犠牲者の呪術 第11章

 その日も柿生美佐男かきおみさおは、アルバイト先である宅配業の『ペンギン快特便かいとくびん』に出勤した。


 「おはようございます!」

 「おはようございます。」


 挨拶をしてから、タイムカードを押した。



 「森實もりざね、ちょっと来い。」


 職場では美佐男と一番仲の良い森實大樹もりざねたいきが、上司の諏訪部六郎すわべろくろうに呼び出された。


 諏訪部と森實大樹は、奥の倉庫の方向に歩いて行った。



 バシーン‼


 ドサドサ、ボゴッ・・・。



 「なんだ?今の音。」

 「倉庫の方から聞こえたけど。」


 「あれだろ?チーフの・・・。」


 「・・・あ、ああ。」


 「今日も森實さん、絞られてんすかねー。」


 「気の毒だよなあ。チーフには、目を付けられたくねえな。」 



 「クビにしないだけ、ありがたいと思えよ!本当はお前なんか、辞めてもらった方が会社のためにはなるんだからな!」


 倉庫から、怒鳴り声がしてきた。

 倉庫内で怒鳴っているので、作業員が集合しているところまで響いていた。



 上司の諏訪部の後ろから、下を向いてうなだれた森實大樹がついて歩いて倉庫から出てきた。


 作業員たちは、聞かなかったフリをして、各々作業に戻った。



 四トントラックに配送する荷物を運び入れて、リストを見ながら、間違いがないように何度もチェックをした。

 配達先の住所と配達希望時間を確認して配送経路を決めたり、交通情報をチェックしたりしていた。


 柿生美佐男と、先程上司に絞られていた森實大樹は、今日も同じトラックに乗り込んで配送の仕事をする。


 「本日も、宜しくお願いします!」

 美佐男は、森實大樹に向かって挨拶をした。


 「こちらこそ、宜しくお願いします。」

 おどおどして気が弱そうな森實大樹は、美佐男の目を、下から見上げながら挨拶を返した。



 ピンポーン!


 「こんにちはー!『ペンギン快特便』でーす!」


 呼び鈴を鳴らして、配達先に声を掛けた。


 

 「あれっ、返事がないな。」


 ピンポーン!


 「こんにちはー!・・・居ないのかな。」


 「不在票、書きますね。」


 「ありがとうございます。森實さん。」



 バンッ‼


 二人は二十キロはある重い荷物をトラックに戻して、美佐男は運転席に、森實大樹は助手席に乗り込んだ。



 「そろそろ、お昼ですね。このトラックの荷物の次の配送希望時間は、十四時からになってますので、森實さん、どこかで昼メシ、食いません?」


 「そうですね。そうしましょう。」


 「どこにしますか?」


 「どこでもいいですよ。柿生さんの食べたいものに合わせます。」


 「そうですか。じゃ、とりあえず、何でもあるファミレスに車停めましょうか?」


 「そうしましょう。」



 森實大樹は二十八歳、美佐男は二十歳である。


 そして、森實の方がバイトの先輩でもある。


 なのに、森實は美佐男に敬語を使い、決して下に見てパワハラなどをしてこない上司だ。


 美佐男は、真面目で謙虚な森實を尊敬していたし、仕事をやりやすい状態にするために、気を使ってくれていることに感謝していた。 



 二人はファミレスの駐車場に『ペンギン快特便』の四トントラックを停めた。


 「いらっしゃいませ。」

 ウェイトレスがおしぼりとお冷を持ってきた。


 「ご注文は、こちらのタブレットからお願いします。」


 「わかりました。ありがとうございます。」


 美佐男はタブレットを手に取った。


 「今、大手チェーン店は、どこもタブレットになってますね。」


 「そうですね。」



 「そう言えば、先程、諏訪部チーフと倉庫の方に行かれましたよね。みんなで、すごい音がしたよねって言ってたんですけど。・・・何かあったんですか?」


 「あ、ああ、・・・いきなり、突き飛ばされて、積んであった荷物に当たってしまって、荷物が崩れてしまったんです。」


 美佐男は、水を一口飲んだ。 


 「・・・なんで、突き飛ばされたんですか?森實さんが、チーフに突き飛ばされなければならないことをした、なんて、想像もつきませんけど。」


 「私も理由はわからないんですよ。・・・ですが、もう慣れました。」


 「・・・今までも、そういうことがあったんですか?」


 「そうですね。」


 森實はそういうと、シクシクと泣き出した。


 美佐男は、森實が泣くとは思わなかったので、慌てた。


 「森實さん。おしぼりで顔拭くと、気持ちいいですね。」


 そう言いながら美佐男は、ビニールを破いて温かいおしぼりを森實に手渡して、自分も顔を拭いた。


 ◇◇◇


 「森實さんは、諏訪部六郎という大崎地区のチーフに、ストレス解消のために暴力を受けているって感じ。あの人、真面目で謙虚でいい人だけど、気が弱すぎて。見てられないよ。痛々しくて。・・・チーフの私生活とか性格はよく知らないけど、シゲノリさんの実験台にはうってつけかな、と思うんだけど。」


 「わかりました。やってみますね。」



 重徳しげのり胡坐あぐらをかいて、背筋を伸ばした。


 「あ、あああ、シゲノリ、ちょっと待って!カメラ持ってくるから!」


 裕太ゆうたがストップをかけた。


 「わかったよ。カメラの準備が出来たら、始めるからね。」




 (こいつ、何でこんなに冷静なんだ?悪魔かなんかがりついて、すっかり同化してる感じがする。怖いな・・・。)

 美佐男は思った。




 裕太が三脚とビデオカメラをセットして、重徳にピントを合わせた。


 「シゲノリの顔にはモザイクをかけて、ボイスチェンジャーもかけるから、シゲノリってバレないよ。心配しないでね。」


 「シゲノリさんが始める前に、チーフの情報を確認すると、諏訪部六郎、歳は確か・・・三十八かな、三十八歳。多分、結婚してる。先輩の森實大樹さんは二十八歳。この人をターゲットにして、いわれのない暴力を日常的にふるっている人物です。」


 「わかりました。ありがとうございます。」


 「動画編集は後でするから。シゲノリはいつでも始めて大丈夫だよ。カメラ、回すね。」


 裕太がビデオカメラの録画スイッチを押した。



 重徳が胡坐をかいて、目をつぶった。


 下を向いて、脳裏に浮かんでくる表層意識に集中すると、美佐男の職場で、諏訪部六郎が森實大樹に対して行っている言動のヴィジョンを、思い浮かべることが出来た。




 「『ペンギン快特便』大崎支店の職員、森實大樹さんを、執拗に痛めつけたチーフ・・・諏訪部六郎を・・・コロス。」




 (こいつ、見た感じ冷たそうだけど、意外に優しい奴?)


 重徳に懐疑的な美佐男が、森實の痛みを理解しているような呪文に、やや感動した。


◇◇◇

 

 「聞いた?諏訪部チーフ、死んだんだって。今本社から電話があった。」


 「えーっ⁉ウソー!」


 重徳の呪術から二日後には、諏訪部六郎は死んだ、ということだ。



 女性事務員が事務所内の連絡で知った諏訪部の訃報を、作業員に通達した。


 美佐男も森實も、そこで諏訪部六郎の訃報を聞いた。



 (・・・本当に、死んだんだ・・・。)



 美佐男は、なるべく早く『わんだほーえくすぺりえんす』会議を開いて、企画の提案をしようと思った。


 森實大樹は、何故か目に涙を溜めていて、寂しそうにみえた。


◇◇◇


 「裕太!今、ちょっといいか?」


 帰って来るなり、手洗いうがいもせずに、美佐男は裕太のところに飛んできた。


 「ああん?今雪見だいふく食べてるんだよ。甘くって冷たくって、美味しいなあ。アムッ。」


 「食べながらでいいから聞いてくれ。『ペンギン快特便』のパワハラ上司の諏訪部チーフが死んだ!」


 裕太は両方の眉毛を上げて、美佐男を見た。


 「ええっ⁉、・・・モグモグ・・・ゴクッ、シゲノリが呪いをかけてから、えっと、二日ぐらいしか経ってないのに。・・・もう、死んだんだ。」


 重徳がかけた呪いの効果が、あまりにも強力だったことに、裕太は驚いていた。


 「ああ、間違いない。本社からの通達だからな。」


 「やっぱり、シゲノリが言ったことは本当だったんだ!」


 「そうだな。もう、これ以上、実験をすることはないだろう。裕太の高校の三年三組の怪奇事件と、今回のチーフへの呪いの映像と、チーフが死んだ、という事実を、名前隠したり、モザイク入れたりで、動画作りたいんだけど。」


 「もちろん、僕は賛成だよ。もともと僕の提案じゃないか。」


 「早速、れんも呼んで会議したいんだけど。裕太、土日だったら都合つくか?」


 「うん。大丈夫だよ。」


 「よし、とりあえず漣に連絡してみる。漣が土日ダメだったら、日付を決め直す。三人で集まれる日を決めよう。」



 トゥルルルル、トゥルルルル、トゥルル、ガチャッ。


 「もしもし。」


 「漣?ミサオだけど。」


 「おお、ミサオ?こないだ以来だな。元気か?ちょ、ごめん。今、カップラーメン作ってんだわ。食ったら俺からかけ直す。」


 「わかった。待ってる。」


 プツッ!


 「カップラーメン作ってるんだって。」


 「兄ちゃんも、雪見だいふく食べなよ。冷蔵庫に兄ちゃんの分もあるよ。」


 「それを言うなら、冷凍庫だろ?」


 「どっちだっていいじゃないか!細かいなあ、兄ちゃんは。」

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