ずっと憑いていきます 第2章

 学校の子供たちが夏休みに入ると、研修三昧の日々が始まる。

 研修会場で、偶然、過去の知り合いに会うことは、よくあることだ。


 銀太ぎんたが研修会場となっている大学の受付で並んでいると、目の前に、大学時代のサークルで一緒だった女子が居た。

 

 (彼女、教師になったんだ。)


 「おはようございます。」


 人違いかもしれないが、銀太は思い切って声を掛けてみた。

 振り返った彼女は、やはり一年後輩だった篠原瑠璃しのはらるりだ。


 「秋山先輩、ですか?わーっ!お久しぶりですぅ!」

 妻のみどりとは対照的で、雰囲気が明るい女子である。


 「先輩が数学教師になった、というのはー、和美かずみから聞いていたんですけどー。まさか、こんなところでバッタリ出会うとは思いませんでしたー。」


 「ははは、僕も目の前に、見覚えのある後ろ姿があるとは思わなかったよ。篠原さんで良かった。人違いだったら、変な人扱いされちゃうからね。」


 銀太は、久しぶりに感じた、大学時代の複雑な想いが交錯こうさくして赤くなりながら言った。


 「ふふふ、私で良かったですねー!これからこの会場で講義を受けるなら、隣に座ってもいいですか?一緒に受講したいんですけど。」


 篠原瑠璃は、サークル内でもひときわ目立つ、ストレートロングヘアの美人であった。

 一年後輩であったが、秋山には手の届かないような容姿の持ち主だったので、興味のないフリをしたり、美人はあんまり好きじゃない、などと嘘をついたりしていた。そのことが、瑠璃の耳には入っていないのだろう。偶然の再会でも、大学時代と同じような、純粋で屈託くったくのない美人がそこに居た。


 講義を静かに聞いて、昼食休憩の時間になった。

 二人ともコンビニで買った昼食を持ってきていたので、外のベンチに並んで座って食べることにした。


 懐かしい話題に花が咲いた。

 銀太にとっての喜びは、それだけではなかった。

 みどりとは違った、キレイ系女子だった彼女。

 現在、さらに輪をかけて美しい女性になっている。

 その篠原瑠璃が、隣に座って、自分と二人で食事をしている。


 「こうして二人で食事をする、なんてことは、大学時代は一度もなかったね。」

 篠原瑠璃の綺麗な横顔をしっかりと見ながら、秋山銀太が言った。


 「そうですねー。大学時代は同じ学年同士で一緒に居ることが多かったしー。先輩たちと同期と大勢でコンパや食事をすることは多々ありましたけれどねー。」


 「あ~、このサンドイッチ、うまいなぁ~。」


 「ふふふ、よかったですね。私もちょっと奮発して高級おにぎりにしちゃったんですけどー、やっぱり安いのとは味が全然違ってー、全然美味しいです!」



 「何の先生になったの?」


 「教科ですか?」


 「うん。」


 「国語です。」


 「あれ?国語専攻だったっけ?」


 「何言ってるんですかー!私、国文科だったんですよ。」


 「あ、そうかそうか。ごめん。大学の時は、あまり話をしなかったものだから、学科とかうろ覚えで・・・。」


 嘘である。美しかった篠原瑠璃が国文科だったことぐらい記憶していた。


 『興味のないフリ』の癖が、抜けていないだけだ。


◇◇◇


 全ての講義が終わり、時刻は十七時近くになっていた。


 「秋山先輩、私の自宅、ここから歩いて十五分ぐらいのところなんですけどー、よろしかったら少し寄っていきませんか?」


 「いいの?」


 秋山銀太は、妻帯者であることを隠して、美し過ぎる篠原瑠璃と付き合うことを考え始めていた。



 一方、篠原瑠璃はキレイ系だが、ハンサムアレルギーであった。

 独特な風貌の男性と居る方が、気兼ねなく会話出来てリラックス出来るのだ。

 当然、付き合うならハンサムではない男性でなければならない。


 卒業後の秋山銀太のことも、和美を通じて情報を得ていた。

 研修会場で、彼に再会できた瑠璃は、チャンスだ、と思った。


◇◇◇


 夏の暑い夜。

 研修だと言っていたが、銀太はまだ帰って来ない。

 時刻は二十三時を回っていた。


 「交通事故にでも遭ったのかしら。」


 みどりは銀太の帰宅が遅い原因に頭を巡らしていたが、愛情が冷め切った今となっては、一生帰って来なくても良い、とも思っていた。


 結局その日、銀太は帰ってこなかった。



 結婚当初は、こんなはずではなかった。

 一生、何があっても、自分を選んでくれた秋山銀太についていくつもりだった。


 しかし、自分が作った食事が口に合わない、ということを、先日ついに銀太は吐露とろした。


 それ以降、銀太はみどりが作った夕食を口にすることは一度もなかった。


 家庭内のみどりは、銀太にとっては、掃除と洗濯をする家政婦に過ぎなくなっていた。

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