犠牲者の呪術 第8章

 今日の登校日の授業は、午前中で終了だ。


 重徳しげのりの爆音を録音した高梨たかなしは、数学の成績が常に悪い生徒だ。

 高梨は、登校日のカリキュラムが終わると、周囲の男子に声を掛けた。


 「これから、ファミレス行って、メシ食わね?俺のおごりで。」


 「マジで⁉いいのかよ!」


 「俺は自分の分は自分で払うけどさ、メシ食いに行こうぜ!」




 高梨たちは、高校の近くにあるファミレスに直行した。


 とりあえず、タブレットでドリンクバーを注文し、飲み物とおしぼりなどを持ってテーブルに戻ってきた。




 「面白いもん、録音しちゃったんだよ。」




 高梨はスマホを取り出して、テーブルに置いた。


 「・・・さっき、数学のテストの時、シゲノリが教室出たろ?実は、一時間目の自習の時間も、一瞬、消えてたんだけど、奴が戻ってきたらさ、なんか匂うわけ。それに、ソワソワしたり耐えたりしてて、朝から様子がおかしかったんだよ。」


 「腹の調子が悪かったんじゃね?」


 「俺もテスト中、シゲノリがトイレに行った後でトイレに行っただろ?鍵かかってるトイレは一か所だけだったからさ、その隣に入ったわけよ。」


 「それで、録音してたってわけか。」


 「そうなんだよ。ここに、シゲノリの爆音が入ってる。」

 高梨はスマホを指さしながら言った。




 ブーッ!


 メロンソーダを飲んでいた男子が、吹き出してしまった。



 「・・・汚ねぇなあ。早く拭けよ。」


 「ごめんごめん。いや~、そういう話だとは思わなかったからさ。」


 吹き出した男子は、おしぼりでテーブルを拭いた。



 「カレー食おうと思ってたのに、食えなくなった!」


 「ははははは!」


 「聞いてみようぜ!」


 

 昼食時だというのに、割と静かなファミレスの中で、テーブルの一か所に耳を突き合わせた高校生男子たちの耳には、ハッキリと重徳の爆音が聞き取れた。



 「キャッハハハハハ!」


 「うわっ!これ、マジすげー!うけるー!」


 「拡散しようぜ!拡散!」


 「音だけだから、重徳の音だって証明は出来ないけどさ・・・調子こいてるシゲノリのイメージが悪くなればいい。この機会に、あいつを引きずりおろそーぜ!」


 「さんせーい!」


 どうやら重徳は、この男子グループから嫉妬されていたようだ。


 「片っ端から女子のLINEに送信するから、知ってる限り女子のLINE、俺に教えて!」


 「了解でーす!」


 嫉妬男子たちは、各々スマホを取り出した。


◇◇◇


 夏休み。次の登校日。


 「今日は国語か。国語は共通テストで八割から九割取れればいいからな。」


 重徳は、国語の教科書と資料集とノートを鞄に入れた。


 「今日は体調がいいみたいだ。良かった。」



 重徳は自分の席に座った。


 教室内は、いつもと変わらないようだ。


 しかし、『夏休みだョ!全員参加で肝試し、ダァ~!』以来、梶山美津子の視線を感じなくなった。


 それだけではない。


 皆川魁斗みながわかいと藤田美咲ふじたみさきが、いつも一緒にいてイチャついているようだ。


 (肝試しから、付き合い始めたのかな。別にどうでもいいけど。)



 「おはようございます、栗林先生。今日もとっても、いいにおい~。」


 後ろから大声で挨拶した高梨は、最後に目玉を上に向けてふざけた顔をしてこう言った。


 「おはようございます。」


 軽く会釈をしながら、重徳が挨拶を返した。


 重徳が前を向くと、高梨は途端にムッとした表情になった。


 録音した爆音を女子たちにLINEしたのだが、高梨の爆音を、重徳の爆音として送って来たんじゃないか、とほとんどの女子たちは、重徳の音だということを信じなかったので、高梨は面白くなかったのである。




 しかし、この高梨の動きに同調した女子が居た。

 

 梶山美津子かじやまみつこであった。


 高飛車で女王様気質の美津子は、『夏休みだョ!全員参加で肝試し、ダァ~!』で重徳とペアを組んだのだが、持ち上げてもらえず、居心地がすこぶる悪かっただけでなく、自分の価値を認めてひれ伏さないどころか、なんとなく、軽んじられ、馬鹿にされているような感じすらうけたのだ。


 重徳と付き合いたいと思っていた自分の目は完全に狂っていたことを思い知らされたのと、見下げられた分だけでも、何らかの仕返しがしたくなったのであった。


 送信されたLINEをチェックした美津子は、高梨とタッグを組んで、重徳を突き落としたくなった。


 

 一時間目の国語の授業が終わり、休み時間になった。

  

 「高梨。」


 高梨は、いきなりの美声にビックリした。


 顔をあげると、梶山美津子であった。


 高梨は思わず、頬を赤らめてしまった。


 「ちょっと、いい?」


 「・・・いいともー!」


 お調子者である。



 二人は、誰も居ない廊下の突き当りに行き、美津子は単刀直入に、重徳を引きずりおろす作戦を練っていこう、と高梨に提案した。

 


 高梨は、即、同意した。



 「お昼、一緒に食べない?」


 夢のような提案であった。


 「は、はい!喜んで!」


 「友達は、呼ばないでね。二人だけでご飯しましょう。」


 「は、はい!梶山さんの仰せの通りに!」


 高梨は、真っ赤になって、デレデレしながら言った。



 二人は高校の近くにあるファミレスでランチを食べながら、次の登校日に重徳に陰湿な虐めをすることで合意した。


 下駄箱には、メンタルが下がるような物体を置き、椅子には画鋲を乗せ、LINEで拡散された爆音は、間違いなく重徳の音だ、重徳とすれ違いざまに『ブー』と言ってみんなで笑おう、というコメントをつけて、再びLINEでトイレでの爆音を拡散し、クラス中に知れ渡るようにした。




 次の登校日に虐めを受けた重徳は、それ以降の登校日に学校に行かなくなった。


 二学期は、始業式から高校を休み、その後も登校しない日が続いた。


 いわゆる、『不登校』が始まった。


 朝、高校に行く仕度をして家を出て、二時間ほど外で時間を潰して家に帰る。


 両親は、夜遅くならないと戻らないので、高校に通っているフリをしていればいい。


 家に戻ると、夕食の用意がしてあるので、適当な時間に食べればいい。


 重徳が『不登校』に陥っていることに、重徳の両親は全く気付かなかった。


◇◇◇


 重徳は、簡単な数学の問題の解法もわからなくなってしまっていた。


 それこそ、簡単な因数分解すら、出来なくなっていたのだ。


 こうなっては、医学部受験どころではない。



 魁斗は、『引き寄せの法則』に基づいて『引き寄せ力』を高める言動を実践した結果、梶山美津子のハートを掴むこと以外の願望が実現し、人生が好転するきざしをみせていた。


 しかし重徳は、魁斗の願望実現の犠牲となり、人生を滅茶苦茶にされたのだ。



 重徳は、クラスの夏休み前のイベント『夏休みだョ!全員参加で肝試し、ダァ~!』が、このような事態になった元凶だ、と思った。


 あのイベントで、工場街の幽霊が自分にりついたのだろう。


 工場街で殺害された人間たちはきっと、数学が出来なかったに違いない。


 きっと、因数分解すら出来なかったのだ、と重徳は思った。


 「あのイベントに参加しなければ、こんな事にはならなかったのに。」

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