第167話

 コロンビア最大の麻薬組織、アメリカ大陸随一の組織が島を殺そうと息巻いているらしい。


「困ったものだ、アメリカ大陸に居られないな。なあコロラド、アフリカに行ってみないか」


 いたずらっぽくそう持ち掛ける。すると曹長は綺麗な白い歯を見せて口元をつり上げる。


「行ってみましょう。してどのあたりにしましょう」


「実は半年間位俺達は学校に行かにゃならん。そこでだ、コンゴ民主共和国、ルワンダ、ウガンダ、南スーダン、中央アフリカあたりの実情を探ってきてほしい」


 きな臭い場所を次々と列挙されて多少の驚きをみせる。


「一人ではちと数が……」


「そりゃそうだ、軍曹らをつけるから使え。ほら軍資金だ」


 いつものようにプラスチックカードを手渡す。


「二十万ドル入っている、曹長の判断で好きに使え。とやかくは言わん、役に立ちそうな何かを見付けたら繋ぎ止めろ」


「スィン。してどの軍曹を?」


 中には相性が悪いやつがいるのかも知れないが、特に話を聞いたことはなかった。


「アフマド軍曹、アサド軍曹、プレトリアス軍曹の三名だ」


 いよいよプレトリアス軍曹のバラ売りをすべく配置を変え始める。アフリカ地域に関わりがある人物を並べ、少し考えてから「サイードも付ける」と加えた。使いこなす自信が無いようだが、それを見越して続けた。


「気負うことはない、軍曹らは自身で判断可能だ。コロラドの動きを少しばかり教えてやってくれ」


 何とか頼むと困った顔をすると、一念発起して引き受けた。


「承知しました。やれるだけやってみます」


 頼むぞと背中を軽く叩いて押してやる。彼の技術は誰かに継承すべきなのだ。


「アフリカですか。何を企んでいるんです」


「まだ決めてない。だが東南アジアかアフリカが次の舞台だと考えているんだ」


 言わんとしているニュアンスはわかった。そしてアジアでは言葉で困るだろうとの見通しも。


「結局のところ自分達に出来るのは戦うことというわけですか。ですが確か内戦地域には介入してはならない国際法があったのでは?」


 クーデターは内戦だろうと先程の国で引っ掛かるのがあると指摘する。


「あるらしいな。だが金が目的でなければ良いらしいよ。俺の目的はテロリストの殲滅だ、その為なら口うるさい奴等も黙るはすだ」


 特にアメリカは、テロリストと戦う組織に密かに援助しているなどと囁かれている。それが内戦の国だとしても第三国を経由してこっそり介入するのはいつものことなのだ。


「現地での物資調達や兵力補充手段も必要なわけですか。マリー中尉にやらせておきましょうか」


 階級からして彼に任せるのが無難だろうと承知する。


「あちらではヨーロッパからの武器商人が相手になるか。それこそブッフバルトを組み合わせよう」


 残りは兵営だとひとくくりにする。


 ――グロックには困った奴をフォローさせよう。あれはワイルドカードだ。


 目を瞑れば様々なことが思い起こされた。だがまだまだ島の人生の道のりは始まったばかりであった。


 カンザス空港から一旦ワシントンへ移り、マナグアへと帰国した。アメリカ陸軍軍人は一年から二年を目安に、指揮幕僚大学で高等教育を受ける。外国人らはその慣例や規則には縛られず、政府間の合意を以て期間を調節することが出来た。島らは半年間の短期を望みそれが受理され、カンザスの田舎で日々高級将校たる何かを学んだ。


 一度などは昨今の事例としてニカラグアの政府転覆作戦が講義された。その際には準講師扱いで島が教壇に立つことがあった。元々大佐や中佐が準講師として招かれることが多く、それには抵抗がなかったようだが、余りの若年者に疑いの眼差しを向けるものも居たほどである。


 しかし経験は経験である。質問に即答を繰り返すうちに事実が伝わり、戦士として見てくれるようになったのは講義を終えてすぐにわかった。


 それまでは外国からのお客さん扱いで、グループの勉強会などには全く声が掛からなかったが、これを契機に招待が始まった。そこからというもの、連日あちこちから実戦経験談を求められて、日が沈んでからも長い一日を過ごしたものである。


 面白くないのはレティシアである。夜な夜な遅くまで外出し、昼間は連絡すら取れない。ついてこいと言っておきながらほったらかしなのだ。ある日についに猛抗議をした結果、学校が終わった後の座談会等に同伴することとなった。


 初めは皆も女を呼ぶなど場違いだとしていたが、やはり南米で戦いや経営の経験があり、現在ミリシアのボスだと明かすと歓迎された。


 結局のところ、正規の士官は電子上のシミュレーションでしか試すことが出来ない、実際に経験した話に飢えているのである。それを責めるわけには行かない、平和になることこそが目的の最たるもなのだから。


 濃密な知識の交換や共有、アメリカ同盟国などからの士官や国賓との面識、何より自らの行為の確認が出来て有意義な時間が過ごせたと考えた。


 約束の半年間が迫ったときに、指揮幕僚大学側から準講師として後半年間在学しないかと打診があった。引き受けるつもりはなかった。その場で首を振ると「やらねばならないことがありますので」とだけ答えた。しつこく引き留めようとはせず、次の機会にいつでもと招かれて別れたのであった。


 空港で大佐の身分証を見せるとノーチェックで通関させようとする職員にあたったため、気持ちは有り難いが規則は遵守させるべきだと小言を残したのはその影響だろうか。後ろでロマノフスキーが苦笑いをして、職員に気を落とすな、などと肩を叩く姿があったりもした。最初に軍司令部に出頭し、オルテガ中将に帰還報告をする。


「申告します。イーリヤ大佐、ロマノフスキー少佐、ただ今アメリカ陸軍指揮幕僚大学半年間課程を修了し帰還いたしました」


 胸を張り敬礼する。形式だけでなく、オルテガ中将が国内の治安をよく維持している為に心底敬意を払って。


「ご苦労だ。その経験と知識で祖国に光を与えてもらいたい」


 帰着を受理してから相好を崩して椅子を勧め、自らも応接テーブルの側に席を移した。頃合いを見計らってコーヒーを抱えた事務員がやってきて、それにケーキを添えて並べた。


「口にあうかはわからないが食べなさい」


 調子が狂うなと思いながらも、遠慮なく、と口に運ぶ。なるほど中々の出来映えであった。


「美味しくいただきました、ありがとうございます」

 ――わざわざ出すからには何かあるんだろうな。


「実はな孫のカルロスが菓子職人になると作ったものだ。もう十年もしたらより住みやすい国になっていたらと願うよ」


 その時は軍司令官ではなく人の親の顔をしていた。昨今では麻薬取り引きから足を洗って国のために尽力しているとの噂は事実なのだろうと感じた。


「閣下の指揮下にて最善の努力をすることをお約束致します」


 だが力なく横に首を振った。


「我等はそう長くはない。これからは大統領や大佐の世代が担うべきだよ。首相とも話したが、年寄りは若者が働きやすい環境を整えるのが最後の役目だと」


「何なりとご命令下さい」

 ――人は歳を重ねると何かをやり遂げたくなるんだろうな。スレイマン氏もそんな風潮があった。


 軍人として全力で臨む、ただそれだけである。中将が席を立った為、二人も起立する。


「軍司令官として命じる。イーリヤ大佐を特殊旅団長に任じる、名称はクァトロを使うと良い」


 ブリゲダス・デ=クァトロだよ、と繰り返す。第四特殊旅団ともとれるが、特殊旅団四という名称が正しいだろう。


「慎んで拝命致します。旅団の目的をお命じ下さい」


 まさかまたクァトロを呼称するとは思ってもみなかった。


「貴官が是と信じる行動をとりたまえ。全ては私が責任を引き受ける、ニカラグアの存在を世界で高めてくれ大佐」


「承知致しました閣下。クァトロはこれよりご命令に従い、特殊作戦を展開致します」


 パストラが自由にやれと言ったのを信じ、この半年間多方面に工作を行っていた。全てが全て実ったわけではないが、何をするかは決めている。


「コンゴ民主共和国。彼の地域にて正義の何たるかを示し、世界にニカラグアの意思を発して御覧にいれましょう」

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