幻魚 第7章

 翌日。


 「こんにちは~。集配しゅうはいに参りました!」

 『旭漁港あさひぎょこう』に到着した『ペンギン快特便』の柿生美佐男かきおみさおが、責任者に挨拶をした。


 「あ、どうも、『ペンギン』さん、今日もご苦労様~。」

 責任者の内堀うちぼりが答えた。


 森實もりざねは、青島瑞樹あおしまみずきの姿を探した。


 遠くの方で、バットに水揚げをしていた。


 (昨日言っていた通りに、今日も自宅への配送を依頼してくれるかしら。)

 森實は、青島の動きを時々チラ見していた。


 配達伝票に記入してくれている漁港の従業員が、バットを持って来ては配送先を説明していた。


 柿生美佐男は、『クール便』の梱包材こんぽうざいの大きさを検討し、森實と一緒に魚とドライアイスを入れていた。



 「あー、ちっとここの住所、わかんねえな。・・・青島さーん、『神崎食堂かんざきしょくどう』ってとこの住所、知ってる?」


 配達伝票を記入していた従業員が、青島瑞樹に呼び掛けた。


 気付いた青島の表情が明るくなって、集配の手続きをしている場所を見た。

 直後に、森實の姿を探して、見つけた。


 「ああ、今そっちに行く!」


 青島は、水揚げを他の従業員に任せて、集配の手続きをしている場所に向かって走ってやって来た。


 「ああ、昨日はどうも!今日もたくさんあるけど、よろしく!」

 青島は、あらためて挨拶をした。


 「宜しくお願いします!」

 森實と柿生美佐男は、二人で挨拶を返した。


 配送先の伝票を書いていた従業員は、ボールペンを青島に手渡して言った。

 「これからは、青島さんが配送関係、やってくれると助かるんだけどなー。」


 「わかりました!これからは配送手続きは、全部、俺がやっていきます。『ペンギン』さん来たら、声掛けて!」


 「ありがとうございますっ。お願いしまーす。」



 「いや~。もう十月だってのに、まだまだ暑いですね~。」

 青島がウェザートークをする。


 「暑いですね。今回も多数の集配、ありがとうございます!」


 「うちの責任者の内堀さん、今後もずっと、『ペンギン』さんにお願いしたいって言ってましてね、お忙しい中、これからも多分、毎日来てもらうことになると思うんです。毎日同じ時間に『クール便』、レギュラーで予定組んでもらえます?」


 「ありがとうございます!こちら側としても、大変ありがたい話です!」

 柿生美佐男が笑顔で返した。



 青島は、企業や食堂などの住所を配送伝票に書き終えた。


 「ちょっと待っててもらえます?」


 そう言うと、青島は、『旭漁港』として売り物にならない魚が水揚げされている水色のバットの方向に走っていった。



 一つの水色のバットを持って、青島は笑顔で走って来た。


 「これもお願いします。俺の自宅に届けてください。」

 ひとみ爛々らんらんと輝かせながら、笑顔で配送伝票を書き始めた。


 「昨日も送ってもらったんすけどね。今日も夜六時から九時で。これからも毎日届けてもらおうかな。俺、ホント、魚が好きで好きで、毎日これだけの魚を食べないと体調が整わないんですよね~。水揚げされたばかりの魚は、刺身にしても格別に美味うまいんですよ。」


 「今日も私が配送します。」

 森實がニコニコしながら言った。


 森實の顔を見て、柿生美佐男は、いつもとは違ったポジティブな感じを受けた。

 諏訪部六郎すわべろくろうの死後、浮かない表情をしていることが多かったので、森實のその表情を見てホッとしていた。


 「今日もよろしくね!」

 青島が答えた。


 「後程のちほど、おうかがい致します。」

 お辞儀じぎをしながら、森實が言った。


◇◇◇


 二人は『クール便』の配送荷物をトラックに運び入れると、『ペンギン快特便』のトラックに乗り込み、柿生美佐男はエンジンをかけた。


 「森實さん、旭漁港さんが集配のレギュラーになりましたね。大崎支店の売り上げが上がりますよ。僕たち、鼻高々ですね。」


 「毎回、配送先、十か所はありますもんね。確かに売り上げはあがりますよね。」


 「僕たちの仕事って言うのは、注文を受けた時にしか発生しないから、毎日決まった時間に、ある程度まとめて収益が見込めるレギュラーな注文があると、会社の利益にも貢献することになりますし。昨日からですよね~、『旭漁港』さん。ありがたいですね。『旭漁港』さん、いいお得意先になりそうですね。」


 「そうですね。『クール便』の配送先、かなり増えましたね。その分、一般の荷物のノルマが減りましたけどね。」



 「これから、どこかの食堂で、昼食を食べる時間が取れなさそうですね。」


 「どこかで買って、移動しながら食べるかたちになりますかね。柿生さん、いつも運転して頂いてすみません。私はいつも助手席なので楽に食べられますが、食べながら四トントラックを運転するのは危険ですから、柿生さんがお食事する時には私が運転します。」


 「そうですか。じゃあ、僕が食べる時にはお願いしますね。いや~、これから忙しくなりますね。頑張りましょう。・・・そろそろお昼ですね。ちょっとお腹すいてきません?コンビニにでも寄りましょうか?」


 「あ、お願いします。」


 二人は昼食を買いに、コンビニに寄った。


 

 『ペンギン快特便』のトラックに戻りながら、次の配達先へのルートを確認した。


 「それでは、今度は私が運転します。柿生さん、先に召し上がってください。」


 「いいんですか?それじゃ、お言葉に甘えて、お先にいただきます。」


 柿生美佐男は、ペットボトルのお茶のキャップを開けて飲み始めた。


 森實大樹は、カーナビに、配達順に配達先を登録し始めた。



 今日は、火曜日だ。


 一般的に、ウイークデイは、月曜日と金曜日に道路が渋滞することが多いと言われている。


 火曜日から木曜日は、さほど渋滞しないだろう。


 

 「すいませんねえ。お先に頂いちゃって。」


 コンビニのシーチキンおにぎりを頬張りながら、柿生美佐男が言った。



 「そう言えば、森實さん、明日お休み取られていたんでしたっけ?」


 「あ、そうですね。柿生さんが覚えていたなんて。ははっ。明日はお休みを頂いております。」


 「やっぱりそうでしたよね。明日、誰と配送になるのかな。僕は森實さんと組みたいんですけどね。あんまりキツい人とか、苦手で。」


 「私も、柿生さんと組んでいると、とてもスムーズにお仕事出来るので、ありがたいと思ってます。感謝しています。」


 

 シーチキンおにぎりを食べてしまった柿生美佐男は、昆布おにぎりを開け始めた。


 「僕と僕のおじいちゃんが一緒にコンビニのおにぎりを食べようとしていた時に、コンビニのおにぎりの食べ方がわからない、って言うんですよ。工作するように、丸数字の順に従って包みを開けていけばいいのに、僕のおじいちゃんは、おにぎりの原材料だとか、カロリーだとかが書いてある四角いシールの部分を破いて開けてしまったんです。ビニールを広げて、その上に白いおにぎりがあるような状況を見て、呆然としてしまってね。『この包み方だと、ここから海苔をひっぱって、ってやったら、海苔が切れちまいそうだし、おにぎりは持ってなきゃいけないから、手がベトベトになるじゃないか。かえってめんどくせえな。』って言うんですよ。僕は、おじいちゃんに、僕の未開封のおにぎりを使って開け方を教えてあげたんです。そしたら、『ああ、そうやって開けるのか。なるほど。便利な世の中になったなあ。』って、感動してて。」


 「はははっ。そうなんですか。柿生さんのおじいさまと同世代の方だったら、おじいさまのように、おにぎりの開け方が解らない人、確かに居るかもしれませんね。」


 森實は、柿生美佐男にそのように返した。


 ふと、青島瑞樹の年齢が気になってきた。


 森實は、現在二十八歳だが、白髪交じりの青島の年齢は、いくつなのだろう。



◇◇◇


 ピンポン!


 ドスドスドスドス・・・。

 青島が廊下を歩く音が、玄関先で聞こえた。


 「は~い!」


 「『ペンギン快特便』です。お荷物をお届けに参りました。」

 少し緊張している森實は、『クール便』の荷物を片手で持ち、帽子のつばを下げた。



 ガチャッ。


 「こんばんは。森實さん。配達ご苦労様。これからもう、帰るだけでしょ?どうです?今日も良かったら、少し上がっていったら?」



 森實は、心臓の音が丸聞こえになってしまうのではないか、と思うほどの心臓の高鳴りを感じながら、赤くなった顔がバレないように、少しうつむいた。

 


 「今日も暑かったでしょ?麦茶でも一杯、あがってってくださいよ。」


 「あ、はあ。昨日に引き続き、ご馳走になってしまっていいんでしょうか。」


 「もちろん!無理強いは出来ないけど、良かったら!」


 「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて、お邪魔させていただきます。」


 足の裏の匂いを気にしながら、森實は靴を脱いで、青島の自宅の廊下を歩いた。




 青島は、冷蔵庫から、水出し麦茶が入った容器と二つのグラスを取り出し、トレイに乗せてテーブルに運んだ。


 「今夜も配達してもらって、助かりました。どうぞ。」


 青島は、森實に冷えたグラスを手渡すと、麦茶の入った容器を傾けて、おしゃくをするように麦茶を注いだ。


 「いえ。こちらこそ、ご用命いただきまして、ありがとうございます。いただきます。」


 のどかわいていた森實は、グラスの中の麦茶を一気に飲み干してしまった。


 「暑かったですからね~、今日も。」


 そう言いながら、青島は森實のグラスに麦茶を追加した。


 「ああ、すみません。ありがとうございます。」



 「俺、魚がもの凄い好きなもんで、それで今の仕事をしているんですよ。毎日、磯と魚の香りがして。売り物にならないものは、その場で食べれる。少しお金を払えば、持って帰ってもいい、って言ってくれるし。・・・毎日、大好きな魚を食べれて、幸せですよ。」


 「お手伝いが出来て、光栄です。」


 ニコニコしながら、森實が言った。



 「森實さん、もし良かったら今夜、魚料理、少し食べていきません?もちろん、無理強いするつもりはないよ。だけど、つい欲張って、たくさんの魚を配達してもらっちゃったから、自分一人だと食べ切れないんだよね。」


 森實は、突然のオファーに戸惑った。


 「余っちゃうんだよね~。一緒に食べてってくんない?」


 「それは、申し訳ないかと・・・。」


 「急いでんの?」


 「急いではいないですけど。お茶だけでなく、お食事までご馳走になるのは、悪いかなって。」

 しかし、森實の顔は、穏やかな笑みを湛えていた。


 「だったら、食べてきなよ!俺さ、一人暮らしだから、夕飯はずっと一人で食べてきたんだけど。時々、誰かと一緒に食べたいな、って。あ、森實さん、奥さんが作って待ってるか。」


 「いえ、私は独身で、一人暮らしなので。」


 青島の顔が、ほっこりゆるんだ。


 「そうなんですね。じゃあ、一緒ですね!あ、お魚、嫌いとか?」


 「いや、魚介類は好きです。」


 「それじゃあ、決まり!食べてってよ。」


 「あ、それなら・・・申し訳ないんですけれど、おトイレ、お借りしてもよろしいでしょうか。」


 「あ、ど、どうぞ。そこの扉だから。」


 青島は、トイレの扉を指さした。

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