第14話


 キリスト兵がその間にひとりになった警備員に組み付き場外へと投げ飛ばした。悲痛な叫びをあげて警備員が肩を抑えて脱落する。背を向けているキリスト兵に蹴りが炸裂し息が吐き出された。二対二になり兵がかなりいきり立っている。


 気圧されながらも渾身の一撃を繰り出す警備員の拳をかわすことなくカウンターで打ち返す。ガクッとその場に膝をつく。もう一人も戦意を失い降伏する。それを見た代表が「それまで!」と終了を告げる。ところが興奮した兵は制止が耳に入っておらずにトドメをさしに行った!


「いかん!」


 島がダッと駆け寄り右手でイスラム兵の腕を絡めとり、左手でキリスト兵の手首を掴み自分を中心にした駒のように勢いを利用し一人を投げ飛ばし、もう一人を後ろ手俯せに押さえ込んだ。それは一瞬のやり取りだった、一秒をいくつかに分割しなければ説明すら困難な程に。


「気を付け!」


 アラビア語で声を張って命令する。兵が我にかえり直立不動で待機した。


「失礼、精神面での鍛錬が不足しておりました。お見苦しいところを」


「島君、いや島大尉格付けは済んだ。兵だけでなく君自身もな。契約は成立だ」


 警備主任が危急に際して棒立ちしてしまったのに対して、島は四人の警備員に勝った二人の兵士を一瞬で制圧した、この差が指揮官には大切な部分である。


「ありがとうございます代表。支店長、では今後の実務をお任せします」


 呆気にとられていた支店長がコクコクと首を縦に振る。


「大尉に一つ質問がある、部隊では君が一番強いのかね?」


 訓練場を後にしようとした一行の背に言葉を投げかける。


「いえ代表、戦闘技術ならば副官の中尉の方が上でしょう、ですが……戦争ならば自分が必ず勝ちます」


「うむ! 大尉は立派な将校だ。どうだろうかツアーの追加料金次第で君直接の特別訓練を選択などは」


「考えておきましょう、では失礼」


 目的の主軸となる団体客を恒常的に確保出来た手応えを感じた、残りの一般客については支店長に一任しても問題はないと判断しレバノンへの帰路につくことにした。


 日本の税関は入国は厳しくとも出国は簡単であった。国際犯罪者かどうかを調べるだけでほぼ素通りであった。手荷物の盗聴器も日本茶の缶に入れて中身を見せるだけで何の疑いももたれなかった。


 特別任務を受けた兵には帰国したら二日の休暇を与える約束と、治療費としてこっそり五万レバノンポンドを握らせ、家族に土産でも持って帰れと労を労った。彼らが負けていたらことが上手く運ばなかったために充分受け取る資格はあるだろう。


 ベイルート空港からハンヴィーで司令部へと向かいここでスラヤと別れる。島はその足で中佐を訪れた。


「ツアーの件は問題なく契約が完了しました。扱いさえ間違えなければ収入源として期待できます」


「そうかこれはかなりの上首尾だな。軍への発言力もますだろう、何せ軍資金を自ら持ってくる軍事顧問なぞいないだろうからな!」


 満足の意を示してあたりを窺う、仕草で近付くようにと招く。


「モサッドが我らの政治動向を探っている」


「あちらの意志に反することのないように振る舞いましょう」

 ――やはり中佐はあの資料を意識して混ぜていたか!


 主語をぼかして盗聴の類に配慮する。その後は訓練についての概略方針を簡単にすりあわせて司令部を退出した。


 日本へと行っていたせいで運動不足になっていると感じていた島は、司令部からヤセル駐屯地まで自らの足で走ることにした。一時間をかけてようやく辿り着く、体力が落ちていなかったようで数分休むと脈拍が落ち着いた。


「どうしたんですか大尉、そんな汗だくで」


 ロマノフスキーが島の姿に驚いて駆けてくる、一大事でもあったのかと。


「鈍っていたから司令部から走ってきたんだ」


 大体の距離を想像して納得する。それよりも日本での結果を聞きたいと思った、しかしすぐに聞かずとも順調だったのだろうと悟った。


「少しお休み下さい、後に訓練結果の報告をします」


 従卒に着替えとビールを運ばせて島を横目に書類整理を行う。


「南レバノンの少佐についてだが、中佐は関心を持っていたよ」


 ロマノフスキーはその一言だけで大体を察した、あの手法を踏襲するつもりなのだと。


「今週の実施内容一覧と結果です。次の段階に入るべきでしょう」


 概ね要求するレベルを達成しているのがわかる、方針の変更を決めるのが顧問の仕事である。


「機械化歩兵の訓練と並行して、UHー1イロコイによるヘリボーン部隊を選抜しよう」


 一機につき十二から十四名程度の兵員を空輸可能で、やや規模としては物足りないが三機を一組にして二組編成出来たら、外人部隊でいう中隊が構成される。六十四名が特殊中隊であり、二名の将校、九名の下士官、二十一名の兵で小隊一つの計算だ。


 将校の人数的な比率についてドイツ軍あたりでは、兵二十五名につき一名とされている。では実際はこうかと言えば全く違う。司令部や軍務省などに勤務したりする人数を引き、動員される兵数を含めると兵五十人につき一名にしかならない。将官に至っては四千人に一名のところが八千から一万人に一名が現実である。


 これらを鑑みると精鋭化させた部隊だとはっきりとわかってくる。そこに選抜されるのも名誉なことで、誰をこの訓練に宛てるかで一悶着ありそうな話だ。


「空軍と共同訓練を調整するんだ、日程は完全に空軍任せで構わない。車両の手配だが、これは他の部隊からも集めなければならないから司令官に上申の必要があるな。必要数をまとめて文書を作成してくれ」


「了解です。人員の選抜はどのように?」


 一番の難点をどう解決するつもりかを尋ねる。


「部隊をまわり下士官全員を面接する、直接見て話をするのが一番だろう」


 それでも不都合が出るだろうがその先は命令だと抑え込むつもりで進める。中には高所で硬直してしまう者がいるかも知れないが、それこそ本人に聞いてみるしかない。


「わかりました、それではまとめ次第報告にあがります」


 ロマノフスキーが退室しチョッパーの運用を考える。


「一機は指揮用に確保する必要があるな。無線傍受の可能性はアラビア語、ヘブライ語、英語にフランス語か。となればロシア語かドイツ語を理解する者が前線の通信兵にいたら、イスラエルだけでなくヒズボラ相手にも内容が露呈し辛くなる」


 緊急時に島が前線に降りるならばスラヤを借りれば日本語も有効だと考えをまとめておく。ガゼルを指揮所として利用することをメモする、この機種ならばイロコイより数も多く手配もしやすいはずだ。


 地図を睨んで実際の運用目的を想定する、南レバノンでの使用は間違いないがどこに拠点を求めるかで支援の違いがあらわれる。三カ所ほど候補を選び実際に踏査して決定することにした。


「現地の司令官の情報も必要になるな!」


 赤字でメモに重要部分として記載を付け足す。ヒズボラと国防軍の拠点を示す青地図も要請しておこう、いつ実戦訓練になっても良いように、そう呟くとメモを増やす。忘れてしまわないようにこのように記述しておくのは是非が問われるが、もし盗み見られても日本語にして字体を崩しておけば何のことかはわかるものは居まい。


 ヘリボーンの想定を一旦中断し頭を機械化歩兵へと切り替える。レバノンは交通の便が発達しており移動展開が容易なので、将来的には主力の運用となるのがわかる。


「ベイルートでは遠すぎるために、南北と山脈の東で合計三カ所の前進基地を必要とするだろう。特に南部はマロン派の司令官にする必要がある、東は南部に増援の可能性があるためにスンニ派とすべきだ。残る北部はシーア派でシリアを警戒させる」


 間にヤセル駐屯地を挟むようにしてシーア派の反乱を妨害するとの想定も忘れてはならない。それ以外の歩兵師団は機械化歩兵の増援が来るまで耐えるのが目的の守備師団で構わない。特に北部や東部は訓練兵を中心とした警備師団程度の練度でも良い。


 このあたりはシリアと交戦しているわけではないためシーア派も受け入れるしかない事実だろう。南部の機械化歩兵には暫く軍事顧問が滞在して指導する必要も早期にアピールしておかねばならない。また機械化歩兵は大統領の直轄指揮系統に出来たらやりやすいだろう。一気に大筋を考えて書き留めると余白が少なくなってきたのでここまでにした。


「訓練を視察してくるとするか」


 紙を折りたたみ胸ポケットにしまうと指揮所を少尉に任せて広場へと歩いて行った。訓練広場では実戦を想定して左右に分かれての演習が行われていた。陣地を作り双方で百人程度がサッカー場と同じくらいの枠で模擬戦をしているようだ。


 幾つかある中立旗を多く奪うか本陣の司令旗を奪うかで競うもので、ゲームのような側面がある。指揮を行う側としては局地的な戦闘をいかにこなすかの力量を問われる。


 中立旗を狙う作戦に出た赤軍が人数を分散し旗を集めてゆく、高い位置から眺めていたらわかるが中央よりやや逸れたあたり、背を低くして一列縦隊で移動する青軍の突撃部隊が見える。青軍は中立旗を防衛するように見せかけて巧みに赤軍に被害を与えて引き下がる、旗は奪われるが兵に損害は無い。多数の旗を集め回収に戻ろうとする赤軍を、潜入した突撃部隊が本陣手前で撃破して阻害してしまう。


「理想的な運用が出来ているぞ!」


 演習を観察していた中隊本部に近付いて青軍の指揮者が誰かを尋ねる。


「これは顧問殿。青軍の指揮官はプレトリアス軍曹です」


「プレトリアスだって? そいつはレバノン人の名前か」


「はい、三代前はアフリカ人だったそうですが」


「アフリカ系レバノン人のオクタクローヌか!」


 双眼鏡を貸してもらい本陣を見てみるとアラブ人にしては肌の色が黒く見える、情勢を睨んでは時たま無線で指示を与えている。


「無線傍受はしているだろう、軍曹は何語で指示を?」


「アフリカーンズらしいですがよくわかりません」


 青軍の兵士らをよく眺めてみると、ぽつりぽつりと黒っぽい肌の兵が混ざっている。


「すまんな邪魔をした。訓練を続けてくれ」

 ――なるほど、あれらを通信の基点にしているのか。


 あちこちを見て回り幾人か優秀な下士官を見つけると片っ端から名を記した、今後一人ずつ面接をする叩き台として利用する。兵はそれらの下士官に適宜選ばせるのが一番だ、何せ誰が長い時間接しているかと言えば彼等なのだから。

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