第241話


 ――さて自由かどうしたもんかな。


 案外長いこと走り続けて総合施設についた。カード決済するときに、黒いメタルプレートを渡されて運転手が驚く。当然店内は日本人ばかりで二人が浮いた感じを受けるが、気にすることは何もない。洋服が並んでいるところへ向かい物色を始める。

 自身は好みもなにも特に無いため、サイズと機能だけでさっさと会計を済ませてしまう。待っている間に巨大なテレビに視線を送る。シリアで政府側が査察団受け入れを承認する、と発表したのが報じられていた。


 ――これでアメリカを始めとした、諸国連合からの直接攻撃は無くなるか。そうなると反政府勢力は意気が下がる、外国のお友達も苦しくなるぞ。


 どうしても関係があった地域の話は気になってしまう。中南米の小国の話までは流れなかったが興味は尽きない。

 中国が領海や領空を侵犯したとかしないとか、国内はそちらに注目をしていた。離島問題や在日問題、様々なニュースがあったがどれもこれも日本政府の及び腰ばかりが目についた。


 ――パストラ首相にああまで言わせてしまい、何も無しとはいかんな。


 島は島できっちりニカラグアの正義を示したので、気負う必要など全く無いのだが、もって生まれた性格は恐らく死ぬまで変わりはしないだろう。


「おい、こいつなんてどうだい?」


 ダッフルコートというやつを着てみて評価を求めてくる。


「似合ってるよ、手袋もあったら良いだろうな」


 もし似合ってるだけなら勝手な感想だけと文句を受けるだろうと、次なる目標を与えることで攻撃をかわす。ロマノフスキーの指導の賜物である。


 ――情報戦での劣勢が敗北に直結するのがわかった。この方面で強化は必要だろう。真面目さだけでなく、柔軟で時に不敵なずる賢い奴が幕僚にだ。


 今までの記憶を手繰るが、中々適当な人物が見当たらない。そもそもが気付かれないように結果を出しているのだから、思い浮かべるのに無理がある。


 ――情報将校か。ネタニヤフとの名前が出てきたが、南レバノンと上手くやっているのだろうな。シリアとイスラエル、はたまたヨルダンやらなんやらと、情報戦のメッカは中東か。雇うなら引き抜くか反逆者を保護するかだな。


「こんな感じかい?」


 コートに指がない手袋を嵌めて、胸を張ってポーズをきめてくる。


 ――ロシアンマフィアのカーポだなこりゃ。


「いいな、それでスノーモービルでも乗ってみるか」


「スノーモービル?」


「雪上バイクだな、転輪ではなくクローラーだよ」


 最大二人乗りだとレジャーに誘う。二つ返事で承諾すると、どこにあるんだと急かしてくる。


「スキー場あたりに行けばあるはずだが、専門に聞いてみよう」


 島が会計を済ませて、ツアー会社の営業スペースで訊ねる。


「すまないがスノーモービルを楽しめるスポットはないか」


「もし今からでしたら今日のに間に合うかも知れませんが、いつ希望でしょうか?」


「では今を希望しようじゃないか!」


 日帰りでツアーがあるようで、最少催行人数は越えたが空きがあると説明される。すぐに電話で追加を知らせて、到着まで待つように手配をしてしまう。


「中々手早いじゃないか」


「民間企業はサービス勝負だからね」


 タクシーまで手配して、カード一枚で全てを解決して送り出されてしまう。


 バスターミナルから高速バスに乗って、一路日高山脈が走る北海道の背骨にあたる場所へ着く。一面の銀世界とはこのことだろう、太陽光を反射して目が痛い。


「こいつは凄い!」


 広さだけなら南米の山野をうろついていたので大したことはないが、やはり雪が感動を呼ぶ。

 添乗員に連れられロッジへと入った。不思議とそこは常夏のようで半袖姿の客が目立つ。時間までご自由に、と投げ出されたので早速フロントで話を聞く。


「レンタルだが」


 笑顔で受付が一覧表を提示してくる。スノーモービルコースもあった。


「こいつを一台、時間はわからんから経過課金コースで頼むよ」


 署名と身分証の提示を求められて旅券を差し出す。日本のものなので逆に珍しい。駐機場で簡単な説明を受けて二人乗りする。規定のコースから外れないようにと注意を受けて出発した。


「いけー!」


 レティシアがはしゃいで急かしてくる。応! とスロットルを絞り、ぐいぐいとスピードをあげる。無変速機のため、スピードがあがると比例してエンジンの騒音が酷くなった。


 限界を臨むと不完全燃焼のガソリンが白く排気される。平らな斜面を上に向かうと、リフトから手を振る人物が複数いた。腰に回している手を片方放して彼女が応えた。

 頂上付近で停車して景色を楽しむ。頂上から下を見るとやけに傾斜がきついような気がする。


「気分爽快だな!」


「小型の戦車もこんな感じかも知れないね」


 クローラーの接地感触は確かに似ているだろう。戦車乗りがそんな感想を聞いたら、顔を赤くして憤ることもありそうだが。


「今度戦車にも乗ってみるか」


 デートに似つかわしくない提案が口をついてでる。相手が一般人ならば困った顔で遠慮しただろうが彼女は違った。


「旧式はお断りだよ、鈍い光沢があるやつを頼むよ!」


 そんな目立つのは配備前の工場出荷直後しかなかろうが、そうだなと受け流す。

 下りは速度が追加されるかと思ったが、そんなことはなかった。回転するベルトと接地面は規則正しい倍率になるらしく、エンジン回転数が下がればブレーキがわりになるようだ。

 一時間ほど走りっぱなしになると、指先が冷えてきたためにロッジに引き返すことにする。


「温泉だがここには無いそうだよ。ちょっと足を伸ばして旅館に行ってみるか?」


 体が暖まってきたのでやる気も起きる。どこが有名だったかを思い出す努力を始めた。


「そうだね、その為にやってきたんだから行こう」


 どうやってかは任せるよと丸投げされる。


 ――バスは使ったから列車にしてみようか。隣の市まではざっと百分だな。


「ちょうど晩飯時には到着だ。料理の後に風呂で冷たい酒を飲みながら、雪景色を楽しもう」


 移動にばかり時間がかかるが、それすらも旅の醍醐味だと移り行く街並みや山河を眺める。


「このあたりは」寂れた風景を見ながら変なことを口にする「ゲリラの拠点にうってつけだね」


 農村部に疎らな家があるだけで、山あいに畑がちらほらと見える。


 ――うーん、確かにここに支援してやったら住民は支持を与えるだろうな。


 ついつい真面目に中味を吟味してしまう。


 ――宣撫工作だったか、グリーンベレー作戦でお馴染みのアレだ。ん、待てよ、あいつ名前はなんだったか……リベンゲか、あれは情報工作員だなマケンガの組織から引っ張れないものか。


 難しいなと締め括る。今は遊びに専念せねばと、妙なやる気を出す。駅でタクシーに乗り換えて、温泉旅館に向かわせた。部屋がとれなければ別の旅館に動くため、待機させながら。


「二人一室食事つきだが、今から出来ないだろうか?」


「この時間からではお食事は難しいかと……」


 受付の女性がすまなさそうに遠回しに答える。肩を落としていると女将が近付いてきて、お困りですかと声を掛けてきた。


「いえね食事つきで宿泊はできないかなと」


「少々お待ちくださいませ」

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