犠牲者の呪術 第7章

 『夏休みだョ!全員参加で肝試し、ダァ~!』を終えて、重徳しげのりに異変が現れ始めた。


 工場街の、仕事や上司や社長らに惨殺された人間の幽霊たちが、人類に対してネガティブマインドを持つ重徳に、こぞってりついたからだ。


 

 人類に恨みを持つ幽霊は、重徳の思考回路を破壊した。



 「簡単なはずの、夏休みの基礎数学の宿題が、解らない・・・。」


 自宅で宿題に取り組んでいた重徳がつぶやいた。


◇◇◇


 「あれは、ないわ。」


 キャミソールを着た梶山美津子かじやまみつこが、自宅の部屋から友人に電話を掛けている。

 どうやら、肝試しの後で美津子が重徳に愛想が尽きたらしい。


 「あんなヤバイ感じの男だとは思わなかった。やっぱり男は、学業成績やスポーツが出来る出来ないではないわね。私はシゲノリのことは、もう好きじゃないわ。」


 美津子は肝試しの時に、重徳の左腕に絡みつき、胸を押し当てるなどのサービスをしたのだが、重徳は、全く動じることなく、一人きりで歩いているかのようにひたすら冷静で、美津子の美しい横顔を、チラリと見るようなこともなかった。


 誰もが振り返る美貌の持ち主である、と自他ともに認めていると自負している美津子は、自分の美に自信を無くすことは無かったが、尊いまでの自分の美に対して、はしにも棒にもかけないような態度を取られたことが悔しかった。


◇◇◇


 重徳は、いきなりひどい腹痛に襲われ、早朝からひどい下痢をしていた。


 重徳の身体は、幽霊の恨みのエネルギーによって蝕まれ、あり得ないぐらいの体調不良をきたしていた。


 「・・・くっ・・・腹が・・・痛い・・・。」


 重徳は、部屋のベッドに横たわることにした。




 「うわっ!変な映像がっ!」


 目をつぶっている重徳の脳裏に、立て続けに映像が流れた。



 ・・・おじさんが、襲い掛かかってくる。



 ・・・縛られてコンクリートをかけられて、目の前が真っ暗になる。



 ・・・暗く狭い場所に何か月も閉じ込められ、その場で排泄をしている。



 ・・・過酷な労働を強いられている。



 ・・・誰かに背中を押され、高いところから突き落とされた。



 ・・・上司の異常なまでのパワーハラスメント。




 「うっ・・・く、苦しい・・・息が・・・。」




 重徳は、呼吸困難に陥った。




 突然、呼吸困難から解放される。


 「ぷはぁっ、はぁっ、はぁ~っ、・・・あ~、びっくりした。」




 重徳にとって、最悪な夏休みが始まった。




 「今日は登校日だ。小テストもある。行かなくちゃ・・・。」





 「今日の一時間目は『自習』です。夏休みの課題の冊子を持ってきた者は、質問を受け付けます。周囲の友達と互いに教え合っても良いです。教科書や問題集の問題で、解らない設問に関する解説も行います。それでは、日直。号令をお願いします。」


 「気を付け。礼。」


 「よろしくお願いします。」



 自習の時間なので、下痢をしている重徳は助かったと思った。


 夏休みの宿題の冊子を開いて、解き始めるのだが、以前は余裕で解っていたような簡単な問題の解き方を、すっかり忘れてしまったので、焦っていた。


 簡単な問題が解けない焦りと、便意とで、重徳は気が気ではなかった。



 ガタッ。



 重徳は自習時間なので、数学教師に一言、声を掛ける必要はないだろう、と思い、無言でトイレに行った。



 ジャー!



 用を足して、重徳は教室に戻った。


 重徳は気づかなかったが、飛び跳ねたものが一部、制服の半袖シャツの裾についてしまっていた。



 「・・・なんか、匂わねーか?」



 重徳の後ろの座席の高梨たかなしが、ブツブツ言い始めた。


 教室内は、解らない問題の教え合いで全体的にざわついていたので、その発言は目立たなかったが、重徳は耳が真っ赤になってしまっていた。




 「二時間目は『小テスト』です。既習の単元から出題されます。問題数は少ないですが、範囲は広いです。基礎をしっかりと押さえていれば解ける問題で構成されています。それでは、日直。号令をお願いします。」


 「気を付け。礼。」


 「よろしくお願いします。」



 キュルルルル・・・。


 重徳の腹が鳴った。


 (うっ・・・腹が・・・痛い・・・。)


 

 「これからテストを配ります。合図があるまで裏返しのままにしていてください。」


 裏返しで最前列に配られたテストを、一枚だけ机に置いて後ろに送る。


 重徳も一枚だけ取って、それ以外のテストを、身体をひねって後ろに送った。



 クゥ~。


 重徳の腹が、再び鳴った。


 (は、腹が・・・痛い・・・。)





 「はじめッ!」



 バサッ!

 カリカリカリ・・・。



 数学教師の合図とともに、生徒たちは一斉にテストを表に返し、名前を書き始めた。


 小テストとは言え、大学受験の前の最後の夏休みである。


 クラス全体の、気合が違う。


 一学期までの、のほほんとした雰囲気が、一変していた。


 また、前回の『まとめのテスト』で、常にクラスで一位だった重徳が、三位以内にもなれず、学業不振に陥ったらしい、ということも、クラス全体の数学へのモチベーションを上げていた。



 もちろん、皆川魁斗は、今回も一位を狙っていた。


 次は自分が一位を取りたい、と思っている者は、魁斗だけではなかった。



 腹痛と便意に耐えていた重徳は、顔面蒼白となり、脂汗をかき始めた。


 (・・・挙手をして、トイレに行くべきだろうか・・・。)



 名前を書くことで精いっぱいで、数学の問題を冷静に見ることが出来ない。



 数字すら、歪んで見えてきた。



 (・・・これ以上我慢するのは止めよう!)


 「先生。」

 挙手をしながら、重徳が数学教師に言った。



 「どうした?栗林。」


 「トイレに行きたいんですけど。」


 「わかりました。テストを裏返してから行ってください。」



 テストを裏返すと、重徳は教室内では冷静を装っていたが、廊下に出たとたん、上履きを脱いで走り出した。


 他の教室でも授業をしていたり、登校日ではない学年やクラスもあるので、校舎は全体的に静まり返っていた。



 重徳は、トイレの個室にしゃがむことが出来た。


 (ふぅ・・・。これで安心だ。)





  数学の成績はどうでもよく、一時間目に席を立った後の重徳の匂いが気になっていた高梨たかなしが、重徳が教室を出た直後、同様にトイレに行くと言って教室を出た。


 スマホをポケットに入れて、上履きを脱いでトイレまで走り、音を立てずにトイレに忍び込んだ。


 鍵がかかっている個室の隣の個室に、音を立てずに入った。


 やはり、かなり匂っていた。


 スマホのボイスレコーダーのアプリを出して、録音を始めた。




 高梨たかなしは、重徳しげのりに惚れていた梶山美津子かじやまみつこを狙っていた。


 彼女が重徳をやめた、という噂を耳にしたので、美津子との距離を縮めるチャンスだと思った。

 


 美津子が再び、重徳への想いを復活させないためには、どうすればよいのか、何らかのアイデアが欲しかった。


 今まで調子に乗ってきた重徳を、ここで一気に引きずりおろしたい気持ちが強まってきていた。


 


 重徳を破壊したい高梨のボイスレコーダーは、隣の個室で炸裂する爆音を録音することに成功した。




 用を済ませ、重徳が教室に戻ると、残り時間は三十分となっていた。


 重徳は、答案の四分の三ぐらいを埋めるのが関の山で、配点の高い後ろの方の問題の解答欄は空白になってしまった。

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