幻魚 第5章

 森實もりざねは、『青木ヶ原樹海』で首を吊った後、何かをムシャムシャ食べたような感じがした。そして、食べ終わるころ、ジャリジャリと砂を噛んだような感じがした。


 実は、ロープをかじって森實を下に落としたリスが食べさせたキノコは『幻覚キノコ』だった。


 『幻覚キノコ』を食べた森實は、しばらくの間、度々幻覚を見るようになった。



 また、睡眠中に見る夢には、やたらとマンダラの動画が現れるのだった。


 マンダラの中心に向かって、周囲の円が吸い込まれるような動画が、延々と続く。


 「今朝も、マンダラの夢か。」



 しばしばマンダラの夢を見て、普段から泣き上戸の森實は、いわゆる魂と感情の『浄化』がパーフェクトレベルに上り詰めていた。


 魂と感情の『浄化』がなされたので、『引き寄せの法則』により、幸せになるための『引き寄せ力』は、かなり高まったと言えるだろう。


 つまり、森實の『潜在意識』の願望が実現しやすい状態になっているのだ。



 人間の『潜在意識』が、自身の死を望んでいるはずがない。


 『青木ヶ原樹海』で、森實に同情してりついた大多数の幽霊たちは、森實を幸せにするための協力は惜しまないことを、あらためて誓った。


 『引き寄せの法則』と幽霊たちの協力により、森實の願望は、近々実現しそうである。


 森實は、生きている間に、成し遂げたい夢が叶う日が近いようだ。


◇◇◇


 「本日も、宜しくお願いします。」

 柿生美佐男かきおみさおが森實に言った。


 「こちらこそ、宜しくお願いします。」

 森實大樹もりざねたいきが言った。



 「森實さん、今日は『集配しゅうはい』ですね。」


 「そうですね。」


 「『旭漁港あさひぎょこう』で水揚げされた魚を、『クール便』で各方面に配達するということなので、伝票、多めに持っていきますね。」


 「ありがとうございます。」


 

 「諏訪部すわべチーフが亡くなってから、しばらく経ちますね。」


 「はい。」


 「諏訪部チーフって、正直、僕にはきつかったですね。」


 「ああ、そうですよね。きつかったですよね。」


 「なんか、こう、厳しすぎるっていうのか。何だか、苦手でしたね。」


 「ああ、そうだったんですね。」


 柿生美佐男は、森實とのこのようなやりとりの中で、森實が受けた痛手を感じ取っていた。


 本当につらかったからこそ、何も言えないのだ、と思うと、弟の裕太ゆうたの友人の栗林重徳くりばやししげのりに、諏訪部六郎を殺害するための呪術じゅじゅつを依頼して良かった、と思うのだった。


◇◇◇


 「そのバットは『弥勒寿司みろくずし』さん、あっちのカタマリは『ミカド海鮮食堂かいひんしょくどう』さん、そっちの・・・。」


 漁港の責任者の内堀うちぼりが、『クール便』を配送する場所について説明した。


 「内堀さーん、この人たちにそんな風にダラダラ言ったって、つーじねーよ!住所言わなきゃしょうがないでしょ⁉」


 「んなことわかってるよ!お前らが伝えればいいだろ‼」



 「俺がやります。俺に任せてください。」


 『旭漁港』の、アーノルド・シュワルツェネッガーのような筋肉隆々のガチムチ男は、『ペンギン快特便』への配送手続きを全て行うと言った。



 「『旭漁港』から配送する公式の『クール便』は以上です。よろしく。あと、もう一つ、頼んでいいかな?・・・商品として店に出せない魚を、俺の自宅に届けて欲しい。あ、もちろん、漁港に内緒で勝手にくすねるってんじゃあないよ。漁港にはそれなりの料金は支払って手に入れた魚だ。この箱、お願いします。」


 アーノルド・シュワルツェネッガーのような筋肉隆々のガチムチ男は、氏名と自宅の住所を伝票に書き始めた。


 森實は氏名欄を確認した。


 (青島瑞樹あおしまみずき・・・。)


 「時間指定で、夜六時から九時でお願いします。」


 「わかりました。確実にお届けします。」


◇◇◇


 「この住所なら、自宅に帰る途中に寄れるので、私が届けます。」


 森實が、軽い荷物なので、会社名義の軽自動車で帰宅するついでに届けるから大丈夫だ、と柿生美佐男に言った。


 「そうですか。わかりました。お願いします。本日もお疲れ様でした。明日もまた、宜しくお願いします。」


 「こちらこそです。宜しくお願いします。」


 森實はそう言うと、宅配すべき荷物を受け取り、自宅に向かう会社名義の軽自動車に乗せた。



 森實は、浮足立っていた。


 筋肉隆々のガチムチで、『旭漁港』の伝票を仕切っていた男性、青島瑞樹あおしまみずきは、森實のタイプだった。


 タイプの男性である青島瑞樹の家に、これから宅配をするのだ。




 森實は、アーノルドシュワルツェネッガーのような、筋肉隆々の大きい男が好みであった。


 そのような男性に、思い切り愛されてみたい、という願望があるのだ。




 いきなり、そのようなことにはならないだろうが、自宅を知ることができただけでもラッキーだと言えるだろう。


 「一期一会いちごいちえかもしれない。」


 森實は、青島瑞樹の自宅の住所と電話番号をスマホに登録した。

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