第235話
誰何を受けた、キシワ大佐だと名乗ると道を開けて、指揮所に案内された。四人も入れば一杯になるような小さな部屋で、アフマド軍曹が資料に目を通している。不意の入室者に軽く振り向くと、跳ねるように立ち上がった。
「大佐殿! 急にいかがなされました?」
「人員増強だ。ロマノフスキー少佐を除名した、ここに破壊工作をかける可能性が高い。サルミエ少尉を配属するから、以後は彼に従うんだ」
「少佐が? ……承知いたしました……」
アフマドを島のところに連れてきたのがロマノフスキーなだけあって、随分と気になるようだがこの場では言葉を飲み込む。彼はサルミエと殆んど組んだことがない、心配はあるが警備はパラグアイのオビエト伍長が担当なので、そちらの相性を重視した。
その異動すら、島が要塞を離れるための隠れ蓑に使った節がある。何せ今やただの参謀でも部隊の指揮官でもない、複数の部署を統べる司令官なのだ。中でも大きく自由裁量が認められた遠方軍の。
国家の重要人物になればなるほどに、個人の自由は失われて行く。議員になれば勝手に海外旅行も出来ず、軍司令官になれば軍区から出るのも申請が必要になる。それと比べればまだましではあるが、反面注意警戒は厳しく求められる。
一般市民であった島が三十代半ばでこうなった理由、恐らくは多くの者が笑い飛ばして信じないだろう。だが彼がそこに在る事実は、決して曲げられるものではない。
キゴマで一報を入れた後にトドマへと向かう。そこから民間の航空会社を使って、ケニアの首都ナイロビにやってきた。
東アフリカの国際的な活動の要衝になっている都市ではあるが、治安のほどは今一つと言わざるをえない。それでもアフリカとはかけ離れた風景――高層ビルが立ち並ぶのを見ると、マイナス印象が薄れる。
ニカラグア大使館にタクシーで乗り付けると、周辺にある建物にかなり劣るのがわかる。
――予算削減か、致し方あるまい。国が倒れるかどうかのせめぎあいをしている最中だからな。
ぎしぎしと不快な音をたてて扉を開き「こんにちは」と口にしながら中に入る。受付男性が不思議そうな顔で島とエーンを見ながら応対する。
「大使閣下はいらっしゃるかな、イーリヤだが」
「コロネル! お待ちしておりました、ご案内致します」
――珍客の上に珍獣みたいなものだ、多少の反応は目を瞑るさ。
スーツをビシッと着込んだ受付が、大使執務室の扉をノックして来客を告げる。わざわざ扉を開いて入るのを待ってくれて、恐縮の限りだと苦笑いした。
「大使閣下、イーリヤ大佐です。お忙しいところお時間いただき、ありがとうございます」
きっちりと挨拶を述べて大使を持ち上げておく。
「うむイーリヤ大佐、よく来てくれた大歓迎だよ。君のことは首相閣下から聞いている、可能な限りお手伝いさせてもらうよ」
笑顔でそう迎えてくれる。歓迎なのはあながち嘘ではないかも知れない。何せ本国に連絡をとる際に、直接閣僚と話が出来るのはかなり有利なのだから。
「暖かいお言葉痛み入ります。我が儘にお付き合わせして申し訳ありませんが、早速国連ナイロビ事務局にご足労願えればと」
機関の事務所、つまりは本部分局がここにあるのだ。イーリヤ大佐名義ではなく、大使名義でアポイントメントを取り付けるのが目的であり、一つの返礼でもあった。
「恥ずかしい限りだが、本職は事務局に顔が利かないが……」
もしあてにされているとしたら、難しいと断りを入れられる。
「アフリカ高等難民弁務官補とは、自分が面識がございます。閣下の随行者としてお連れいただきたく思います」
主賓は大使だとはっきりさせておく。
「そうか、ありがたく顔繋ぎという支払いを受けさせてもらうとしよう。最大の報酬は、大佐の活動結果になると確信しているよ」さあ行こうと腕をポンと叩く。
――変に期待をせんでくれ。
苦笑して大使の後ろに従うと、旧式の黒塗りセダンが待つ場所へと歩いていく。
国連人間居住計画本部に足を運んでいたマグロウ弁務官補が、事務局で会談に応じてくれた。外部で接触ももちろん可能ではあった、敢えてニカラグア大使を繋げるためにそうしたのが、先に言ったことに通じる。
「紹介致します、こちら駐ケニアニカラグア大使ランデイア、あちら国連高等難民弁務官補マグロウ氏」
島が間に立って双方の紹介を受け持つ。にこやかに自己紹介を重ねて後に、大使が自ら場を譲り渡す。
「先だってはギネヴィア女史に援護射撃をいただきました。イーリヤが感謝していたとお伝えいただけたら幸いです」
「いや大佐は素晴らしいことをやってのけました。あなたを批判するのは法的には理がありますが、現実にはその道を行かねばたどり着かない結果だと理解しています」
大きな声では言えないがね、と片方だけ唇のはしをつり上げてウインクする。
「ご理解いただきありがとうございます。いよいよ勝負に出ようと考えております」
心なしか声を低くして喋る、微かでも緊張をしているため声帯が絞られるからと。
「私に出来ることは?」
マグロウにも立場がありかなりの制約を受けているのを鑑み、中でも彼にしか無理な役割を求める。
「見返りはございませんが、住民による自治区の支援をお願いしたく」
厳しい顔をして、それが無理なことだとして拒否する。
「残念ですが政治的な運動を支持することはしかねます」
「いえ自治や独立への後押しではなく、そうなった際に係争中地域の生活支援をです」
コートジボワールの件や他でもそうであるが、国連は中立の立場でなければならない。だからこそ国に干渉可能な組織として存続している。合意や基準などの不都合は多々存在している。それを差し引いても幾分かプラスになるので各国が資金や人材、領地を提供しているのだ。その姿が正しいわけではない、単に影響力があるとの話でしかない。
「貧困地域保護支援プログラムと、難民支援計画とを並行して立ち上げれば、現地職員を使って国連が監視を」
――ここでグロックのチャンネルが生きるわけだ!
「住民から直接的に、汚職をしていたり怠慢な職員を名指しにしたリストを得ています。それらを外し、精力的な者を上長に選任してもらいたいです」
「リストが?」
誰がどのように集めたものか、公正なものかを問われる。
「キャトルエトワールが音楽番組として名を知られた後に、各地に名ばかりの事務所を設置いたしました。難民支援を実施し始めてから実態調査、密告や愚痴の類いを収集しました」
「すると公的なものではない?」
「タンザニアのラジオミドルアフリカ、あれに集計させていますので信用はそちらに」
言ってから仮にコンゴ政府が出すリストがどれだけ信用出来るかについて、マグロウ自身が苦笑してしまう。
「こちらで追跡調査を行いましょう。大佐はそんなに昔からこの計画を?」
だとしたらかなり先見の明があると唸る。
「実は自分のところの最上級下士官が手配したものでして」
「最上級下士官?」
意味はわからなくはないが、わざわざそれを話題にしてきたところに興味を持つ。
「彼がもし将校ならば、自分が部下になっても構わないと思わせる人物です」
「それが何故下士官?」
「昇進を嫌がる頑固者でして」
苦笑しながら、本人の意志は尊重されるべきですよと頭を振る。
「大佐が、イーリヤ殿が何故困難に立ち向かえるかわかったような気がします」マグロウが体の向きを変える。「大使閣下、我々はコンゴへの国際支援を後押しする約束をいたします」
「では私も、その結果のアドバンテージを活かすよう努力致しましょう」
島がどのようにして自治へ誘うかは全く触れてこようとはしない。それもそのはず、なったら動くという流れで、余計な部分を耳にすると思わぬ損害が降りかかることがある。
何でも知っていて判断を下すのと、そうではない状態で判断をするとでは前者が有利に見える。一概にそうならないのが現実であり、情報というものなのを仕事柄二人が良く理解していた、島もそうだと解釈して深くは語らなかった。
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