第451話

「敵も安息日に攻めてこないと言うのかね。アメリカはラマダン月の安息日、しかもマグレブに作戦を始めたことがあったが」


「……自分は命令する立場にありません。大佐がご自身で命令下さい」


 恨まれるのは自分だからと手配を拒否する。


「わかったよシャイセマン。私が手配しよう」


 解らない単語が混ざっていたが、自分で命令すると了承したようですんなり引き下がる。雑用係りは部屋を出て、すぐに中将にご注進と相成った。

 すっかり夜間訓練の手配が終わった後に、中将の命令でそれが取り消された。理由は安息日だから、である。


 ――どいつもこいつも糞野郎ばかりだ! そんなことで戦いが出来るものか!


------------------------- 第6部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

第五章 死の囁きは永遠に


【本文】

 非番で街に出てきてきた兵士を拉致し、筆舌に尽くしがたい恐怖と苦痛を与えると、ついに島の居所が確定した。夜は明けて強い陽射しが照り付けてくる。


「ラズロウ!」


「シ ドン・レイナ」


 彼にのみ許された呼称で誇らしげに応じる。いよいよ最後の命令が下る。


「情報は揃った、やるぞ」


 クァトロという駒は揃わなかったが、遅参の輩を待つほど優しくはない。状況もそれを許しはしない。


「お任せ下さい。必ずご希望を叶えます」


 もう失敗することが出来ない、それだけに成功を断言する。ギャングスターが軍とどれだけ対抗できるか、正面からの戦いなどやったことがなかった。


「あたしも出る。基地の守りを突破したら乗り込む」


「露払いはラズロウめが」


 異論を挟みはしない、彼女がやりたいならばそうさせるのが役目なのだ。言われずとも危険は百も承知である、エスコーラの格を上げる一戦だと受け止めた。

 振り返り居並ぶ幹部に告げる。


「エスコーラの軽重をかけた戦いだ、敵対者に真の恐れを与えろ!」


「シ!」


 様々な車に分乗すると野営地から軍基地に向かう。隠密行動など慮外であり、物騒な兵器を手にした集団が身を晒している。

 点在する民家からは現地人がまた騒動が起きると見詰めていた。どこかに通報するでもなく、ただ見送るのみである。


「ボス・ラズロウ、軍基地で警戒に入ったようだ」


 ゴメスが監視からの報告を上げた。レティシアに作戦での序列をつけられているので、今回は補佐に徹する。

 集団はファミリー毎に固まって動いていて、多くがナンバーツーにより指揮されていた。トップは司令部となっているラズロウの車の周りを占めている。


「不在で無くて良かった、居なければ振り出しに戻るからな」


 報告を強気に解釈し分散して接近するよう命じる。一部の集団を様子見で先行させた。金で雇われたりエスコーラに連なりたいと犠牲をいとわない連中、それとは真逆で戦奴のようなグループだ。麻薬に侵され仕方なく働かされていたり、家族を人質に取られていたり様々だ。


「突っ込ませろ」


 まるで家畜を囲いに追いやるかのように命じる。


 手に銃を持っているだけソヴィエト時代よりは明るい。あの頃は素手で突撃をさせて、弾丸を使わせるのが目的で屍を晒していたくらいだ。

 付け焼き刃の不馴れな攻撃であっても、ソマリア軍の反撃に手加減はない。当たり前だが誰が撃とうと当たれば痛いし、死んでしまうのだから。


「あちらも負けず劣らず下手くそだな」


 ――第一線部隊は必ず控えているだろう。向こうも様子見で応戦しているだけだ。


 十分程推移を見守り、概ね相手の戦闘力を見極めると次なる指令を下す。


「オリヴィエラ、西から攻撃を加えろ。直接指揮を執れ」


「シ ボス・ラズロウ」


 南に固まっている本隊から二割位の数が左手に別れて行く。下から攻め上げるのは難しい、だからと楽な道は一つもない。


「メルドゥス、北だ」


「直ぐに向かいます!」


 三方から囲む。東は敢えて道を開けているが、逃すつもりは一切無い。移動が完了したのを認めて後に、攻撃をさせる。


「仕掛けろ!」


 麾下の半数を消耗戦に充てる。だがエスコーラにとって被害など眼中にない。


 劣勢、予測より余りにも被害が大きく、相手に与えるそれが少ない。予定より幾ばくか早いが、切り札を一つぶつける。


「ジョビン、人質を押し出せ」


 命令が下るとすぐに、平トラックの荷台に立てられた何かに注目が集まる。木の骨組みに人が縛り付けられているではないか。ゆっくりと三方の全面にトラックが複数台進み出る。


「あ、あれは母さん!」

「うちの妹も居るぞ!」

「じい様は病気なのになんてことを……」


 軍基地の中から悲痛な叫び声が上がる。反撃が止む、人質に当たっては困るからだ。

 反応を嘲笑うかのように、エスコーラが間から攻撃を繰り返す。悪魔の所業であるが彼等はそうは思っていない、敵対者は死と恐怖で屈伏させる、ただそれだけなのだ。


 本部で観戦中のハラウィ少佐が表情を歪める。だが口には出さない、覚悟の上だからだ。


「軽蔑するかい」


 肯定されたからと別にどうするわけでもない。無言が苦しいなら喋れば良いと誘っているだけで、ハラウィもそれを解っていた。


「これは戦争じゃありませんから」


 戦争とはルールに沿って行われるもので、これは私戦に過ぎない。やられたらやりかえす、たちの悪い喧嘩の延長だと。


「あたしはね、世界の平和なんてこれっぽっちも望んじゃいない。やりたいなら好きなだけ殺しあえばいいさ。身の回りの小さな数だけ幸せならそれでいいんだ」


 どうだ慎ましくて泣けてくるだろ、努めて明るく接してくる。


「それもまた正義です。俺も近しい人の幸せから願いたいので」


「ま、彼奴はしけた面をするだろうけどね」


 馬鹿がつくほど真面目すぎるんだ、こき下ろすが一瞬だけ顔に暗い影を落とした。一生遊んで暮らせるだけの働きはもうしているのに。


「義兄上らしくて良いじゃありませんか。俺は好きですよ」


 優しく微笑みかける。決して部下には見せないような顔で彼女も笑う。


「そうだな、変われと言って変わるような彼奴じゃない」


 攻撃を仕掛けてかなりの時間が経つが、中々突破出来ずにいる。マリー少佐らが東側に伏せているのは知っていたが、動く気配を見せない。


 ――機会を窺っているんだ、本隊が間に合うのか?


 一時は人質を押し立てて有利に戦っていたが、いつしか諦めたのか反撃を苛烈にしてきている。殆どがソマリア軍からの流れ弾であるが、人質が死傷したのはギャングスターのせいだと頭に血が上っているから仕方ない。


「むっ」


 ついに一角がエスコーラにより切り崩された、死兵が集中して押し込む。ラズロウからの命令があちこちに飛んでいた。


 ――だからと勝ちにはいけんぞ。ギカランの奴は何をしてるんだ!


 ハラウィ少佐が限界間近になってきたと戦況を読む。もしここで本隊が奇襲でも受けたら総崩れしてしまうと。


「リュカ曹長、後方を警戒だ」


「ダコール」


 ブラヴァから増援が来てはたまらないので偵察を派遣させる。残してきた監視だけでは漏らす可能性があった。

 戦争の素人にしては落ち着いている、それがラズロウへの評価である。きっと規模が大きくなるほどに顕著になるだろう。


「確保したみたいだね」


「突破口になるかはまだ五分五分でしょう」


 勢いよく連射する音が聞こえてから、再度乱戦に突入したからだ。


 本部から増援を出したようで、エスコーラが一旦押し戻されてしまう。粘り強さがあるわけもなく、攻めと守りでは戦闘力も全く違っているからだ。


 ――彼奴が中にいなければ焼き討ちしてやるのに!


 中に篭って居られないような手立ては幾つもあったが、無差別に被害を与えるのをよしとはしない。


「大佐は必ず来ます。それまで出来るだけ兵を引き付けるのが最善策でしょう」


 目を合わせずに呟く、間に合わなかったなどと終わらせるはずがない。黙って伏せているマリー少佐がその証拠だと確信して。


「ふん、噛ませ犬望むところだ。たっぷり手間賃を請求してやるさ!」


 警戒を手配してきたリュカ曹長が戻り際に報告を一つ携えてきた。


「少佐、ブラヴァからアルシャバブの一団が出ました」


 徒歩で五百名規模です、予想接触時間は二時間後と端的に示す。


「足止めは必要でしょう」


「んなことはラズロウが勝手にやるさ。あたしらが乗り込むとしたらどこからだい」


「西側です」

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