったから。


 すぐに返信は来る。


 “しゃぶしゃぶがいいです!”


 勢いよく、簡潔だ。


 いいな、しゃぶしゃぶ。何を頼むか悩まなくて済んで良かった。


 湊咲の過去について聞いた後も、こういった大したことのないやり取りは減っていない。スケジュールの都合であれから会ってはいないが、来週も家でご飯を食べようと約束をしている。


 雑談の合間で予定が決まってしまえば、私はそれもちゃんと普通に楽しみだった。


 いくら彼女の抱えているものが重かったとしても。


 当然、そればかりではないわけで。


 そんな当たり前のことを考えていたら、いつの間にか家に着いていた。


 余計な考え事とか、疲れて億劫な帰り道とか、持て余す引き出物とか。大したことではないのかもしれないけれど、いくつかの問題が解決してしまった。


 結局捨てられずに持ち帰ってしまったイチョウの葉をテーブルの上に置く。どこかに挟んで押し葉にでもしてみようか。そうしたことすら忘れて挟みっぱなしになる未来が容易に想像できるけれども。まぁ、それはそれで。


 服を脱いでハンガーに掛け、室温の低さに身震いをした。手足の稼働範囲が一気に開放されて、妙に身軽になった気がする。


 とにもかくにも、今日はこれでおしまいだ。


 早めに寝て、明日の仕事に備えよう。

 

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