仇敵ヲ喰ラウ

冨平新

ずっと憑いていきます 第1章

 「今夜は食べてきたから、いい。」


 秋山銀太あきやまぎんたは、学校帰りに夕食を食べてきたから、妻のみどりが作った夕食はらない、と言った。


 「あ、そう。」

 

 みどりは、いつもの事だ、と黙って下を向き、一人で食べ始めた。


 支援学校の教師をしているみどりは、専業主婦ではないのだが、学校内の喧騒けんそうを終えて帰宅するときに食材を買い込み、旦那のために手の込んだ夕食を作っていた。


 しかし、ここのところ、旦那は『外食してきたから要らない』というだけで、みどりのろうに答えられないことを謝りもせず、帰宅後は挨拶以外は寡黙かもくを貫いた。



 朝は二人とも出勤の仕度で忙しい。


 二人は結婚以来、みどりが他の学校へ異動して別々の職場になったので、一緒に出勤する必要はなくなった。


 みどりは旦那と顔を合わせないよう、準備できることは夜のうちに済ませておき、旦那が玄関を出てから起きて、出勤の準備を始めた。


◇◇◇


 秋山夫妻は、もともと人も羨むカップルだった。

 二人とも教員であり、学校という職場内で恋愛は始まった。

 家庭科教師であるみどりに、数学教師の秋山がプロポーズしたのであった。


 みどりは銀太となら、一生幸せで安泰な生活を築くことができると思っていた。

 銀太の事を、心から信じようとした。

 何があっても一生寄り添って生きていく決意で、結婚を決めた。


 一方、秋山銀太は、数学教師として一生食べていかれれば良かったのだが、家政婦が欲しかった。

 みどりは見た目もチャーミングである。

 しかも家庭科教師ならば、結婚後も良い家政婦となるであろう。

 銀太は、家政婦として機能する伴侶が欲しかった。

 ただそれだけの理由で、みどりにプロポーズしたのだった。


 しかし、みどりが作る食事は、銀太の口には合わなかった。


 プロポーズする前に、手料理を食べてみる必要があった、と銀太は反省した。


 新婚当初。

 「あなたのために、腕によりをかけて作ったの。」

 「え~、ありがとう。これ、何ていう料理?」

 「ビーフストロガノフ。」

 「うわ~、すごいなぁ。レストランでしか食べられないような料理だ!嬉しいな。いただきます!」

 

 パクッ!


 銀太はみどりが作ったビーフストロガノフを一口、口に放り込んだ。


 (・・・。)


 「どう?美味しい?」


 (ま、まずい・・・。)


 「美味しい?」

 「あ、ああ、・・・おいしいよ。」


 銀太の顔が、引きつっていた。


 みどりは勘が鋭く、表情だけで人の心理を見抜いたり、嘘を見抜いたりする能力に長けていた。


 冷や汗をかきながら、引きつった表情で『美味しいよ』と嘘をつきながら、何とか口に放り込んで飲み込んでいる銀太を見て、嘘をついていることはわかりやすく、すぐに見抜いた。


 (美味しくなかったんだわ。次は美味しいと思ってもらえるよう、頑張ろう。)

 みどりはそう思った。


 みどりも、自分が作ったビーフストロガノフを食べたのだが、普通に美味しかった。

 どこを改善すれば良いのか、わからなかった。

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