第894話 実食、愛妻弁当

「うわぁ……!」

「え、すご!」

「おいしそう……」

「めっちゃ綺麗に詰めてるな」

「うん。それに彩りも綺麗だよ」

「綾奈ちゃん、すごい……」

 俺を含め、弁当を見ただけでこれだけの感想が出てくるのは本当にすごい。

 初めての愛妻弁当……その中身は卵焼き、鶏の唐揚げ、ピーマンの肉巻き、ブロッコリー、そしてリンゴの五種類。リンゴは皮の部分がちゃんとうさぎの耳になっている。

 彩りも綺麗で目でも楽しめる弁当だ。

 当たり前だけど、俺の作った弁当よりも圧倒的にクオリティが高い。

「すっごくおいしそう……ねぇマサ、食べていい?」

「ダメに決まってるだろ! てかなんで俺より先に食べようとしてるんだ!」

 多分冗談で言ったと思うんだけど、杏子姉ぇが卵焼きに箸を伸ばしてきたので、俺は杏子姉ぇの手首を掴んで阻止した。

「え~! マサのケチ!」

 杏子姉ぇからもケチって言われた。というか一日二回もケチって言われることってあんまりなくない?

 え? これってマジで杏子姉ぇにも分けた方がいいのかな? なんかわからなくなってきたぞ。

 そうなると、八雲さんにもちょっと悪いことをしてしまったよな。八雲さんには今度謝った方がいいのか?

「キョーちゃん。なんか真人が冗談を本気にしてるよ」

「ホントだ。どしたのマサ?」

「いや、本当にあげた方がいいのかなって……って、やっぱり冗談かよ!」

 なんだよわりと真剣に悩んだのに!

「初めての愛妻弁当をマサ以外の人が食べたんじゃ、アヤちゃんも怒るだろうから、今日はいいよ」

 今日はって……。

「明日以降は食べるってこと?」

「考えておいてね」

 杏子姉ぇはパチッとウインクをした。さすがに芸能人なだけあって可愛い。

 香織さんも「かわいい……」ってガチトーンで言ってるし。

 香織さんが杏子姉ぇに魅了されている中、茜が首を傾げながら俺に聞いてきた。

「でも真人。普段はキョーちゃんの冗談をそんなに真剣に考えることないのに、今日はどうしたの?」

「いや、登校中に杏子姉ぇと同じことを言われたんだよ」

 正確には言う前に断ったけど。

「誰に?」

「綾奈のことが好きすぎる後輩に」

「綾奈ちゃんのことが好きすぎるって……え、もしかして男子!? 真人君、そんな後輩と出くわしたの?」

 ちょっと言葉が足りなかったな。これじゃあ男子と思われても仕方がないか。

「いや、女子だよ」

 女子と聞いて、一哉は誰のことかわかったようで、「ん?」と言って俺を見た。

「なあ真人。それってもしかして八雲さんか?」

 八雲さんと聞いて、健太郎は納得の表示するを浮かべている。

「そうだよ」

「マジかよ。お前いつの間に八雲さんと仲良くなったんだ?」

「まぁ、色々とあったんだよ」

 八雲さんと仲良くなった経緯はとても一言では言い表せないからな。

「ねえかずくん。その八雲さんって子はどんな子なの?」

「綾奈さんより小柄な朱色の髪が特徴的な美少女だな。綾奈さんを本気で尊敬していて……まぁマコちゃんみたいな感じだな」

「あぁ、なるほどね~」

「俺を見るな俺を!」

 ニヤニヤしてるのがなんか腹立つな。

「で、同性だから隙あらば綾奈さんにベッタリだったな。部活でも、廊下でも」

「つまり、マコちゃんよりもストレートな子ってこと?」

「ストレートっつーより豪速球ど真ん中だな」

 茉子もけっこうストレートだと思うけどなぁ……ん?

 俺の視界の端に、何か動くものが入ったので、何かと思いそちらを見てみると、杏子姉ぇがゆっくりと箸を俺の弁当目指して伸ばしているところだった。

「……なにしてんだよ杏子姉ぇ?」

「え? マサいらないのかなって」

「いるよ! いるに決まってるだろ!」

 まったく油断も隙もないなこの姉は。

 まぁ、これも多分冗談なんだろうけどさ。

 まぁいいや。これ以上なにかされる前にそろそろ綾奈が作ってくれた愛妻弁当をいただくとしよう。

 俺は愛妻弁当をじっくりと味わうべく、一度深呼吸をして心を落ち着け、手を合わせて箸を持ち、俺の胃袋を一発で落とした卵焼きを掴み、ゆっくりと口の中に運んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る