犠牲者の呪術 第9章

 重徳しげのりの『不登校』が始まって一週間が過ぎた頃であった。


 午後二時。


 空腹であるにも拘らず、昼食を食べることもできないほどのうつ状態になっていた重徳は、部屋のベッドで、ただ横たわっていた。


 何も考えずに。


 何も考えることが出来ずに。




 すると、少し前まで西の窓から差し込む日差しで眩しかったのだが、急に真っ暗闇になった。



 「・・・えっ⁉・・・目を開けているのに・・・暗い・・・。真っ暗だ。」



 『・・・クリバヤシシゲノリ・・・。』



 ガバッ‼

 どこからともなく聞こえてくる『謎の声』に驚き、重徳は飛び起きて、ベッドに座って背筋を伸ばした。


 「は、はい・・・。」


 重徳は、謎の声に名前を呼ばれると思わず答えてしまった。


 「何か聞こえる・・・天の声?」



 『・・・ヒカリヲウバワレタモノ・・・ヤミガミカタスル・・・』

 


 すると、重徳の頭の中で、様々なイメージが交錯した。


 音声ではない、絵でも映像でもないイメージが、重徳に訴えかけた。


 重徳は、降りてきたイメージを言語に置き換えてみた。



 「・・・他人から、本来僕が持っている『光』を奪われたから、僕が持つ『闇の力』が大幅に増幅した。この『闇の力』は、他人を呪うだけで、傷害、殺害、他人の運気を下げることができる力だ。他人の人生の邪魔をして、台無しにすることに成功するパワー。僕はその凄まじい『闇の力』を手に入れた、らしい・・・。」



 重徳は、真っ暗闇の中、ベッドに座ったまま背中を丸めて、イメージを言語化したところで、あらためて反芻はんすうしていた。


 すると、重徳を包んでいた白昼の真っ暗闇は突然、午後二時の明るさに戻った。



 「・・・何だったんだ・・・今のは。」



 急に寒気がしてきたので、重徳は再び布団をかぶって寝てしまった。


◇◇◇


 謎の声と謎のイメージが頭を渦巻いた、その日の真夜中。


 父親と母親が帰宅して、食事を摂って、風呂に入って就寝したらしい音が聞こえていた。



 午前二時。


 重徳は、目が爛々らんらんとして、眠ることが出来ずにいた。


 白昼の真っ暗闇の中、イメージされたことが気になってきた。



 「試しに、誰かを呪ってみようかな。・・・誰にしようかな。」




 『ダレニシヨウカナ。』


 『カナ・・・カナ・・・。』




 「はっ!昼間の『謎の声』・・・。」




 『ソノチョウシダ、シゲノリ。・・・ダレニシヨウカナ。』



 重徳は、全力疾走をしてきた後の様に、ドキドキしてきた。


 『カナ・・・カナ・・・。』



 「僕に・・・恥をかかせた奴を・・・コロス。」


◇◇◇


 それから二日後。


 両親には学校に行くフリをして『不登校』を続けていた重徳のスマホに、学校のアドレスからメールが届いた。



 『三年三組の高梨慎吾たかなししんごくんと梶山美津子かじやまみつこさんが死去しました。葬儀の日程につきましては・・・。』



 「・・・死んだんだ・・・しかも、二人・・・。こいつらが、僕に恥をかかせた、ということなのか?それとも、偶然か?・・・僕とは無関係なのか?」





 『シゲノリノ、ノロイノチカラデ、シンダ・・・。』





 『天の声』ならぬ、この『謎の声』は、『闇の声』なのか、また聞こえてきた。





 『・・・オマエガコロシタ。』





 『キャーッキャッキャッキャッキャッキャッ・・・。』



 しかし、重徳の心には、何も響かなかった。


 クラスメートが二人も死んだというのに、いたむ気持ちはいてこなかった。


 人間にはもともと、関心がないし、劣化した人間が死のうが生きようが、どうでもいい、というのが、重徳の心であろうか。





 『アア、オイシカッタ。ゴチソウサマデシタ。ツギノゴチソウハ?』




 『ダァ~・・・・・・レ。』




 『キャーッキャッキャッキャッキャッキャッ・・・。』





 「そうか、僕が殺せば殺すほど、『闇の声』の主は、喜ぶんだな。よし!次に死んでもらう人を決めよう!」


 重徳は三分ほど考えて、すぐに決めた。


 「あの二人に便乗して、僕に『ブー』と言ったクラスメートを、コロス。」


◇◇◇


 高梨と美津子が死んでから二日後。


 登校したフリをして『不登校』のままでいる重徳のスマホに、学校のアドレスからメールが届いた。


 『三年三組の生徒十三名が死去しました。葬儀の日程につきましては・・・。』


 「また死んだ。」


 


 『オマエガコロシタ。』


 『キャーッキャッキャッキャッキャッキャッ・・・。』



 「・・・僕の呪いのチカラは、本物みたいだ・・・。」


◇◇◇


 重徳は、まだ母集団が足りない、死亡確率は百パーセントでなければ、呪いの力は確かとは言えない。

 もう少し実験をしてみよう、と思った。



 「わかりやすくいこう。向かいの家の亀田さんの家族全員。」


 向かいの亀田家は、父親と母親、そして、五歳の男児と七歳の男児の四人家族で構成されている。


 父親と母親が、栗林家のスペックの高さを妬んでいるようで、重徳の事を『ガリガリ君』だの『頭でっかち』だの、壁の薄い家の中で大声で悪口を言っていたのを家の前で聞いたことがあった。

 そのため、小さい子供も真似をして、家の前の道路で、重徳の事を大声で『頭でっかちのガリガリくーん!』などと揶揄やゆして笑っていたのだった。


 「向かいの家族が死ねば、葬式を出したときにすぐにわかるからな。あの子たちにも実験台になってもらおう。」



 重徳は、ベッドの上に座り、胡坐あぐらをかいた。




 「向かいの亀田家の全員を、コロス。」


◇◇◇


 重徳が向かいの亀田家を呪って五日後。



 亀田家の親戚たちがこぞって喪服を着て、葬式を執り行っていた。




 「回覧板が回って来たわ。向かいの亀田さんのご家族、四人とも、亡くなったんですって!」

 「・・・そうか。気の毒に。二人の子供なんて、まだ幼子だったじゃないか。」


 たまたま日曜日だったこともあり、回覧板に目を通した重徳の両親も、近所のよしみで香典を用意して参列した。


 重徳は体調が良くないから、と言って、参列を断った。

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