アジサイが咲く頃に

黒潮梶木

1.

僕の学校は本館と南館に分かれている。本館には主に1、3年生の教室と職員室、そして図書館がある。そして南館には僕たち2年生の教室が並んでいた。僕は本が好きでよくこのふたつの館を暇さえあれば行き来していた。しかし困ったことに本館へ行くための道には屋根がない。だから雨の時には傘をさして行かなければならないため、みんな通りたがらなかった。それは僕も同じだった。梅雨になると、より雨も増えて図書館に行こうと思わなくなる。そのため僕は梅雨が嫌いだった。しかし季節は無常にもやったきて今年も6月の終わりとなると低気圧だの台風だので雨の日が続いた。体育が外で出来なくなるのはいいことだけどそれ以外の利点はない。いつもは楽しい昼休みがとてもつまらなく感じた。

この日もいつも通り雨が降っており、僕は嘆いていた。図書館の本の貸出期限が今日までだったのだ。雨は横なぶりに荒々しく降っていた。しかし貸出期限を破る訳にもいかず仕方なく傘を手に取った。そして外へ出るとまるで散弾銃のように雨粒が傘にぶつかった。バタバタとうるさい。僕はますます嫌になり早足で本館へと向かった。向かう途中、ふと見事に咲いたアジサイが目に入った。しかし雨のせいかまじまじとみる気分になれず、足早にアジサイの前を通り過ぎ本館へと向かった。図書室に着くと委員会当番の人がぺこりと頭をたれた。お客さんはほとんどおらず暇そうだった。僕はカウンターへ行き本を返すと並べられた本に目を向けた。色とりどりの背表紙が僕を読んでいた。その中から2冊ほど選び抜いてカウンターで手続きを済ました。そしてそれを大事そうに抱えて図書館を後にした。また雨に濡れなきゃいけないのか。少し憂鬱な気持ちになった。僕は勢いよく傘を広げた。そして早足で教室へ向かった。

向かう途中の事だった。ふと顔を上げるとまたアジサイが目に入った。そして今度はアジサイの前で濡れる少女がいた。雨の中その少女は宝石のように輝いていた。僕は無視出来ずそっと傘を差し出した。

「傘、もってないんですか?」

「いいえ、いりません。彼女が寂しそうですから。」

少女は目の前のアジサイを見つめて言った。

「綺麗ですね。見とれてしまいます。」

青色のアジサイが雨の雫を反射させ、サファイアのように輝いている。

「雨はお嫌いですか?」

少女は僕の顔を見ながら言った。

「あまり好きではありませんね」

「そうですか…。」

悲しそうな顔で少女は下を向いた。雨に濡れて固まった髪が地面を指している。

「でもこの季節が来ると夏が近くなった気がしてワクワクしますよね。」

フォローするかのように言うと少女は顔を上げてふふっと笑った。

「お優しいんですね」

俺はやけに恥ずかしくなり下を向いた。

「そろそろ休み時間も終わるのではないのですか?」

僕は時計を見た。

「そうですね。そろそろ教室に戻らなくては。」

少女はまた少し悲しそうな顔をした。

「また会えますよ」

そして僕がまたフォローするように言うと少女は傘を飛び出した。そしてアジサイのようにきらびやかに笑うと僕に手を振った。

「またアジサイが咲く頃に」

そう言って笑ってどこかへ行ってしまった。気がつくとさっきまで降っていた横なぶりの雨は霧雨に変わっており、向こうの空には光が指していた。

「彼女は雨女かな」

僕が呟くと雨は少し強くなった。僕はふふっと笑うとそっと傘を閉じた。

「違うな、僕が雨男か」

僕は上を向いた。そして手を上げると遠くの空を移した雨粒が僕の手の上で光っていた。

本館からチャイムの音が響き渡った。僕は傘を広げ消えた彼女を思い出した。そして

「またアジサイが咲く頃に」

そう呟いてアジサイに背を向けた。

彼女は晴れ女だ。少なくとも僕にとっては。

アジサイにとって雨は宝石だ。僕は少し雨が好きになった。


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アジサイが咲く頃に 黒潮梶木 @kurosiokajiki

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