第460話

 近くを通りかかる船が大慌てで逃げ出す、その様が面白かったらしい。もし自分が逆の立場なら確かにそうするだろうと考えてしまった。


「そうか。レティア、ありがとう」


「ふん、それこそ気にするな。あたしゃね、何があってもお前を裏切りもしなければ見捨てもしない」


「解ってる。だからありがとう」


 彼女の肩を抱き寄せる、二人の空間に誰も近付きはしない。エーン少佐は隣に立っているゴメスと目で会話をした。これから待ち受ける騒乱、それにどのように対処していくか。


 マダガスカルへの入国は派手に、だが公式には秘密裏に行われた。武装集団がやってはきたがすぐに出航した、そう報告される。空港でも出国の手続きは他人名義で通過し、到着した先でも別人扱いされていた。アフリカは未だに発展途上にある、規則よりも札束がルールなのだ。


 ――とうの昔に地獄行きは諦めていたが、これを見るとやはり当然だと自分でも思うね。


 ルサカからムウルングの港までは延々と陸路トラックだ。アフリカ随一の治安を誇るザンビアで一番の危険集団はむしろ彼らだろう。驚く無かれ、イギリスやフランスと同等の治安が認められているのだ。

 だからといって裕福な国と言うわけではない。車両や糧食を外貨で大量に買い上げてくれた彼らに、疑問はあっても感謝をしていた。


 ムウルングはザンビア唯一の港町だ。そこには数は少ないが漁船も停泊している。レティアの一声でそれらの船が全て買い上げられた。新品を新たに購入できる額で、だ。漁民は舞い降りた女神に祈りを捧げ十字を切る。


「フィジ周辺は危険です、ウヴィラまで行ければ平気かと思います」


 フィル上級曹長が注意してくる。ロマノフスキー大佐もブッフバルト大尉も居ないので、ここで作戦した彼がレティシアに助言を。コンゴで首相が邪魔をしてくる可能性があると示唆しているのだ。


「ブルンジ側を航路にしてはいかがでしょうか?」


「漁船だ、出来るだろうね。さっきの船頭ら引っ張ってきな、一人千ドルだしてやるよ」


 彼らの年収と同等かやや上、先ほど現金を手にしていた男達が大急ぎで参集した。話を聞けば許可証があれば侵入も可能らしい。窓口になっているマリー少佐に、レティシアがそうしとけと目で語る。


 ――ドル札は怖い。


「閣下、ンダガク族の警備隊をキリバ南東四キロ、国境で待機させます」


「ああ、エーン頼んだ」


 キリバがどこかは知らないが、任せておけば問題あるまいと頷く。一行はまたもや船団を組んでタンザニア側の水域をブルンジまで進む。


------------------------- 第18部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

第八章 コンゴの部族民-2


【本文】

 凡そ二日の航路をゆっくりと進む、急いでもほんの少ししか短くならないからだ。途中キゴマに寄港して給油、すぐに出航した。もし方針が変わっていなければだが、ここの市長は騒ぎを起こしさえしなければ犯罪者は見逃すことにしているそうだからだ。

 何事も無くブルンジの領域に入る、西側に併走する船団が居るような気がした。


「フィジ辺りからじゃないかい?」


 彼女も気になっていたようで、隣の島に確認する。


「コンゴのお友達か。マリー少佐どうだ」


 水上では指揮能力も上手く発揮できないが、彼を通して判断を下す。得手不得手は関係なく、指揮系統とはそういうものだ。


「ポニョ首相の手勢でしょうか。これだけ派手な動きをしていたら、いずれどこかでバレるとは思っていましたが」


「やれるか?」


「やります、それが自分の役目なので」


 敬礼すると自身の指揮する船に移る。ビダ先任上級曹長を呼び寄せ戦闘の準備命令を下した、彼は水上部隊を直接指揮する下士官の長だ。満足な装備が無い、それでも志願するものが居た。


「マリー少佐、潜水部隊にも戦闘命令を」


「バスター大尉、準備不足で装備もないが」


 潜水スーツやフィンすら無い、防水の武器もだ。あるのは彼らの経験のみ。


「部隊は他に能の無い我等をずっと抱えてくれていました、ここでやらずに何時やれと言うのでしょう」


「さして支援は出来ない。だがバスター大尉の志願を認める」


「潜水部隊十二名、これより出撃します!」


 中型漁船に積んであった投網やブイを選別して抱えると小型の漁船に移る。ブルンジのマガラ村、双方集落が少ない場所で併走していた船団が急接近してきた。湖上に他に船もなく、あたりも薄暗い。襲撃するには絶好の機会だ。


「戦闘司令より全軍、臨戦態勢発令! 本部を離脱させろ!」


 戦闘指揮官であるマリー少佐の権限で交戦が宣言される。中型漁船とその護衛が北へ向けて船足を速めた、一隻の中型漁船と小型のそれが速度を落として襲撃者の要撃を行う。


「ボス・オリヴィエラより下命。クァトロの側背を守れ!」


 マルカの港湾を取り仕切る彼の下には操船に長ける部下が居た、ここは彼の戦場でもある。


「メルドゥスよりマリー少佐。脇を抜けられてもこちらで阻害する」


「マリー少佐、ボス・メルドゥス。了解、正面に集中する」


 高速のモーターボートが数艘で銃撃を行って来る、それに応射することで戦闘は始まった。機関砲を放たれる、漁船の腹に穴が開いて沈没した。兵が漂流するのを漁船が拾って回る。


 ――武器の質に開きが! だが泣き言を漏らしている場合ではないぞ!


「ビダ先任上級曹長、あの高速小型船の乗員を全滅させて奪取するぞ」


「ヴァヤ」


 差があるならそれを埋めたら良い。武器が無ければ目の前にあるのを奪えばよい。クァトロは敵の船を沈めるのではなく、乗員を集中して射撃するように命じた。薄暗い中で勝手が違う水上、命中率は極めて低い。

 交錯する船、それぞれが接近したらクァトロが有利になるが、相手もそうはさせない。苦手な距離を見つけるとそれを維持しようとする。


 船頭らに動揺が走る、戦いに巻き込まれるとまでは考えていなかったのだ。次第に顔色が悪くなる。


「生きてても死んでても、最後まで操船してたら一人五万ドルくれてやる!」

 ――その位の手形は切ってやろう。ボスも承知してくれるさ。


 五万ドル、それだけあれば一生家族を養える、どころか好きな人生を送れる。船を買い上げ現金を手にし、また日当も先払いしてくれた信用は絶大だ、マリーの煽動に彼らは大いに乗った。


「オーケー! レッツ ドゥ ディス!」


 気合を入れた船頭が射撃に動じずに指示を待つ。小船を三隻脇に周り込ませる、その間に反対にも二隻。わざとマリー少佐の中型船の守りを薄くした。


 ――さあ食いつけ!


 高速モーターボートが三艘で中央を疾走する。が、何事か急に動きがおかしくなる。叫んでいるが言葉がわからない。


「あの小船を奪え!」


 向きを変えて三艘に集中して襲い掛かる、射撃を受けて乗員が全滅した。攻撃を中止、再度離散していく。ナイフで網を切り裂き絡まっているプロペラから外す間は無防備だ。バスター大尉の潜水部隊、ボートの上に転がっている敵の武器を奪い何とか動かそうとする。

 それに気付いた敵が攻撃を向けてきた、一艘が沈没する。エンジンを再始動させて二艘が水上を疾走する。据え付けられている機関砲が最大の武器だ。


「全軍高速艇の支援だ!」


 最高の攻撃力を生かすために他が援護に回る。誰の功績などではなく、目的を達するために最適な行動をとる。

 脇から数隻が北側へ抜けようとする、メルドゥスの船団の一部が体当たりも辞さない姿勢でそれを妨害した。

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