第895話 箸が止まらない愛妻弁当

 みんなが俺を見る中、俺は手で口を隠した。

「うん、ま……!」

 なんだこれ、めちゃくちゃ美味しい……!

 味付けは前と同じで甘い。だけど以前食べた卵焼きよりも微妙に甘みが濃い気がする。

 今回のは俺のために作ってくれたものだから、甘党な俺の舌に合わせて調整をしてくれたんだろう。

 卵焼きにしてはちょっとだけ固めの食感で、卵の香りも鼻に抜ける。

 綾奈……俺が好きな、俺の理想の味付けほぼそのままだよ!

「ヤバい、止まらん」

 ひとつめの卵焼きを飲み込み、すかさず二個目を口に入れる。

「ん~ふっふっ~……美味い……」

 これはいかんな。マジでほっぺたが落ちるくらい美味しい。

 胃袋をさらに強く掴まれた気分だ。

「真人、すごく幸せそうに食べてるね」

「だな。いつもならあんな顔したら『気持ち悪っ』って自然とツッコミが出るんだが、それも出させないほどの幸福顔だな」

 そんな親友ふたりの言葉も聞こえないほどに、俺はこの愛妻弁当に夢中になっていた。

「そんなに美味しいんだ。ねぇ真人。私にも一口───」

「ごめん。あげれない」

 既に自分の弁当を平らげた茜のお願いを拒否し、俺は唐揚げを口に運ぶ。

 さすがに作って数時間が経過しているから揚げたてのカリカリ感や肉汁が溢れたりはしないが、これもまた美味しい!

 綾奈……マジで料理万能なんじゃないか?

 卵焼きも唐揚げも、比較的簡単な部類に入るけど、それをここまで美味しく作るのはかなりの努力が必要になってくる。

 単に俺の舌が綾奈の料理にどストライクなのかもしれないけど、それでもこの美味しさはなかなか出せるもんじゃないぞ。

「あー、やっぱりダメかぁ……」

「茜。食べたい気持ちはわかるがやめとけ。ありゃ絶対に分けてはくれないから」

「ん、わふひ茜。こへは、あへへない」

「お前は飲み込んでからしゃべれよ。行儀悪いな」

 俺は水で口の中ものものを流し込んだ。

「……ごめんごめん。あまりにも美味しくてさ」

「優しい真人なら、ワンチャン分けてくれるかもって思ったんだけどなぁ」

 普段優しいなんて言わないのなぁ。というか俺ってそんなに優しいか?

「優しいから逆にじゃないですかね?」

 そう言ったのは香織さんだ。

「ん? 香織ちゃん、どういう意味?」

「綾奈ちゃんはこのお弁当、本当に百パーセント真人君を想って作ってると思うんです。まして今日が初めてですし……茜さんも、もし山根君の為に作ったお弁当を誰かに少しでも食べられたらどう思いますか?」

「ん~……ちょっと残念、かな? やっぱり全部かずくんに食べてもらいたいって思う。私料理できないけど」

 最後のは今言わなくてもいいんじゃないか?

「ですよね? 綾奈ちゃんはすごく独占欲が強いし───」

「それは真人もだけどな」

「わかってるよ。そんな横やり入れなくてもみんな知ってるだろ」

 一哉は「違いない」と言ってカラカラと笑っている。

「とにかく、誰か他の人が食べたら綾奈ちゃんも残念がるってわかってるから、綾奈ちゃんにだけの特別な優しさで渡さないんだと思いますよ」

「……って、かおちゃんは言ってるけど、マサ、ホントのところは?」

「独占欲だな。だけど誰かにあげたら綾奈がしょんぼりするかもってのは考えていた」

 だから香織さんの言ったことも間違いじゃないな。

 俺はご飯をかきこみ、最後に残った卵焼きを味わって食べ、水を飲んで手を合わせた。

「ごちそうさまでした」

 マジで絶品だった。綾奈に会ったらすぐに感想を言わないとな。

 メッセージで送ることも考えたけど、やっぱり文字じゃなくてちゃんと言葉にしたかったから、メッセージは送らないでおいた。

「ねぇ真人。綾奈ちゃんに私たちもお弁当を食べていいか聞いておいてよ」

「わかったよ。なら明日のこの時間にどうだったか教えるよ」

「うん、よろしくね」

 茜は満面の笑みを見せていた。

 本当に食に対しては妥協しないというか……マジなんだよな。

 さて……そろそろ綾奈も弁当を食べ追える頃かな? 綾奈も美味しいと言ってくれてるといいけど……。

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