捕食 第9章

 便利な道具として当たり前のように使ってきた家電製品が、次々と壊れ始めた。

 

 救急車、消防自動車、工事に使用する作業車、普通自動車などの車も、暴走するなどして交通事故を頻繁に起こしていたため、警視庁と警察庁の方から政府に、自家用車の使用を控えるよう要請がなされた。



 工場内ではロボットや製品を製造する機械が次々と壊れていった。


 機械を使用して製品を製造する会社は、工場での生産が不可能になり、破産申請を余儀なくされた。


 

 今のところ無事なのは、水道、電気、ガス、インターネットなどのインフラと、テレビとラジオとスマートフォンだけだった。



 柿生家の母親は、ほうきちり取り、雑巾を使って掃除をしていた。


 柿生家の父親は、四時起きをして、会社への移動に自転車を使った。


◇◇◇


 食肉を取り扱う畜産業や航空会社に、インフルエンザ感染拡大防止のため、動物殺害の為の”毒物散布”を依頼したので、食肉や魚介類全般が”毒物”を摂取した。


 卸売業者も小売業も、”毒物散布”については何も知らされていない。


 店頭に並ぶ食肉や魚介類は、従来の百分の一ほどに減少し、物価は五十倍、購入した消費者は、原因不明の病や、突然の大病に侵されていった。


 食肉用の動物は、”毒”の摂取後、直後に死滅したモノもあったが、毒への耐性を獲得したモノは、”ミュータント”へと変貌へんぼうげて生き残った。


 また、航空会社に毒物散布を依頼した関係で、植物も”毒”を摂取した。


◇◇◇


 れんは彼女と『ミハイルフラワーパーク』でデートをしていた。


 秋も深まったというのに、大きくて綺麗なヒマワリが咲いていた。




 「もうすぐ冬だっていうのに、随分大きなヒマワリね。」


 季節外れの大きなヒマワリの近くに居た観光客が言った。



 すると、次の瞬間、大きなヒマワリが後ろにったかと思うと、勢いよく上部を前方に出し、ヒマワリの種を、勢いよく放出し始めた。




 ズダダダダダダダダダダダダダダダダ・・・。




 放出されたヒマワリの種は、まるで弾丸のごとく観光客に浴びせられた。


 ヒマワリの種を浴びた観光客は、まるで、散弾銃を撃たれたようになり、身体がハチの巣状になって、倒れた。




 漣が目撃したのは、それだけではなかった。



 薔薇ばらの茎が突然襲い掛かり、棘が体に刺さってひどく流血している観光客。


 観葉植物のつるが突如伸び始め、首に巻き付かれて窒息しそうな観光客。



 「きょ、今日はもう帰ろうか?」


 「そ、そうね。そうしましょう。」



◇◇◇


 漣、ミサオ、ゆーたの三人は、柿生家に集結、パンデミック状態になっているインフルエンザの大流行にも拘らず、近況について情報交換していた。



 「俺さ、昨日、彼女が行きたいって言うからさ、ちょっと遠出して『ミハイルフラワーパーク』っつーところに一緒に行ってきたのよ。したら・・・。」


 漣は、巨大なヒマワリが、ヒマワリの種を目の前の観光客に弾丸のように浴びせて、ハチの巣状にしたこと、薔薇の茎がいきなり伸びて、観光客を血だらけにしたこと、観葉植物の蔓がいきなり伸びて、観光客の首に巻き付いたことなど、現地で見たことをミサオとゆーたに興奮気味に話した。




 「それってもしかして、”ミュータント植物”?」




 「近所の公園の小道に、結構植物があるよ。”ミュータント植物”と遭遇出来るかも知れない。あとで三人で、その公園の小道に行ってみようか?」






 「うちは、家電製品がヤバいよ。それから、パソコンがヤバくなった。パソコンかキーボードかはわからないけど、ローマ字変換が一定じゃないんだ。だから、しばらく『わんだほーえくすぺりえんす』の動画、スマホで加工して作るしかなくなった。」



 「スマホは今のところ、大丈夫なんだよな。」



 「洗濯機も炊飯器も、それから計算機もヤバい。」



 「ああ、それなら俺も、掃除機がヤバかった。吸い込んだゴミを、後ろから全部吐き出しちまってよ。結局、箒と塵取りに逆戻りだ。」


 「そうそう、うちもそうなった。それから車も。自家用車の自粛規制かかった。暴走するんだってな。彼女と花を見に行った時には、交通機関の異常が無くて良かったな。」


 「ああ、俺たちが乗った電車は今のところは大丈夫だった。」




 「あと食べ物、すげー高くなったよな。食費がかなり高くなったって、母ちゃんが手計算で家計簿つけながらぼやいてたよ。」


 「高くなったし・・・なんか変な味しねえか?」


 「僕も、なんか、薬臭いような味がするな、と思ってるんだ。」



 

 「俺たちの動画作りのために情報を集めてたのに、世の中全体が、想定外にヤバイ『怪奇現象』だらけになってきてるような気がするよな。」


 「動物は、動画作りでヤバくなったってわかった。フラワーパークの植物がヤバいってこともわかったけど、ちょっと近所の公園の植物、見に行ってみようか?」


◇◇◇


 三人は柿生家を出て、徒歩五分ぐらいのところにある公園に行くことにした。


 通りに出ると、見る家見る家、鯨幕くじらまくが張られていた。


 「・・・お葬式の家が、多いね。」



 家から住職が出てきた。

 「ご愁傷しゅうしょうさまでした。」

 玄関で、住職が手を合わせていた。


 出てきた住職は、隣の家にハシゴしていた。


 「こんなに同時期に、複数の人が亡くなったんだね・・・。」





 三人は公園に着いた。


 「何があるかわからないから、気を付けて散策しよう。」


 ゆーたは公園の小道を歩きながら、スマホで録画を始めた。




 シュルルルルルルルルルルルル・・・。

 



 近くにあった一本の蔓が、物凄い勢いで伸びて、ミサオの右腕に巻き付いた。


 「うわあっ!なんだなんだ?」


 「ミサオ、ちょっと待ってろ!」



 ジャキーン!


 ズサッ!



 漣がジーンズの後ろポケットから、小型のサバイバルナイフを出して、ミサオの腕を掴んだつるを切った。



 「・・・ふう・・・びっくりした。漣、サンキュ。」


 「も、もういいんじゃない?帰ろうよ・・・。」


 「何言ってんだ、ゆーた。もう少し歩いてみようぜ!」





 三人は怖々こわごわ鬱蒼うっそうとした樹々でかげった小道を歩いた。






 バサバサバサバサバサバサバサバサ・・・。





 キキキキキキキキキキキキキキキキ・・・。




 三人の頭上で鳥たちが、奇妙な声でわらっていた。



 

 すると、三人の前方に、巨大なハエトリソウが現れた。


 三人のいる方向に、巨大すぎるハエを捕らえる補虫葉はちゅうようがパッカリと開いていた。



 「・・・な、なんだあれ。」


 「ハエトリソウ・・・みたいだけど、あんなにデカいのなんて見たことない。」



 茎が一メートルほどもあってとても太く、補虫葉は人間の頭ほどもあってとても大きかった。




 パク・・・パク・・・パク・・・。



 

 補虫葉は、ゆっくりと二枚の葉を開けたり閉じたりした。


 「怖いよう・・・もう帰ろうよ・・・。」






 一瞬、葉のふちにあるトゲが鋭く光った。




 まるで、肉食動物の”牙”のように。






 グワッ!




 シュルルルルルルルルルルルル!





 突如、一メートルほどだった太い茎が伸びて、三人に向かって来た。



 「来るぞ!」


 「逃げろッ!」



 三人は振り返らずに、公園の小道の入り口に向かって走った。





 シャアアアアアアアアッ!





 巨大ハエトリグサは、大きな口をパクパクと動かしながら、三人を捕食ほしょくしようと、とてつもない勢いで、太い茎を無限に伸ばしてくる。



 ドタッ!

 「ああっ!」

 ゆーたが転んだ。


 「しっかりしろっ、ゆーた!」


 漣とミサオは、太っているゆーたを左右から抱き起した。



 「急ぐぞ!」


 「う、うん!」



 泥だらけになりながら、ゆーたは二人の後をついて走った。

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