第157話
ある程度走り出したのを見てから島らも動き出した。中盤から始まり、最後は先頭集団で帰着して褒美を繰り下げたのは言うまでもない結果であった。
汗だくになり司令室に戻り缶ビールを一本空ける。一息ついたところでマリーとロマノフスキーが連れ立ってやってきた。
「爽やかな汗とビール、これに女が居れば言うことありませんな」
「健康そのものな組合せだ。冷えたやつがある、好きなだけ飲んでくれ、ドイツ人居留区で見付けた黒だ」
そいつは試してみなければ、と二本取り出して片方をマリーに渡してやる。
「こいつはどうも。先輩方のご好意には勇気と忠誠でお応えしましょう」
「ビール位でそう言って貰えるなら、コンテナ満載で配って回るよ」
笑いながら椅子の背もたれによしかかる。きっと今一番リラックス出きる面々だろうと、この時間を心地好く味わう。
「ボス、奴らですが三回目の取引を無事に終えました。不気味なものです。そろそろ何か仕掛けてくるんじゃないですかね」
悪党が大人しくずっと真面目な商売をするわけがないと注意を促す。
「俺もそんな気がするよ。やるとしたらどんな嫌がらせをすると思う?」
マリーの意見もと発言しやすいように声を掛けておくのを忘れない。
「大佐を誘拐して丸儲けなんて、かなり良い夢が見られそうじゃありませんか?」
「夢には多大な代償が漏れなくセットでついてくるがな。その警戒はプレトリアス少尉に任せるとして、誘拐自体はありえますな」
テロリストビジネスと括るならば、恐らくはポピュラーな手法である。解放を前提としているならば、後は金額を折り合いつけるだけなので成功しやすいのもポイントである。
「もし俺が誘拐されたなら、テロリストに屈することなくミサイルをぶち込んで構わん。奴らの思い通りになぞさせてたまるか」
不機嫌そうに断言する。目的の為ならば手段を問わない、その点だけは双方に変わりはない。
「実はそれらは可能性としては低いでしょう。やるなら密輸のルートとして、何等かの禁制品を混入させたりかと」
「麻薬ですか?」
それならばコロンビアから幾らでも入るだろうと首を横に振る。
――通常では国境を越えられない何か、か。パラグアイで危険物を製造してブラジルに持ち込むのもあるな。
品と言うから物と捉えがちであるが、動物や人間すらも範疇だと考える。
「俺らにとっては身近な物だが、軍用兵器も儲かるだろうな。それだからアメリカもやっきになって扱うわけだが」
政府以外への販売が国際的に禁止されている。建前では民間の護身用が流通したりしているが、中には過剰な威力を持っていたり自動機能制限が解除されていたりと怪しいものもある。
そんな中でも対空兵器だけはテロリストに渡らないように厳重な管理がなされている。もしこんなものを持っていたら、世界の航空機が人質になったのと同じ位の意味を持つからである。
「パラグアイで生産している空軍、海軍用の兵器は問題外ですな」
いくら欲しくとも、粗悪な品や効果が見込めないものは闇でも売れない。
「陸軍といっても、殆どは買い付けしてると警備の少佐が漏らしていましたが」
工業品は皆無だと中尉が記憶から引っ張りでしてくる。
「ちょっと失礼するよ」
――農業も工業も無しか、いよいよ生物の空気だな。いや待てよ、もっと大っぴらにやれる農産品があるな、世界中に流通している。しかしこれが国境を無税で越えたからとそんなに嬉しいものかね?
そう断ると大使館に電話をかける。近隣諸国担当官を呼び出して一つ質問した。
「忙しいところ悪いね。葉タバコだが、ブラジルとの輸出入関税はどうなっているかな?」
一つ二つ頷くと受話器を置いた。
「どうしたんです、タバコなんて調べて」
わけがわからないとマリーと目をあわせてから島にと視線を戻した。
「一億ドル分の品物を手配して、今はやつらは一千万ドルを節約していた。だが一億ドルのタバコなら、奴らはいくらの数字になると思う?」
マリーが適当に二倍と言ってみてから、ロマノフスキーが三倍とつり上げる。
「十六倍だよ、売値が化ける」
「そんなに違う?」
「本来は変わらない、だが保護貿易品なんだ。現在メルコスールの資格停止で輸出先へ持ち出せない原料がパラグアイでだぶついている、その上にブラジルでは加工場に空きが出来ているらしいよ」
そうは説明するも、ブラジル自体が生産国としてアメリカ大陸随一なのであまりピンとは来ない。敏感にそれを感じ取ったのか、少佐が一旦違う話題にと切り替える。
「あれです、やられる前にやっちまいましょう。そんなに長いこと付き合うつもりはありませんよね?」
「そうだな、少佐が準備を頼むよ。手酷い火傷を負わせてやるんだ」
対策するより遥かに確実だと同意する。最初からそのつもりだったので割りきりも軽い。
「チタンの目算がたったんですね、工場警備は自分が出来ますが輸送はどうするおつもりで?」
もしそれもマリーが担当するならばと訊ねる。
「ああ時間が解決してくれそうだ。河川警備の下準備に先任上級曹長が動いている」
それならば安心だと納得する。いざ仕事となると星の数より飯の数と表すほどに、通常勤務は軍歴の長さが物を言う。あれこれとやるだけやって終わりとの時期は過ぎたとばかりに、ロマノフスキーがその後の展開に気を回した。
「主目的である麻薬輸出の組織壊滅ですが、どうやってパラグアイ軍を除くおつもりでしょう」
その部分は未だに島も悩んではいたが、着任した時よりは小さいながらも道が見え隠れしてきていた。軍を無くすわけにはいかないので、ニカラグアへの流出を抑える部分に着目した。
「軍に限らず官吏が汚職をしている。世界でも最高峰の腐敗具合を認定されているからな。そんな奴らが利権から手を離すには、やはり金だよ」
わかるようなわからないような話を出して、自ら考えるようにと誘導する。二人は苦笑してから腕を組んで目を瞑る。沈黙が部屋を支配する。十分を過ぎた辺りでマリーが体勢を崩した。
「まずは中尉から聞こうか」
「他の部分で利権を与えたり、ニカラグアへの輸出のみを制限させる?」
「今の奴らが辞めても他の奴らがまた始めちまったら困るぞ」
それもそうだと首を捻る。
「何も永久的な話じゃなくていい。二年や三年もあればニカラグア側で対策するさ。少佐は?」
少し条件を緩めてやる、言われずとも気付くべきが幅広い視野と言うものである。
「畑を潰して粉に火をかければ半年は強制的にストップしますな。さておき、ニカラグアに輸出するより儲かるルートを作ってやったりすれば、自然とそちらに流すでしょうな」
クァトロが買い上げたように、生産者は高く売れたらそれで満足との形を求めているわけだ。
「そいつは良い考えだよ。損はするがそれを社会的に認めさせる何かを組み合わせてやれば、恐らくは現実的な話になる」
「小官の手に余りますな。大人しくギャングスターと遊んでおきます」
「右に同じく」
手の内を披露したことについては二人とも参考になった、と理解を深めるのに役立ったことに感謝を示した。
――俺も他人のことは言えないが、社会経済的な部分は戦闘部隊からは切り離して考えよう。
政務補佐官のような人材が欲しいと感じた。今のままでは古代ローマのハンニバルや、ナポレオンのような司令官一元の形が出来上がってしまう。それは迅速、強行の類いでは極めて有効であるが、一度島が負傷したり行動に制約が加われば、即座にアウトである。
至福の一時は長くは続かなかった。ゴイフ補佐官より面会の要請が入ったとプレトリアス少尉がやってきた。
「それでは働くとしようか。銃弾は気を付けてもあたるときにはあたるが、せめて日々の健康位は保てよ」
「了解です。寿命を目一杯使うことにしましょう」
二人は敬礼して司令官室を立ち去っていった。大統領府。補佐官執務室を訪れた島は、最早この国の盟友と考えているゴイフと二人で密室会談中であった。
「すまん大佐、やはり援護は無理だった。内務省から大佐への調査要求が出されている」
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