第896話 開封、愛夫弁当

 午前最後の授業が終わり、いよいよ待ちに待ってお弁当の時間がやってきた。

 先生が退室すると、私はすぐにカバンからお弁当箱が入った袋を取り出し、すぐにちぃちゃんの席に向かった。

「ちぃちゃん! お弁当食べよ」

「う、うん……」

 ちぃちゃんもお弁当箱を取り出そうとしていたところで、健太郎君とお揃いのリュックに手を入れたまま返事をしていた。

「てか綾奈。あんた速くない?」

「だって本当に待ちきれなかったんだもん」

「まぁ、気持ちはわかるけど───」

「どしたの綾奈ちゃん? 今日のお弁当に好物でも入ってるの?」

「西蓮寺さんの袋、いつもと違う」

「本当だわ。猫の絵がプリントされていて可愛いわね。もしかして綾奈ちゃんが朝からソワソワしてた理由ってそれ?」

 私たちが話していると、乃愛ちゃんたちもやってきた。

 朝、教室に到着する前にお弁当袋はカバンの中に入れていたから、これを三人に見せるのは初めてだし、真人がお弁当を作っていることもまだ伝えられていない。

「綾奈ちゃんって猫が大好きだもんね」

「でも、それだけで西蓮寺さんがここまでテンションを上げてるのはちょっと不自然」

「あ! もしかしてその袋、中筋君からのプレゼントだったりして」

 みんなが私のテンションが高い理由を色々予想しているけど、近くはあるんだけどどれもハズレだ。

「ううん。このお弁当袋も、中に入ってるお弁当箱も私が買ったものだよ」

「えー! じゃあなんだろう……?」

 腕を組んで「う~ん」と唸る乃愛ちゃん。

 せとかちゃんと舞依ちゃんも顔を合わせて考えている。

「せとかちゃん。中筋君絡みなのは間違いないわよね?」

「絶対にそう。中筋君以外のことで西蓮寺さんがこんなになるのはちょっと考えられない」

 わ、私って真人関連以外でこんなにテンションが上がることなかったのかな? ちょっと考えてみよう。

 えっと、風見高校の球技大会、高崎の体育祭、テスト勉強の時のお泊まり、ゴールデンウィークのみんなでお出かけしたこと、半年記念の日にアイドルフェスでスタアクの皆さんとお知り合いになれたこと……。

 ……うん。ほとんど、いや全てに真人がいる。

 やっぱり私がこんなに嬉しくなることには、絶対に真人がいるんだ。

「やっぱりわかんない! ねえ綾奈ちゃん。答え教えて!」

 必死に考えていた乃愛ちゃんだけど、降参と言わんばかりに両手を上げた。

 せとかちゃんと舞依ちゃんもうんうんと首肯しながら答えを待っている。

 早く真人が作ってくれたお弁当を見たいから、早く言っちゃおう。

「いいよ。えっとね、実はこの中に入ってるお弁当、真人が作ってくれたものなんだー」

「な~んだそういうこと…………って、えぇ!? 中筋君が作ったお弁当!?」

 乃愛ちゃんがちょっと大袈裟に驚いたものだから、教室にいたみんながこちらを見てくる。

「乃愛、あんた声大きいよ」

「だって本当に驚いたんだもん! 千佳ちゃんはびっくりしないの?」

「あたしは真人が料理できるの知ってるから」

 お、温度差がすごいなぁ……。

「でも、あたしもびっくりしたわ。中筋君って料理できたのね」

「もしかして、中筋君ってなんでもできる人?」

「い、いくら真人でもなんでもは───」

「せとか。ちょっと違うね」

「え? ちぃちゃん?」

 私も旦那様はなんでもできるとは思ってないし、真人にも苦手なことはあるって知ってるけど、ちぃちゃんはそう思ってないのかな?

「宮原さん。ちょっとって?」

「真人は綾奈のためならなんでもできてしまう男ってこと」

「っ!」

 ちぃちゃんが言った言葉に、私の頬は一瞬で熱くなってしまった。

「勉強もダイエットも間接的に綾奈のためだったし、ランニングも、料理も綾奈のため。この前の風見の球技大会でサッカーの特訓をしたのだって綾奈のため。綾奈のために色々頑張って、真人は生徒会にスカウトされるまでになったってこと。断ったみたいだけど」

「えへへ~♡」

 改めて言われると、照れちゃうよぉ。

 でも、やっぱりすっごく嬉しい。

 真人が私のために、私との将来のために頑張ってくれているのが、すっごくすっごく嬉しい!

「中筋君生徒会に誘われたの!?」

「すごいわね……!」

「でも、それだけ頑張ったって証拠になる」

「ねえ綾奈ちゃん! そんな中筋君が作ったお弁当、早く見たい!」

「……あ、わ、私も早くみたいから、開けるね!」

 そうだった。今は嬉しくてゆるゆるになっているわけにはいかない。

 早くお弁当を見ないと……!

 私はちょっとドキドキしながら、ゆっくりとお弁当箱の蓋を開けた。

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