第135話

 脱兎の如く駆け出す。次の山を越えたらそこに自分達のジープが置かれている、そこにまで辿り着いた時、後方の砂丘に先程のジープが身を乗り出してくる。エンジンを唸らせてタイヤが砂を巻き上げながら、ゆっくりと車体が水平になる。


 アサド軍曹が振り向き様に撃った弾が、砂地に次々突き刺さりジープにも吸い込まれていく。射手が軽機関銃を横に払うように撃ち方を始めた。軍曹と共にいた兵の腹を貫いて、そのまま島等が居る側に向けられる。


 逃げ切れないと突撃銃で果敢に撃ち返す。エンジン音が斜め後ろ近くでも唸りを上げ、現れた車が小さく空を飛んだ。車から何者かが飛び降り、島に向かい腕を拡げて体重を預けてきた。


 銃弾が今まで居た場所に虚しく刺さり砂を舞わせる。次いで爆発する音が聞こえてきた。無意識にナイフを抜いて、組みかかってきた相手に突き立てようとして手が止まった。


「プ、プレトリアス!?」


 黒い肌の男が何も言わずに体を避ける。一台撃破しただけで後続が現れたのだ。すぐに敵を狙って攻撃を始める。斜め前ではジープに乗ったドイツ人がロケットを放っていた。


「ブッフバルト上級曹長!」


 二台、三台とムジャヒディーアが迫るも上級曹長らに続いて、西からもジープが猛スピードで駆け付けてくる。それらも何も告げずに黙ってムジャヒディーアに向かって攻撃を行った。


「オーストラフ大尉、彼等は一体?」


「アッラーに見捨てられた俺達を助けてくれる、気のいい悪魔だよ!」


 部員らに負けじと島も撃ち返す。マリー中尉の指示で二台が左右に展開して行く。それらの車から一人ずつ黒人が駆けてきて島を庇うように前面に陣取った。軽機関銃の弾が切れたのか、アサド軍曹が落ちている突撃銃を手にして発砲した。


「偵察班、隊長、疾走していた集団がムジャヒディーアと交戦しております」


 どうやらムジャヒディーアへの増援ではなかったと考えを巡らせる。


「一台こちらに近付いております!」


 兵が後方を指差して注意する。かなりのスピードで走っていた。何をどうすべきか、少ない情報で判断すべく大尉が眉をしかめて無線機に手を伸ばす。


「全車に告ぐウマル大尉だ。ムジャヒディーアを見つけ次第これを撃ち破れ! その他、交戦中の勢力はこちらに攻撃しない限り仕掛けるな、敵はテロリストだ!」


 追走してくる車には攻撃するなと命令を下した。


「ちょっとスピーカーをいいかな大尉」

 ――こっちは先任上級曹長だな!


「どうぞ」


 渡されたマイクに向かいフランス語で話し掛ける。


「先任上級曹長ならばクラクションを二度鳴らせ」


 すると拡声器を通した呼び掛けに近付く車がクラクションを二度鳴らした。


「大尉、あれはニカラグア軍の先任上級曹長だよ」


「少佐殿の部員で?」


「どうやらそのようだ、騒がせてすまんな」


 敵でないなら良いことです、と意識を戦場に集中させる。少し先に炎上している車が見えてきた。目を凝らしている間に別の車がまた爆発炎上を起こす。


 大尉の命令で集団が二つに割れる。迂回部隊は戦闘に加わらずに背後に回るようにと送り出す。影があり運良く気付いたが、砂丘の斜面に車らしき盛り上がりが確認出来た。


 ――これを回収出来てないってことはボスはまだ戦場に居るぞ!


 それでいてマリーらが戦っているということは、少なくとも島が死体になって撤収といった結果ではないのだろう。ついに自らの車も砂丘を越えて戦場にと踊り出す。視界を広く持つように努めて一瞬で状況を把握する。


「運転士、右手に見える黒人の傍に停めてくれ!」


 伍長が大尉に視線を向けると「そうしろ」と命じられる。慣性に逆らい右に急ハンドルを切ると少し走りブレーキを思いきりよく踏む。戦場では予想外の動きこそが必須なのだ。


 多数の増援が現れたため、ムジャヒディーアが一旦基地に向かい後退して行く。ジープのドアを開け砂漠に降り立ち黒人らが居る場所へ向け歩きだす。


「少佐殿?」


 ウマル大尉が後ろを付いていく。プレトリアス軍曹が近付く気配に気付いて振り返る。それにつられて島も視界の端に姿を捉えた。はっとして片膝をついたまま首だけ捻り目を見開く。


「――ロマノフスキー」


 ゆっくりと立ち上がり目を合わせる。ロマノフスキーは一歩、また一歩と近寄ると、拳を握り締めて思いきり島の頬を殴り付けた。勢いで砂漠にと倒れ、口が切れたのか血を垂らす。


「大尉!」


 アサド軍曹が近付こうとするのを目で制する。


「黙って行ってしまうなんて水臭いんじゃありませんか?」


 口の端に流れる血を拭って立ち上がる。周りにマリー中尉らや、イエメン軍の将校達が何事だと集まってきてた。


「……すまなかった」


 ロマノフスキーに向かって頭を下げる。確かに彼が言う通り、一言告げるべきだったのだ。


「ではこの一件はそれで終わりです。これをどうぞ」


 何か紙を島に手渡す、一体何だとそれを一瞥した。ウマル大尉が島を見て思い出す。


「オーストラフ! 入国管理法違反で拘束する!」


「動くな!」


 ロマノフスキーが突如大声を上げて場を制する。


「ウマル大尉、何か人違いをしているようだが?」


「いえ少佐殿、あれはモカ港に居た密入国者でオーストラフと言う者です!」


「それはおかしい、あの方は俺のボスで、ニカラグア軍対テロリスト司令官兼イエメン駐在武官イーリヤ大佐殿だ。無論アグレマンもとっている」


 ウマル大尉が何を言っているのかわからないとロマノフスキーと島へ視線をいったり来たりさせる。後ろから現れた先任上級曹長が島に何かを手渡し敬礼する。


「ロマノフスキー少佐、任務ご苦労だ。これよりバーシンドワ首相閣下より発された特殊作戦を実行する!」

 ――全くこいつらときたら俺以上に無茶をしたもんだな!


 イエメン軍の名目では最高司令官は大統領になっているが、指揮権は首相が保持していた。その為、首相が出す作戦命令が最優先権限を有している。


「ナァム、何なりとご命令を」


 敢えてイエメン軍の皆が理解出来るようにアラビア語を使用する。納得行ってない大尉に、先任上級曹長が持ってきた首相署名の命令書を見せてやる。


「こ、これは確かに首相の印……」


「大尉、これでわかっただろう、軍人は事実を認めねばならん、それが如何に理解しがたくてもだ。ここにいるイーリヤ大佐がこの場の最高指揮者だよ。貴官は首相の命令を拒否するか?」


 わなわなと震えて最早何がどうなっているか見当がつかない。


「少佐殿はこれを知ってらした?」


「いや知らんね。だが先程知った、俺は従うよそれが役目だからな」


 皆がみな懐疑的である。ウマル大尉が命令書を偽物だと叫び、再度拘束を命令したらイエメン軍兵はそれに従うだろう。


 ――奴はオーストラフに間違いない。だがしかし首相署名の命令書は本物だ、つまりはオーストラフだったのが偽装? しかし何故そうする必要があったんだ。何が最善でどれが欺瞞工作だ!?


 この場でどうやっても動かせない事実が首相からの命令書だと認める。


「――大佐殿のご命令に従います……」


「うむ。ウマル大尉、指揮下の戦力を以てムジャヒディーアを壊滅させろ」


「了解しました」


 最初から目的はそれなので、疑問は尽きないが今は戦うことにした。大尉らが乗車して東へ向けて車を走らせていく。島はロマノフスキーに向き直り尋ねる。


「また一緒に戦ってくれるか?」


「そいつはお断りしますよ――」


 胸に刺さるような言葉を返されて島が驚く、が彼は続けた。


「ボスは頼むものではなく命令するものです。どうぞ一緒に戦えとご命令下さい!」


「ロマノフスキー……全部員に命じる、イエメン軍に協力しムジャヒディーアを殲滅せよ!」


「ダコール!」


 全員が島に敬礼する。プレトリアス少尉を護衛に残して分乗すると出撃していった。エリトリアで雇ったアサド軍曹だけがぽつんと残ってしまっている。


「すまんな軍曹、騙してしまって」


「雇い主の呼称が少し変わっただけです。して、撤退しますか、それとも戻って戦いますか」


 言われてみれば唯一彼にだけは命令変更が適用されないことに気付く。


「もちろん戦うぞ!」

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