ずっと憑いていきます 第8章

 みどりはその夜、寝ている間に夢を見た。



 どのような夢かというと、銀太との新婚時代のこと。


 銀太と山にドライブに行った時と似た状況が脳裏に展開されていた。


◇◇◇


 「お弁当、作ったのよ。」


 「ははは、あんまり気を使わなくていいよ。コンビニで買ってから行ったっていいんだしさ。」


 「あなたより、三時間も早起きしたのよ!私がお弁当作ってた時には、あなたはグースカ寝ていたわ。」


 「そうだったのか。でも、コンビニに寄っていってもいいよ。」



 「いい天気に恵まれたわね。」


 「そうだねえ。じゃちょっと、俺、コーヒー飲みたくなったから、コンビニ寄ってくわ。」


 二人を乗せた車は、山の手前のコンビニの駐車場に停まった。



 「お弁当も飲み物も、用意したっていうのに・・・。」

 車内に取り残されたみどりは、一人ぼやいた。




 「買ってきたよ。」


 何か買ってきて欲しい、なんて、みどりは頼んでいない。

 銀太が車に戻って来るなり、とんちんかんな対話は再開された。

 新婚当初から、みどりと銀太はちぐはぐしていた。


 「何買ってきたの?」


 「はい。缶コーヒー。それと、サンドイッチとクリームパンと・・・。」


 「お弁当作ったって言ったのに!それに私、コーヒーはあまり飲まないって言わなかったっけ?」


 「あれ、そうだったっけ?ごめんごめん。」


 「銀太さん、飲んでいいわよ。私は水筒にお茶入れてきたから、あとでそれを飲むから。」



 二人は車内で黙っていた。

 無表情の二人を乗せた車が、山道を上がっていく。


 ふと前方を見ると、道路の真ん中に何かのかたまりが落ちていた。


 「何かしら、あれ。」


 「あれじゃ、車は通れないな。」



 車をギリギリまで左に寄せ、ハザードランプを点滅させて、かたまりの手前で車を止めた。


 道路の真ん中にあったかたまりは、動物のようだ。


 二人が近づいてみると、それは、うずくまった狐だった。


 かなり弱っているが、ゆっくりと小さい呼吸をしていた。



 「・・・弱っているけど、生きているわ!」


 「みどり。まさか飼おう、とか言い出すんじゃないだろうな。」


 「誰もそんなこと言ってないでしょ!・・・ぐったりしてる・・・このまま道路に置き去りにして、トラックに引かれたりでもしたらどうしよう・・・。」


 「おいおい。俺は嫌だよ。狐を保護するなんて。犬や猫じゃあるまいし。いや、犬や猫でも、嫌かな。」



 みどりは、まだ子供であろう、小さな狐を抱きかかえた。


 「とりあえず、車に運びます!」


 「・・・なんなんだよ、おい・・・。」




 「キュ~・・・。」


 狐は涙目で、みどりを見つめた。


 「飲むかしら。」


 みどりは車の中で、水筒のお茶をカップに注いで、狐の口に近づけた。


 「みどり、車の中、その狐で汚れたら、みどりが掃除してくれよ。」


 「そんなこと!掃除なんて言ってる場合じゃないでしょ!この狐、瀕死なのよ!少しは助けてあげたいとか思わないの?」


 「お前はほんと、馬鹿なのか?」


 「・・・。お飲み。」


 みどりが狐の口につけたカップから、狐がお茶を飲み始めた。


 「飲んだわ!」


 「フゥ~・・・。」


 「息を吐いた!」


 「俺、ちょっと、外の空気、吸ってくるわ。」


 そう言うと銀太は、車を降りて、一人山の中に散歩に出かけてしまった。



 「ふんだ。銀太こそ、馬鹿じゃないの?」

 みどりはつぶやいた。



 すると、『銀太』という言葉で、狐が一瞬、フリーズしたかのように、みどりは感じ取った。



 ぐったりした感じではなくなってきて、状態が回復してきたように思われたので、みどりは、おにぎりを取り出した。白米のかたまりを、ほんのすこしだけちぎって、手の平に乗せた。


 「食べられるかな・・・食べられそうだったら、食べな。」


 狐は、みどりに差し出されるまま、おにぎりの白米の部分を食べ始めた。



 その後も、勢いづいて、食べ進めた。



 終いには、ガツガツと食べ始めた。



 「・・・ずいぶん、お腹がすいていたんだね。たくさんお食べ。銀太はどうせ食べないから。私一人では、こんなに食べられないからね。」


 梅のおにぎりも、種を取ってあるから大丈夫だろう。



 まだ少し温かくて、柔らかいおにぎりを、狐は美味しそうに二つ、平らげてしまった。



 狐は目を輝かせて、みどりを見た。



 みどりは、狐に笑顔を向けた。



 狐は手足を動かした。元気になって来たように見受けられた。




 バタン‼


 銀太が戻ってきた。


 「外は気持ちいいぞ!とりあえず、車は、どこかの駐車場に入れた方がいいだろう。ここは大型バスとかトラックも通るんだから。」


 「そうね。」


 「・・・狐は、ここで放して、山の上の方に向かおう。」


 銀太がみどりの手元から狐を抱き寄せようと手を伸ばした。




 みどりは、狐が銀太をジーっと見た気がした。




 「ちょっと待ってよ!少し回復してきたみたいだけど、もう少し様子を見た方がいいんじゃない?」


 「いい加減にしろよ。車をこれ以上、泥だらけにされてたまるか!」


 銀太は狐を無理矢理みどりから引き離し、車の外に置いた。




 狐は、銀太を、ジーっと見ていた。




 「行くぞ。こんなところにいつまでもハザード出して止まっていたら、他の車が来た時に迷惑だろ。」


 「だから、もう少し車に乗せていてあげればいいじゃない!車の中で、しばらく一緒に居てあげて、保護してあげればいいじゃない!」




 みどりが銀太にそう言って、狐が居たところを見ると、狐は居なくなっていた。




 キュルルルルル・・・。


 銀太は車のエンジンをかけた。


 ブウンッ‼


 銀太は勢いよくアクセルを踏んだ。


 みどりは体のバランスを崩した。


 「危ないじゃないの!」


 「山の上の、公園の駐車場目指して、ドライブ、再開!」

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