ずっと憑いていきます 第7章

 その後もみどりは、度々派出所に向かって歩き、あーちゃんを迷子として届け出る機会をうかがっていたのだが、隣を見ると、あーちゃんが居なくなっているのだった。

 

 みどりは、あーちゃんを『養女』として届け出ようか、とも思ったが、あーちゃんの口から、出生や戸籍などの内容が聞き取れないのだった。



 あーちゃんには、両親も、親戚も、居ないようだった。



 あーちゃんとの日々は、みどりにとって幸せそのものだった。



 みどりが本来、旦那となる男性と共に構築していきたい関係を、あーちゃんと築くことが出来ていたのだった。



 みどりは、あーちゃんを手放したくない気持ちが日に日に強くなり、ついに警察に届ける、だとか、『養女』として登録する、だとか、その方向であーちゃんの存在を考えなくなってきた。

 


 六十歳が近づき、つまり定年退職までの日数を指折り数え出す頃には、それまでよりも増して、法律や形式に囚われることなく、定年後はただ楽しく、一緒に暮らすことが出来ればよいのだ、と考えるようになってきた。



 徐々に、法律でがんじがらめになっている社会生活から離れて、みどりとあーちゃんだけが、別次元に存在する生き物であるかのようになってきた。



 

 みどりは六十歳になり、教員生活にピリオドを打った。


 あーちゃんとの共同生活は、相変わらず続いていた。


 れんは、みどりの住む実家には、ほとんど帰って来ないのだった。

 漣は結婚をすると、益々実家には帰って来なくなった。

 仕事で忙しいということもあるのだろう。


 漣が帰ってくる日は、あーちゃんはいきなり消えてしまうのだった。

 あーちゃんには、漣が帰って来たときでも、家に居てもいい、と言っているにも拘らず、あーちゃんは消えてしまうのだった。


◇◇◇


 教員生活にピリオドを打ったみどりは、体調を崩した。


 総合病院の内科を受診したところ、重篤な状態ではないが、念のため、検査入院を勧められた。


 「治してあげる。」


 あーちゃんは、みどりの腹部に手を当てた。



 みどりは、胃の爽快感を感じた。



 たちどころに、体調不良が治った。


 


 その後も、体調不良に陥るたびに、あーちゃんに相談した。



 「治してあげる。」



 あーちゃんが、不調な部分に手を当てるだけで、不具合や痛みが完全に治るのであった。



◇◇◇



 「痛ーいッ!」



 ある日みどりは、足元が不安定になり、部屋の中で転んでしまった。



 痛みを感じた前腕が、みるみる膨れ上がってきた。


 「骨折したのかしら・・・痛い・・・。」




 今までみどりは一人で居たのに、すぐ傍に、あーちゃんが座っていた。




 「治してあげる。」


 腫れと赤みと熱が引いて、骨折のような深部の痛みも全くなくなり、腕の機能も元通りになった。



 あーちゃんの、即座に人体を治癒させる能力については、人知を超えている。



 いくら考えたところで、何故そのようなことが出来るのか、答えを見つけることは出来ないだろう。



 みどりは考えることを止め、ありのままのあーちゃんを、そのまま受け止めていた。




 「みどりが作ったごはんがたべたい。これからも、よろしくおねがいします。」




 あーちゃんに初めて会ったのは十年ほど前だったが、あーちゃんは相変わらず七~八歳の女児のままであった。



 みどりが作ったご飯を、毎回美味しい、美味しいと評価しながら食べて、みどりの身体に不具合があった場合には、即座に治してくれるのだ。




 「あーちゃんさえ居れば、何も要らない。」


 みどりは心から、そう思った。

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