第505話

 軍でいう軽傷は一般人の感覚では想定以上の傷を指す。何せ重傷とは四肢の一つが吹き飛んでいるあたりからを指しているのだ。


「首都防衛司令部より入電、北部地方軍が苦戦中、援軍の要請が上がっています」


「どうにもならんぞ!」

 ――かといって放置しては押し込まれる。


 判断のための猶予は少ない。どっちつかずの指示をするくらいなら、いっそのこと強力な隊を派遣してやるべきだろうか。


「ブッフバルト少佐、敵に戦車は存在するだろうか」


 敵陣を駆けてきたなら居るかどうか程度ならば推察可能だろうと情報を求める。


「不在です。恐らくは居ても極めて少数」


「そうか」

 ――北部軍相手は強い、ならば応じてやろうじゃないか!

「サルミエ大尉、機甲大隊に伝えろ。陸軍司令官の命令だ、北部地方軍に増援しろ」


 本部までもが戦っているというのに、他の戦線へ最大の火力を持つ戦車隊を渡してしまう。島の命令は絶対と解っている、だがすんなりと飲み込むには内容が重い。


「ボス、よろしいのですか?」


 皆を代表して副官が再確認した。誤って発するようなものではない、今更取りやめるような人ではないことも知っている。


「構わん」

 ――俺は信じている、きっとあいつはやって来る。


 島の瞳に強い意志が宿っているのを見る。側近としてその判断を認め、全力で支えると再度誓う。苦しくない戦いなど今の今まで幾度あったか、不思議と笑みが浮かんでくるのであった。


「北部司令官名で強い感謝の意が返信されました」


 苦しいところで機甲の助力だ、言葉くらいはありがたくということだろう。


 補給を終えたクァトロ戦闘団、再出撃を敢行する。手近な集団に向けて進軍、激しい交戦を繰り返すこととなる。


「親衛隊展開! 戦闘準備だ!」


 数を減らした彼らがまた広がる、中隊が近づいてきたからだ。


 無駄弾には目を瞑り、少し離れたところでも射撃を始めろと命令が出される。


「閣下、少々失礼致します」


 司令官護衛である班も、透明の盾を傍に立てかけて迫撃砲を使い支援に参加する。


 サルミエ大尉までもが給弾に手を貸した。通信兵にも戦闘参加を命じ、島自身がヘッドセットをつけて直接対応する。


「こちらモディ中佐、司令部。公道七号に重火力の敵無し。後備の一部を増援します」


「司令部、了解だ」

 ――敵の火力が低いのがせめてもの救いだな。


 接敵している部分でしか被害を発揮しない。だからこそ奥深くにまで進もうとする側面もあった。


「閣下、ブタムワ地区警察より入電。正体不明の武装集団が首都へ向かっています」


 南西方面で至近、最悪の情報を届けてくる。ニャンザ警視正はこれ以上の交戦は不能だろうと唇を噛んだ。




 一時間に渡り必死の交戦を繰り広げる。最早傷を負っていない者は皆無だ。


 捜索に出たクァトロ戦闘団は未だに司令部を発見できずにさまよっている。


「司令、ブルンジ民兵の大集団です!」


 緩やかな丘に登った偵察が南に千前後の敵を発見した。ブッフバルト少佐も丘へ進んで双眼鏡で確認する。


「くそ、多すぎるな!」


 きっと司令部があるのだろう、だが傷だらけで百人を切っている現状では突撃しても中心までたどり着けそうもない。


「南西にも大軍です! その数、凡そ二千!」


 裸眼で遠くを見ているアフリカ人、特異な能力とも言えるが草原の民は目が抜群に良い。


 唸りながらそちらを睨み付ける。


「オルダ大尉、本部はどうだ」


「激戦の最中。親衛隊が何とか防いでいます」


 司令としてどうするか、ブッフバルト少佐は岐路に立たされた。


 勇気と無謀は違う、だがここで退いて何が得られるだろう。


 その時、南の集団に身なりの良い人物が現れた。数人の側近を率いてあたりを伺っているのが見える。


「シ・セ・ポシブル・セ・フェ。アンポシブル・セラ・セ・フエラ」


 息を大きく吸い込み「やるぞ、戦闘団俺に続け!」いつものように彼は自身を顧みず前へと進んだ。


 丘の上から駆け降りる一団を指さし民兵が壁を作ろうと動く。


 最初はまばらな反撃、そのうちどんどんと攻撃が強くなる。


 いくら圧倒的な火力を持っているクァトロでも、一人が持っている命は一つだ。


 次第に死者を増やしていき、衝撃力を失っていく。それでも前進をやめようとはしない。男たちの雄たけびが戦場に響きわたる。


「司令、丘の上にクァトロ軍旗が!」


 四つ星の、それも4の刺繍がされている島の専用軍旗。


 モディ中佐の増援を数十受けて戦闘団の背中を守るために司令部を前進させてきたのだ。だがそれだけではなかった。


「キシワ将軍の名の下に進め!」


 水色に星一つの旗を掲げた黒人部隊が多数現れた。


 それらはブルンジ民兵目がけて思い思いに突撃を企てる。陸軍前線司令部付近に居た敵にも襲い掛かっている。


「あれは……ブカヴマイマイか!」


 隣国コンゴ・キヴより不眠不休で行軍して、ギリギリ間に合った。二個大隊をルワンダに侵入させ、首都へ一直線。


「ブカヴマイマイ司令シサンボ中佐、キシワ将軍の指揮下でルワンダに参戦する! 全軍敵を殲滅せよ、閣下が見ておられるぞ!」


 本来は越境しようものなら西部地方軍に防がれてしまう。ところが今はそんな余力もなく、やすやすと国境を越えられた。


 エーン中佐が独自に掛けた動員に、全体の三分の一にもあたる部隊を動かしてきたのだ。


「敵は浮足立っている、戦闘団やるぞ!」


「ウィ コマンダン!」


 待っていればブカヴマイマイが駆逐してくれるだろう、それだけの兵力がある。だがブッフバルト少佐は立ち止まらなかった。


 崩壊する防衛線をグイグイとこじ開けると敵の司令部へと近づく、いよいよ手が届くまでやって来る。


「オールアウト・アングリフ!」


 9の刺繍がある専用軍旗を翻し、彼が先頭で進む。総攻撃を命じた、弾が尽きるまで全力でこの戦闘にのみ集中する。


 護衛が抗戦してくるが全てを力づくで無理矢理ねじ伏せた。


 細身で身なりの良い男が両手を上げて降伏してくる。民兵団の指導者的存在だと、捕虜の待遇を申告してきた。


「戦闘団司令より本部。ブルンジ民兵団司令官を拘束」


「本部了解した。その場で待て」


 己の存在を示しブッフバルト少佐は為すべきことを為せただろうかと、一人思いを馳せるのであった。




 AMCOの保護村。キトグム東二十キロにあるバガー川沿い、オロナの丘にポツンと集落が置かれていた。


 周囲にまともに人が住んでいる街は無く、背丈の短い草と、細い木、乾いた土があるだけ。


 広い平地は手を入れれば畑になるだろう、それとて痩せた大地という現実はあるが。


 丘の裏手は切り立った絶壁で、その下にはバガー川がゆっくりと流れている。


 小魚しか生息していないが水があるのはありがたい。


 そこから二キロ先あたりを大きく木製の柵で囲っている。数百メートルに一カ所の割合で三階建て位の高さの見張り台が建てられていた。


「日没には門を閉じる、それまでに戻らねば外で夜を明かすことになるぞ」


 外門責任者はキラク軍曹。相手が司令官であっても容赦はしない、また島によりそれを認められていた。


 木柵で何かを防ぐつもりは無い。動物あたりは邪魔に思って近づかないかも知れないが、これは単に主張の類を表現しているに過ぎない。


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