犠牲者の呪術 第10章
それから五日後。
『シゲノリ、元気か?最近、学校に登校していないそうじゃないか。下駄箱で全然会えないから、三組の亀山に聞いてみたんだよ。そしたら、ずっと学校に来ていないって言うから。何かあったのか?それから、三組の生徒が大勢亡くなったって知ってる?三組全体に怪奇現象が起きてるみたいだよ。ところで今度の日曜日、良かったら遊ばないか?僕、観たい映画あるんだけど、一緒に行かないか?返信待ってる!それでは!ゆーた』
「ゆーた、か。たまには一緒に映画、行こうかな。」
重徳はすぐに返信した。
日曜日の午前十時、駅近くの映画館で待ち合わせをすることにした。
◇◇◇
日曜日の午前九時五十分。
重徳が、映画館が見えるところまで歩いていくと、裕太はすでに来て待っていた。
(ゆーたは、絶対に、殺さない。)
「あっ、シゲノリ!」
ぽっちゃりと太った裕太が、右手を挙げて、愛らしい笑顔を重徳に投げかけてきた。
「シゲノリ、少し、痩せた?」
「いや、別に、痩せてはいないと思うけど。」
「そうか。とりあえず、映画館、入ろうぜ!」
裕太は、いきなり、根掘り葉掘り聞かず、映画の話題だけに絞って重徳と会話した。
二人は今流行っているアメリカのアクション映画を観た。
「いやぁ~、迫力あったなー。トーマスデイビス、カッコ良かったなあ~。」
「うん。面白かったね。」
二人は映画館近くのコンビニで昼食を買うことにした。
「ところでさ、三組の亀山から聞いたんだけど、しばらく学校行ってなかったんだって?」
「ああ、うん。だけど、両親には、学校に行ってるフリしてる。」
「何か、あったのか?」
「ああ、まあね。・・・体調不良が長引いていて・・・。」
二人はコンビニに入って、昼食を買って、公園に向かった。
「それから、三組の生徒、大勢死んだんだ。最初、男女二人が死んで、その後、十三人って言ってたかな。結局半分ぐらい、いなくなっちゃって、教室がガラーンとしてるよ。なんかいきなり、大勢死んでしまったんだよね。怪奇現象だよねってみんな言っててさ。ちょっと怖いよな。」
「うん。僕のところにも連絡網が来て。だから、知ってたよ。」
二人は公園に着いた。公園のベンチに座って食べ始めた。
「怖いよな~。そう言えば、三組ってさ、夏休み前に、クラスで肝試し、やったんだって?あの工場街で。」
「やったよ。僕も参加した。」
「ヤバいだろ。あの工場街。出るっていう噂だから、夜は誰も近寄らないところだぞ。だけど、実は僕も、行ってみたことがあるんだ。」
「へえ。」
「僕と兄ちゃんと、あと
「『わんだほーえくすぺりえんす』って言うのか。覚えとく。」
重徳にしては、優しい反応を示した。
「そうなんだよ。覚えといてね。そんで僕たち『わんだほーえくすぺりえんす』のアカウントで、三人のトークも交えて、日本に限らず、世界中の怪奇現象の動画を編集して配信してるんだけど、僕たちもあの工場街に、動画の取材で行ったことがあるんだ。しかも真夜中に。」
「そうだったんだ。」
「なんていうかさ、雰囲気がおどろおどろしいっていうか・・・ゾッとするような怖さがあったな・・・。」
「確かに、ちょっと不気味なところだよね。」
「知ってるか?昭和の高度経済成長時代の過酷な工場の職場環境。売り上げのためなら、従業員にどんな事でもさせていたらしいよ。そういうことが、どれだけ恐ろしいことか。あの工場街の中の工場に勤めていた人とか、工場街で起きた事件に詳しい人たちにインタビューさせてもらってさ。人が結構たくさん死んでいるんだって。仕事関係のことが原因で。」
『キャウッ!』
「・・・シゲノリ、今、何か言ったか?」
「・・・いいや、何も。」
「空耳かな。・・・死んでいった人たちは、仕事のキツさや、上司や社長などを恨んでいた人たちが多かったらしいよ。仕事のために犠牲になってきた『犠牲者』だね。」
『グャアオッ!』
「今なんか、動物の鳴き声みたいな、叫び声みたいな声、しなかったか?」
「空耳じゃないの?僕は、別に、聞こえなかったけど。」
重徳に一つのアイデアが浮かんだ。
「ゆーたの『わんだほーえくすぺりえんす』の怪奇現象のアカウント、面白そうだな。チャンネル登録者数って、どのくらいなの?」
「嬉しいなあ。シゲノリも是非、登録してくれよな。おかげさまで先週、五万人を突破したんだよ。」
「五万人か。凄いね。僕も是非、登録させてもらって、家で早速見てみるよ。」
「家で、と言わず、今、見てみないか?」
裕太はスマホを取り出した。
◇◇◇
映画を観て、昼食を食べて、『わんだほーえくすぺりえんす』の動画を見た。
重徳は最初、体調不良が長引いて学校に行っていない、と裕太に言ったのだが、工場街と肝試しの話題から、多分工場街での肝試しがきっかけで、思考力に異変が起きたこと、学校で腹痛が起きて、そのことが原因で虐めを受けたことを、裕太に正直に話した。
重徳は、高校にはもう二度と行かないかもしれない、と言ったのだが、裕太に説得され、また行かなければならないかもしれない、と思い始めていた。
重徳を虐めていたクラスメートは、全員死んだのだし。
◇◇◇
次の月曜日。
重徳はやはり、『不登校』を継続していた。
そして、裕太と会話している最中に浮かんできた、あるアイデアについて再考していた。
重徳は、人を自由自在に殺せる力を身に付けてしまった。
重徳は、自分を虐めた生徒たちを全員、殺してしまった。
しかも、一切手を汚さずに。
呪っただけで、彼らは数日後に死を迎えた。
これを、ビジネスにしよう、と思いついたのだ。
そのために、裕太に全て、本当の事を話す必要があった。
何故ならば、『わんだほーえくすぺりえんす』を使う必要があるからだ。
裕太に、この謎の『闇の力』について理解してもらうには、『闇の力』が本物であることを示さねばならない。
そのためには、裕太の目の前で『闇の儀式』を行い、あるいはその状態を録画してもらうなどして、証拠を残さねばならない。
そして、呪った人物が死亡した証拠までを、動画に収める必要があるのだ。
重徳は裕太にメッセージを送った。
ポロロロン!
裕太はスマホを取り出して、着信をチェックした。
『ゆーたに相談があります。僕が食事をご馳走するから、次の日曜日に、近くのファミレスにつきあってくれませんか?返信待っています。シゲノリ』
「うわあ、シゲノリからメッセージだ!兄ちゃん!」
「随分、嬉しそうだな、裕太。まるで、好きな女子からラブレターを貰ったみたいになってるぞ。」
「シゲノリは、『わんだほーえくすぺりえんす』のチャンネル登録者になってくれたんだぞ!」
「ほいほい。彼はお得意様になられたんでしたっけねぇ。」
兄の美佐男と、弟の裕太の会話である。
◇◇◇
「カイト。」
「美咲。」
二人は、『夏休みだョ!全員参加で肝試し、ダァ~!』のイベント以来、ラブラブであった。
「それじゃ、そろそろ受験勉強しよっか。」
魁斗は美咲の肩を抱きながら言った。
「頭がいい彼氏で良かった。数学の宿題を教えてもらえるもん。」
美咲は魁斗の顔を、下から見上げながら言った。
「まかせてよ!あれぐらいのレベルの問題なら、どんな問題でも解説出来るよ。」
想像していたよりもいい子だったので、魁斗は美咲を彼女にすることができた幸せを
(『引き寄せの法則』を教えてくれた
◇◇◇
土曜日の午後三時。
『これからゆーたの家にお邪魔します。よろしくお願いします。シゲノリ』
「ったく、言い方がみずくさいんだから。何年、お前と付き合っているんだ、シゲノリ。」
『手ぐすね引いて、待ってるヨ!ゆーた』
結局、ファミレスではなく、
夕飯も一人で用意しなければならない週末に、重徳が来てくれることになった。
ピンポーン。
「シゲノリだ!はーい!」
「こんにちは。」
「シゲノリ!どうぞ!入って!」
裕太がもてなした。
「うわあ、こんなに買ってきたの?」
「僕が空いた容器を全部持って帰るから。好きなだけ食べてね。」
重徳はコンビニで、おにぎりやサンドイッチや弁当など、合計三千円分ぐらいの食事を裕太に手渡した。
「いいの?こんなに、たくさん。」
「ゆーたとなら全部食べられると思うよ。僕の相談事を聞いてもらうんだから、当然じゃないか。」
「今日はお父ちゃんもお母ちゃんも帰って来ないし、兄ちゃんは夜十一時頃、帰って来る予定だけど。話が長引いたら、僕の部屋に泊まっていってもいいよ。」
「ありがとう。話が長引くかどうかはわからないけど、かなり中身が濃い話だよ。」
「そうなんだ。・・・一体、どうしたの?」
◇◇◇
「えーっ⁉それじゃあ、三年三組の亡くなった生徒っていうのは・・・。」
「そうなんだ。全員、僕を虐めた奴ら、なんだ。」
「シゲノリが、そのっ、・・・『闇の声』?ってやつが聞こえた時に、シゲノリを虐めた奴を、消してくれって、頼んで、その後、いっぺんに大勢の生徒が死ぬっていう怪奇現象が起きたってこと?」
「まあ、そんなところかな。僕もさ、本気にはしてなかったんだよ。だけど、腹の調子が悪かっただけで、あそこまでされてクサクサしてたから、冗談だろうけどスッキリしたかったから、言われた通りにやってみたんだ。・・・そしたら、連絡網が回ってきて、ビックリしたんだ。本当に、奴らが、死んだんだから。」
「・・・こ、これこそ、『わんだほーえくすぺりえんす』の企画にピッタリだ。兄ちゃんに早速相談してみるよ。」
「その前にさ、・・・ゆーたは僕の言うことを、全面的に信用してくれているみたいだけど、何か証拠のようなものが欲しいとは思わないのか?こんな、信じがたい話を、まるごと信じてくれるのか?」
「そりゃあ、シゲノリが言うことに間違いはないからさ。僕は信じてるよ。」
「だけど、ゆーたのお兄さんや、その、
「うーん・・・。」
裕太は眉間にシワを寄せて、シゲノリを毛嫌いしている美佐男の事を思った。
漣は美佐男の友達だから、自分よりも美佐男の言うことを信じるだろう。
重徳の企画が通らないかもしれない。
「そうだね。僕以外のメンバーを納得させた方がいいかもな。」
「納得させるには、僕が『闇の声』に導かれた通りに行う儀式の様子と、呪った人間が死んだ事実とが必要になってくると思うんだ。・・・誰にしようか。」
「え?・・・消えて欲しい人、ってこと?・・・えー・・・僕にはそういう人は、いないけどな・・・。」
「だけど、お兄さんたちを納得させるには、その方法しかないよ。」
『キキキキキキ。』
「あれっ、今何か聞こえなかった?」
「・・・何だろう。何か聞こえた?」
「・・・気のせいかな。・・・どうしよう。僕には消えて欲しい人なんていないや。」
「じゃあ、ゆーたの友達や、ご家族は?例えば、ゆーたのお父さんのパワハラ上司とか。」
「知らないよー、お父ちゃんの上司なんか。・・・うーん・・・。」
「ゆーたの友達は?誰かに虐められてる友達とかいない?」
「友達かぁ・・・。心を許せるのは、シゲノリだけだし。・・・あ、そう言えば。」
「誰か、思いついたのか?」
「兄ちゃんのバイト先の・・・えーっと、何ていったかな・・・なんか、兄ちゃんと仲がいい人に、いつも当たってくる人が居るって言ってたなあ。だけど別に、消したいと思っているほどじゃないかもしれない・・・。」
「消したいよ。」
「あれっ、兄ちゃん!バイトは?」
「僕が勘違いしててさ。バイトは明日だった。今日はバイト休みだったから、途中で引き返して帰って来た。あ、シゲノリさんですか。弟がいつもお世話になってますー。」
「お邪魔してます。」
「兄ちゃん、今の話、どっから聞いてた?」
「いや、僕のバイト先に、僕が消したい、と思っている人が居るってところからかな?」
「それ、ホント?ホントに消したいと思ってるの?」
「ジョーダンだよ。だけど、そういうやつの一人や二人、誰にでも居るだろ?」
「ジョーダンでは、そう言えちゃうようなやつ?」
「そうだよ。」
◇◇◇
「へえ~。それじゃ、ジョーダンかと思ってやってみたら、ホントに死んじゃったと。」
「兄ちゃん、『へえ~』とか言うの、やめろよ!」
「わりぃ。でもさ、僕は正直、確かめてみたいよ。本当だとしたら、すごいことだよね。シゲノリさんにしか、使えない能力なんだとしたら、是非、確かめさせてもらいたいなあ。漣に相談するのは、それからでもいいかな。」
「本当ですか?ありがとうございます!」
こんな話題で承諾されたからといって笑顔で礼を言う重徳のことを、美佐男はやはり少しおかしい奴だと思ったが、表情には出さないように注意した。
「裕太に消したい人間が居ないんだとしたら、僕から一人、候補者を紹介させてもらってもいいかな。」
「是非、お願いします!」
重徳は、笑顔で美佐男に礼を言った。
(これから、人を消そうとしているときなんだぞ。何でこいつは、こんなに笑顔なんだ。怖い奴。)
美佐男はそう思った。
「裕太とは丁度、次の動画の企画のアイデアについて、話し合っている最中だったんだ。だから、シゲノリさんの提案は、まさに『渡りに船』だよ。・・・それで、シゲノリさんに消される候補者なんだが、僕のバイト先の人間なんだ。」
「その人の写真とか名前とか年齢とか、消したい理由の根拠となる事実などがあれば、僕が実際に対面しなくても、消せると思います。」
「そうですか。それじゃ、消したい理由を説明するね。」
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