第136話
「了解です大佐」
――物怖じしない奴だな、だがそれが良い。
シートを被せてあるジープを一台回収し、軍曹に運転させる。予備に置いてある突撃銃を準備して三人は遅れて皆の後ろ姿を追っていった。ラジオ放送が政府の公式発表を報道している。
「タイズ東に拠点を構えていた、アルカイダ系武装組織ムジャヒディーアが未明、軍の対テロリスト部門とタイズ駐留軍の活躍により壊滅状態に陥りました。指導者のファラジュとみられる遺体を発見し、幹部の殆ども銃撃戦により倒れたため今後継承する者は居ないとの見通しです。軍は三名の指揮官を表彰し、イエメン自由戦士勲章を授与しました。これに関連し、中米ニカラグア共和国政府より世界に先駆けて祝電が贈られました。政府は今後、テロリストに対する掃討を積極的に行うことを宣言、治安回復を掲げました。以上、アデンよりラジオイエメンがお伝えしました」
ニカラグア大使館で正式に解任手続きが行われた。書類にサインした大使が苦笑いしながら島と握手を交わす。
「任官二日で解任とは私も初めてだよ大佐」
「自分もです閣下。ご迷惑をお掛け致しました」
大統領の訓令により、真夜中に叩き起こされて様々な任命書を作成させられた大使だが、相手がニカラグアの英雄だと知るとむしろ機嫌が良くなった。
「これから本国かい?」
「はい、謝罪とお礼に向かいます。受けた恩をどうやって返したら良いやら」
島の勝手な行動により、部員全てがアメリカ軍を除隊してニカラグア軍になっていた。政治的な支援がなければ、今頃は砂漠で干からびていただろう。
――ロマノフスキーの話ではニカラグアはイエメンと戦争してでも俺を擁護するとまで断言したそうだ。これに報いる方法を俺は知らない。会って何が出来るかを話し合うべきだ。
「では大佐、また会える日があることを期待しているよ」
「その日まで閣下もご自愛下さい」
ニカラグア軍の制服を身に付けた島は大使に敬礼し、大使館を後にする。外ではやはり同じく制服に身を包んだ皆が整列していた。
「大佐殿、挨拶回りを仕切れない箇所があれば自分が引き受けますよ」
笑いながらロマノフスキーが申し出る。
「そうもいかんだろう。甘えるわけにはいかないんだ」
一人だけ私服で隣に並んでいる男がいる。
「オーストラフ大佐殿、自分はいかがいたしましょう?」
報酬を支払い嘘を詫び、帰国をしても最早何の問題もないが、律儀に命令を待っているアサド軍曹。
「君は自由だよ。今まで共に戦ってくれてありがとう軍曹」
「自由……ですか。エリトリアに戻っても酒浸りにしかなりません。自分も大佐の部下にしては貰えないでしょうか?」
大真面目な顔で就職を求めてくる。無論答えは決まっている。
「アサド軍曹が理解する言語は?」
「アラビア語、イタリア語と英語が少しです」
「上官の勝手な行動でまた失職する恐れもあるが――」
自虐的なネタに部員が笑いを堪えている。
「まあそれも良いでしょう。職は喪っても大切なモノは無くならないようですから」
島の側からの経緯を見てきたために、ことの一面を理解していた。
「そういうことならば良かろう。アサド軍曹の部署は――」
「プレトリアス少尉のところでしょうボス」
言おうとした言葉を先に取られてしまい少佐の発言に頷く。
「少尉、軍曹を預ける」
「了解しました」
どんな窮地に陥ろうとも裏切らず支える態度を見て、親衛隊が適任だとプレトリアスに配属する。サヌア空港からリスボンを経由してニカラグアへと向かう一行、どの顔を見ても何一つ悔いることがない晴れなかな表情をしていた。
――第七部完結――
第八部 第三十三章 ニカラグア義勇軍
マナグア空港は迫撃砲で損傷した滑走路とは別に、もう一本新たに国際線を設けたようで、すんなりと着陸することが出来た。税関では旅券を見るや否や、全く調べずもせずに一行を通過させた。
「警備がザルなわけではなさそうですな」
ロマノフスキーがゲートの先へ視線を送る。そこではオズワルト退役少佐とパストラ夫人、ミランダが到着を待っていた。
「一同、首相夫人に敬礼!」
島の号令で部員らが敬意を表す。
「ダオさん、よくご無事で。心配していましたよ」
「ご心配をお掛け致しました、申し訳ございません」
元気ならばそれで良いと笑顔で締め括る。軍服を脱いだオズワルトもその表情を明るくさせた。
「大佐殿、大統領府で皆様がお待ちしております」
「うむ、ゲンコツの数発は覚悟してきたよ」
苦笑いを浮かべたオズワルトが、こちらですと車両を用意しているところへと案内する。
「ミランダ、久し振りだ元気にしていたかい」
「はい。今はマナグア大学で勉強中です」
結構だ、と評して知人らの平和に満足を示した。大統領府にある控え室に部員らを残して、大統領執務室の扉をノックする。内側から秘書官が開いて島とオズワルトが招き入れられた。
そこにはオヤングレン大統領、右側にパストラ首相、左側にはオルテガ中将が待っていた。背筋を伸ばし踵を鳴らして敬礼する。
「申告します。イーリヤ大佐、数々のご迷惑をお掛けしおめおめと戻って参りました。如何なる処分も慎んでお受けいたします」
パストラがゆっくりと歩みより島の肩に手を置く。
「あまり心配をかけるものではないぞ。困った時には周囲に相談するのだ、良いな」
「はい。返す言葉もごさいません……」
よし、と腕を軽く叩いてパストラが元の位置に戻る。
「結果としてニカラグアとイエメンの友好が深まった。それを以て不問に処す」
大統領が気にするなと仕草で示す。実際問題イエメンへの訓令を許可しただけで何もしていない。全て代理でパストラが手配していたのだ。
「寛大な処置に感謝致します」
島を罰したところで何がどうなるわけでもない、それをわかって判断を下す。
「ところで大佐、貴官は今やニカラグア軍人なわけだが、よもやすぐに除隊をするとは言わんな」
中将がわかりきった答えを確認してくる。
「はい中将閣下。自分はニカラグア軍人として使命を全う致す所存です。司令官、何なりとご命令を」
三人が視線を交わしてその態度を受け止める。
「ふむ。大佐はパラグアイを知っているかね。南米の国家のそれだ」
島と関わりが深いパストラが主軸になって話を進行する。南米パラグアイ共和国、内陸にある貧乏な国とのイメージが頭を過った。
「大まかな場所や規模程度ならば」
「そのパラグアイだが、ニカラグアにそこから麻薬が大量に流れてきている。粗悪品じゃよ、他では売れないようなモノでもここなら何とかギリギリ手が届く価格で、昨今蔓延してきている」
最大の麻薬大国はコロンビアである。だがそこからは先進国向けで純度が高く、値段が張るような逸品が主力として出荷されているに過ぎない。二流、三流の品をリスクを犯してまで流通させるような真似は敢えて行わない方針なのだろう。
「すると麻薬の取締り摘発をですか」
麻薬は国力を低下させる。人々の健康だけでなく、社会全体に悪影響をもたらす。
「そうじゃ、儂からは二つ注意点があるぞ。政府には大佐らに給料を支払う余裕がない、悪いが暫くは無給で働いてもらう」
島ら十人を雇う金額があれば、ニカラグア人なら二百人に仕事が割り振れると説明される。
「承知しました」
――仕方あるまい、部員には俺から支払うことにしよう。
「二つ目は麻薬だが、流出を抑えるのが大佐の役目だ。つまりパラグアイで活動してもらう」
「パ、パラグアイでですか!?」
少しばかり予想の範囲から外れた言葉が出てきて、ついつい聞き返してしまった。それには返事をせずにオルテガ中将が言葉を繋げた。
「大佐をパラグアイ派遣義勇軍司令官に任命する。事務長が必要だろう、一名のみ公費で負担する。指名を行え」
「オズワルト退役少佐を指名させていただきます」
――やれやれどうやらそうするより他には無いと言うわけだな。良いだろう、それが望みならばやってみせるさ!
どうして一緒に入室したかを今さら気付いた。オズワルトはにこりともせずに承諾をする。
「ニカラグア軍司令官として、オズワルト少佐の現役復帰を承認する。駐パラグアイ義勇軍へ配属する」
形式として、その場で島への着任報告を行い承認される。最後に大統領が口を開く。
「知っての通りニカラグアは貧困で混迷中だ。此度のパラグアイ派遣にはもう一つの理由がある。彼の地には巨大な鉄鉱床が確認されている。現在の技術力では採算がとれないようだが、十年、二十年先はわからん。優先取引権を獲得すべく援助を行う所存だ」
見栄や気紛れで動くわけではないと、政治的な取引について述べる。これは首脳陣が島を信頼している証である。
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