#20 12月22日 乾燥/変遷/馳せる
暖房の低い唸りとかさかさした空気の中、むくみの気配とともに目を覚ます。隣ではまだ湊咲が目を閉じている。もうすっかり見慣れた寝顔。
二人で眠ると布団が足りず、ここ最近の気温では暖房をつけたまま眠るのが通例になっていた。代わりに空気は乾きがちだ。加湿器でも買っておこうかな。
昨晩はフライドチキンを食べた。スパークリングワインも開けた。揚げ物の匂いはまだ部屋に漂っている。
クリスマスの直前では最後の休前日。イベントの形を作ってみただけでも気分は上がって、なんだか特別だった。
そもそも私の仕事の方は年末というだけでも慌ただしく、昨日は店を出るのが随分と遅くなってしまった。それもあって、珍しく出来合いのものを並べた食卓になった。
そのまま遅くまでダラダラ飲んで、内容も覚えていないような話をした。全体的に楽しかったという感覚と、会話の断片だけが脳にこびりついたように残っている。
やり取り自体はいつもどおりの、もう日常になった一晩。特別ではなくなった、湊咲と一緒の時間をそれまで通り、それなりに過ごした。
そんな湊咲は口を薄く開け、心配事なんて何も抱えていないような顔でまだ眠りこけている。
突然に始まった私達の関係はいくつかの区切りを乗り越えて、その度に変化して、今はこうやって隣にいる。掛け布団の下で、申し訳程度に体温を混ぜ合いながら。
年末ということもあり、どうしても区切りを意識してしまいがちだ。そんなものはあくまでもカレンダーの都合で、今日と明日、来週と再来週、そしてその先も、変わらない日々の連なりでしかないのに。
それでも、色々あった今年はもうすぐ終わる。
その後、湊咲が起きたのはぎりぎり午前中というくらいの時間だった。私の方も節々の気だるさが抜けないままだ。
その辺りも加味した協議の結果。昼食はこの家から徒歩圏内、迷子だった湊咲を拾ったあの喫茶店にでも行こうということになった。
身支度を終えて店に着いたのは昼下がりもいいところ。今日はきれいな冬晴れで、コートを着て歩いていると少し汗ばむくらいだった。
馴染みの扉を開けて入店する。カウンターの端っこの方には申し訳程度に小さなクリスマスツリーが飾られていた。客は私たち二人だけのようだ。奥のテーブル席につく。
メニューとお冷を持ってきた店主はいつも以上ににこやかな気がした。
「お二人でいらっしゃるのは珍しいですね」
そんな風に声を掛けられて、正面の湊咲を見やる。
「ん? 来てたの?」
傘を返した話はどこかのタイミングで聞いていた気がするが、それ以降は特に話題に上がっていなかった。
「ちょっと早めに着いちゃったときとか、時々」
湊咲は早速お冷に口をつけながら。
言ってくれればよかったのに、と思ってから、言われたところで何か変わったわけでもないなと考え直した。そして自分のお気に入りの店を気に入ってくれたというのは、単純に嬉しい話だ。
拘泥するような話でもなかったので、視線をメニューに移す。
「私は……オムライスかな」
一応メニューを眺めてはみたが、それ以外のものを頼む気もなかった。
「どうしよ……プリンも食べたいんですけど……」
湊咲は眉間にシワを寄せてそんなことを呟く。
「頼めばいいでしょ」
「いやでも、昨日も結構食べましたよ……」
ハイカロリーな食卓だったことは確かだ。
「だったらプリンの1個くらいは誤差じゃない?」
だからこそ今更、というやつ。
至極適当な私の言葉に湊咲は笑いながらうなずいて、結局ナポリタンスパゲティとプリンを注文していた。
この店に一緒に入るのは最初の出会い以来だが、当時とはいろいろなことが違っていた。あの時はとてもこんな状況を想像しなかったなと、不思議な気分になる。
「今日は」
料理を待つ間で、湊咲が出し抜けに口を開いた。
「いい天気ですね」
窓の外を眺め、口元をほんのりと笑みの形にしながら、そんなことを言う。
どうやら考えていたことは一緒らしい。
「雨が降ってたら、今日は家から出てなかったかもね」
気だるさと億劫さに敗北していた私たちは想像に難くない。湊咲が帰る時間まで、ダラダラと過ごしていたことだろう。
「本当は、出かけるのもちょっと面倒でしたけど」
湊咲は笑顔を茶目っ気のあるものに変えてからそう言って。
「結果オーライってやつですかね」
「大体、いつもそうだったんじゃない?」
思い返せば、どれもこれも。行きあたりばったりの結果が今だと思う。
あはは、と湊咲は笑い声を上げてうなずく。
そんなところに注文していた料理が運ばれてくる。
いただきますと言うタイミングが二人で完全に被って、また少し笑って。
それから食べ慣れたオムライスを口に運び始める。
口の中でチキンライスが解けて、ケチャップの香りがふわりと広がる。咀嚼していくにつれて卵の層と混じって、旨味が奥行きを増していく。それを飲み込む頃には、もう次の一口が待ち遠しい。
皿が空くまで、その繰り返し。
変わったものと変わらないものを同時に味わうこの一時は、実はとても贅沢なのではないか。
そんな風に思ったのは、食後のコーヒーが運ばれてきてからのことだった。
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