幻魚 第14章

 日曜日。


 大樹たいき瑞樹みずきも休日なので、二人で釣りに出掛けることになった。



 釣り道具は、瑞樹の一人分しかない。


 「万が一、俺が、大きな魚を釣り上げた時には、横から網を差し出して欲しいんだ。大樹の役割も、とても大切なんだぞ。」


 「わかりました。楽しみです。」





 瑞樹の行きつけの釣り堀に行く。


 天気が安定しているので、やや沖の方にボートを漕ぎだす許可が下りていた。


 「せっかくだから、沖の方に行こうか。」


 「はい。」




 釣り道具と荷物を乗せて、瑞樹がオールを漕いだ。


 二人は、沖の方へ向かっていった。



 かなり沖の方に来ると、辺りには他の漁船やボート、遊覧船なども、何一つ船舶せんぱくが見当たらないのだった。





 瑞樹は、オールの手を止めて、大樹に近づくと、キスをした。



 大樹は、笑顔になって、生きている幸せを噛み締めた。





 しばらく、瑞樹が、より沖の方へとぎ続けた。


 「この辺りかな。」




 瑞樹が、釣り糸を垂らす。


 「待っている間の辛抱が、釣りの楽しみでもあるんだ。」


 「そうなんですね。」




 辺りには、誰も居ない。



 糸が引かれているようだったら、すぐに対応すればいい。




 釣り糸を垂れたまま、二人は小さなボートの上で、気絶するような濃厚な接触をしていた。




 グイグイッ!


 「かかったかな。」



 瑞樹は向き直って、釣り竿に伝わってくる振動や揺れの感覚に、全神経を集中させた。



 釣り竿が、大きくしなった。


 「大物がかかったみたいだ。大樹、網、用意して。」


 「はい。」





 ジー・・・ジージー・・・。


 瑞樹は、慎重にリールを巻き始めた。



 「これは、・・・。」



 ジージージージー・・・。


 瑞樹は、勢いよく釣り竿を引き上げた。



 大きな魚が、釣り竿の先端で勢いよく躍っていた。


 「大樹!網!網!」


 「はいっ!」



 大樹は、おぼつかない手で、網を、大きな魚の下に近づけた。


 「よし!オッケー!」


 瑞樹は、釣り竿を手放すと、網に手を伸ばした。



 「これは、大物だ!全長四十センチはあるだろう!」




 瑞樹は、一人で大きな魚を取り押さえると、大きな魚に何らかの手当をした。


 すると、魚の息が、途端に弱くなった。


 大きな魚は、釣り針を外された。


 瑞樹は、息の弱くなった大きな魚をバットに放り込んだ。


 「この場でさばこう!まだ、息があるうちに調理する方が美味いんだ!」





 穏やかな海。


 とてつもない凪であった。



 オールが流されないように固定して、二人はボートの上で、大きな魚を食べようとしていた。


 瑞樹が、慣れた手つきで、大きな魚をさばく。


 血しぶきが、飛び散る。


 大樹は魚の活け造りの現場に慣れてはいないが、瑞樹を信頼していたので、全てを瑞樹に任せていた。




 瑞樹が、魚の一部を使って刺身を作った。



 「大樹、刺身だぞ!そのバッグの中に、醤油とか入ってるけど、俺はこのままでいいかな。」



 そういうと瑞樹は、刺身の欠片を指でつまんで、舌に乗せた。


 「ははっ、コリコリしてて、うめえ。大樹も食べてみるか?」



 紙皿に乗った刺身を、大樹も同じように、指でつまんで、口に入れた。


 まだ生きているのか、口の中で、刺身が動いている感じがした。


 生臭くて、美味しいのかどうかはよく判らなかったが、瑞樹が楽しそうにしているので、大きな魚を釣った功績を称える意味でも、大樹は瑞樹に合わせた。


 「コリコリして、美味しいです!」


 「ははは!そうだろう!もっと作ってやっから!一部だけ刺身にしてここで食って、あとは持ち帰って、うちで食べような!」





 ドンッ‼





 ボートに、何か大きなものが当たったようだ。


 「うわあ!」


 「魚が当たったんだろ。気にすんな。」




 ドンッ‼



 ドンッ‼


 ドンッ‼




 次の瞬間、クジラほどの魚が、二人の目の前に現れた。




 ザパーン‼




 「うわああああ!」


 「な、なんだ⁉」






 クジラのような魚が大きな口を開け、口の中が、二人の顔に近づいてきた。





 グワシャッ‼

 




 グワシャッ‼

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