幻魚 第3章

 森實もりざねは、『ペンギン快特便』のシフト決めの時に二日連続で休みを取った。


 二連休の初日、コンパスと太くて丈夫なロープと、キャンプ用の折り畳み簡易椅子を量販店で購入した。


 その足で、『青木ヶ原樹海』に向かった。


 事前に用意してあった、樹海までの地図も持っていった。


 コンパスを見ながら、自殺の名所を目指して、ひたすら歩いた。


 コンパスの針が、グルグル回るところまで来れば、誰にも自分の死体を探すことは出来ないだろう。



 コンパスの針が、グルグル回り出した。


 「この辺りで、ロープを吊り下げるための太い枝を探そう。」


 森實は、上を向いて、適当な木を探し始めた。



 「この木にしようかな。」


 

 手を伸ばせば、右手の中指がかろうじて届くような、割と太い枝を見つけた。


 簡易椅子に乗って、ロープを枝に引っ掛けて、結んで固定した。


 簡易椅子に乗ったままで、ロープをギリギリまで引っ張り、自分の首に巻き付けて硬く結わいた。


 あとは、乗っている簡易椅子を蹴飛ばせば、死ねる。




 「さようなら。」




 首に巻いたロープを両手で持ちながら、森實は思い切り簡易椅子を蹴飛ばした。





 意識が・・・遠のいていく・・・。






 森實の呼吸が、完全に止まった。





 





 ロープをかけた木に、巣を作っていたリスが、何事か、とばかりに出てきた。


 「なんだこれは!こんなものがあったら、子供たちがつまづくじゃないの!」




 カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ・・・。




 母親とみられるリスが、巻き付けてあったロープを、歯でかじっている。



 カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ・・・。



 ロープが、森實の重みで、切れそうだ。



 カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリ・・・。



 ブチッ!



 ドサッ‼



 すでに息をしていない森實が、地面に落ちた。





 先程の母親のリスが、下に降りてきた。



 「あら、人間ね。お腹すいているのかしら。元気がないわね。」



 母親のリスは、近くに生えていたキノコをちぎった。



 そして、森實の口に運んだ。


 「お食べ。」


 キノコを口に乗せられた森實は、目覚めないまま、口だけを動かしていた。



 ムシャムシャ・・・。



 森實は、リスが口に乗せたキノコを食べてしまった。



 ムシャムシャ・・・ジャリッ!



 歯で感じた、砂を噛んだような感触が、森實の口の中を不快にした。








 「う~ん。」


 森實は、目を覚ました。


 「・・・あ、あれ?私は、死んだはずじゃ・・・。」


 森實は、辺りを見回した。



 自分の部屋だ。



 そして、いつものベッドの上に居た。




 「・・・・・・どういうことなのか・・・。」


 確かに、『青木ヶ原樹海』まで行って、ロープを木にくくり付けて、簡易椅子を蹴飛ばして、首を吊ったはずなのに・・・。


 何故、私は、生きているのか・・・。


 しかも、自分の部屋に居る。


 どうやって、自分の部屋に辿り着いたのか。


 「おかしいな。首を吊った直後、首が苦しくて、何も考えられないほどの痛みだった。・・・夢じゃないはずなのに。実際に、私は、首を吊ったのに!」


◇◇◇


 翌週、『ペンギン快特便』のバイトのシフト決めの時に、二連休を取れた。



 二連休の初日。


 「今度こそ。」



 森實は、前回と同じように、コンパスとロープと簡易椅子を用意して、『青木ヶ原樹海』目指して電車に乗った。


 バスを降りて、地図を見ながら樹海を歩く。


 コンパスを見ると、グルグルし始めた。



 「こないだの場所は、もうわからない。・・・この辺りにしようか。」



 森實は、丈夫そうな枝を見つけると、簡易椅子に乗り、ロープを木に巻き付け、自分の首にも、しっかりとロープを巻き付けた。




 「今度こそ。・・・さようなら。」




  森實は、簡易椅子を蹴飛ばした。




  ギリギリギリギリ・・・。


  森實の首に喰い込むロープ。




 (く、苦しい・・・。・・・今度こそ・・・死ねる・・・。)






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